ブログのスタイルに迷いキーを打つ手が止まるとき | peeper's blog
2018-11-07 00:00:00

ブログのスタイルに迷いキーを打つ手が止まるとき

テーマ:つれづれ


ブログを始めた理由を思い出す。あれこそ「ドハマりした」というに相応しいフリースキーの情報源にしていたブログが閉鎖した時。なら次は僕じゃないの?と安易に考えて始めたのがきっかけ。

だから、当初はスキーネタばかり書いていたし、ネット上で拾えるなるべく新鮮なスキーネタを取り上げていました。

ブログのタイトルであるpeeperは『のぞき見する人』という意味でなのです。

しかし時代が変わり、SNSで新たな情報共有が始まると、ネットで拾う情報をブログで紹介するスタイルは急速に鮮度を失い始めます。

そして、それに対応するために自分で購入した道具紹介がメインになり、スキーと登山道具の比率がどんどん変わり、それでもSNSの新鮮さには敵わず、自分自身でも僕のブログの存在意義が見いだせなくなった時、更新作業は苦痛になり、最終的には放置してしまいました。

僕はもうpeeperではなくなってしまったようでした。



そんな時間に出会ったのが2冊の本。『記憶の地図』(著作:ジェリー鵜飼)と『多摩の五十座』(編集:たをり※同人誌)

 



どちらも普通の意味での普通の本ではないけれど、どちらも良くまとまった小説というか随筆で、そこにあるのは個人の考えを反映したシンプルな主観的文章だったのです。

新しい情報を紹介するでもなく、道具のインプレッションをするでもない。純粋なまでの主観的文章。悪く聞こえるかもしれませんが、作文はあくまでも作文という範囲で書かれたもので、それらを少しばかり上等にすれば『記憶の地図』や『多摩の五十座』はできあがるのだと知ることができました。

しかも、読み終わった後には何か微かなもの(それは埃がたつ程度のことかも知れないけれど)を感じることができたのです。読んだ人に何らかの作用をするものを作り出せるかもしれない。そういう可能性があるのなら僕もそういったスタイルでブログを続けてみよう。そう思い、久しぶりにキーを打つ手が動き続けているのです。



長いことブログなんて続けていると、そこへ自分の思いを表現することで、なにかは分からないけど自分の中にあるものを再確認する作業が習慣化してしまい。短い文章では言い表せないブログならではの文章というものに魅力も感じてくるものです。

たぶん、それは書いている自分自身を何か納得させるような行為になってしまっているので、その魅力は中毒性が必然的に高くなってしまいます。



という事で、スタイルがずいぶんと変わってしまうのですが、それでもスキーがメインのアウトドア一般に関する事をメインにこれからも書き続けていこうと思いますので、今後ともお付き合い頂ければ幸いです。


TONさんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

コメント

[コメントする]

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス