紀元前8世紀初頭、ユダヤの民は北のイスラエル王国と南のユダ王国に分かれていました。当時、ユダヤの民は12の部族に分かれていました。ところが、そのうちの10部族が暮らしていた北のイスラエル王国は、紀元前722年に、メソポタミアから興ったアッシリアによって滅ぼされます。そして、アッシリアの民族分散政策によって、イスラエルで暮らしていた10部族は各地に移住させられ、歴史の舞台から消えてしまいました。

 

ところが、これには後日譚があります。近年になって、この時に移住させられて消えてしまったと考えられていた部族の子孫だという集団が続々と名乗りを上げ始めるのです。名乗りを上げる人々は、アフリカ、南アジア、東南アジアに多いのですが、なんと、日本にも関係ありと主張する村が出てきています。まずは、日本の話から始めましょう。

青森県の戸来村(現在は、青森県三戸郡新郷村大字戸来)という村です。1936年(昭和10)ころから、この村の戸来(へらい)という地名は、もともとは「ヘブライ」から来たもので、この村の人々は消えた10部族の人々が渡来して作った村であるという噂が広がったようです。しかも、その噂話の背後には、それを声高に主張する人あるいは人々がいたのでしょうが、たんにそれだけでなく、どうも、いわゆる研究者も関わっている節があります。

しかも、この村には、ゴルゴダの丘で磔刑に処せられたはずのイエス・キリストが、じつは密かに日本に渡来していて、この村で106歳まで生きながらえていた、という伝承も伝わっています。そして、現に、それを物語る「キリストの里伝承館」という施設まで開設されているのです。これはおそらく、戸来(へらい)がヘブライと関係があるというひらめきがきっかけとなって、妄想が妄想をよび、地域の有力者まで引き込んで、キリスト伝来というところまで妄想が広がった結果だと思われます。冷静に聞けばまったく荒唐無稽に思われる話なのです。ところが、この妄想は、人を動かし、関連の資料館まで開設するほどの威力があったのです。人間の不思議さ、面白さを痛感する出来事です。