創価学会 内部アンチ -16ページ目

ネットと週刊誌は悪知識?

悪書を捨てよ、とか悪知識だからうんぬんかんぬん・・
学会には「ネットと週刊誌に書いてある(学会の)ことはデタラメなので見ないように」という教えがあります。
私は週刊誌は読まないので週刊誌についてはよくわかりませんが、ネットはみた限りすべてがデマってわけではありません。(なかにはただの誹謗・中傷もありますが)
なのに悪知識と決めつけるのはどうかと思います。
それに悪知識かどうかを決めるのは読んだ本人自身であって、学会が決めることではないと思います。
結局、読んだら洗脳が解けてしまうかもしれないから読むのを禁止してるのでは?と勘繰ってしまいます。

親の信心が子供にでる

主人は私に学会の批判をするな、と言います。なぜかときくと、
五体満足でない子供が生まれるかもしれない、と言うのです。
では、熱心な学会員にそういう子が生まれないかというと、そんなことはありません。
体験発表で、

障害をもった子供が生まれた→家族全員が本気の信心に目覚めた→この子は
私達家族を信心に目覚めさせるための使命をもって生まれたんだ→本当にありがとう。
というのはよくある話です。

それはどうなのか?ときくと、それはその人の宿業だ、と言います。


学会には“親の信心が子供にでる”という教えがあります。
つまり、親が活動サボったり、信心しなかったり、学会や法華経に背くことをすると子供が不幸になる、というものです。
はっきりいって脅しだと思います。
親であれば誰でも子供の幸せを願います。その子供を人質にとった悪質な脅しです。
(ただし、末端の学会員さんは“親の信心が子供にでる”というのを本気で信じているため、誰かに言ったとしても脅しているという自覚はありません。)
そうやって活動サボらせないようにしたり、学会の悪口を言わせないようにしてるんですね。


私はそもそも、学会や法華経に背くことが罪だとは思っていませんが、仮に罪だとして、なぜ、親の罪が子供にいくのでしょうか?
おかしいですね。
親の罪は親の罪、子供の罪は子供の罪、だと思います。
親子と言うのは深い縁があるのだとは思いますが、だからといって、罪が移動するのはおかしいでしょ!?
子供に不幸があったとしても、それは子供自身の業であり、親の業が子供にいったわけではない、と思います。

学会が考える罪と私が考える罪とのズレ

私たちの命は今だけでなく、過去世、現世、未来世があり、ずっと続いていくものだ。というのが学会(法華経)の考え方です(三世の法則)

良いことをすれば、現世で良いことがおこったり、来世で良いところに生まれる。逆に悪いことをすれば、不幸になったり、来世で悪いところに生まれる、と。
私はこの考え方は否定しません。


(ちなみに、この考え方があるので学会員に
「あの人は脱会したのに地獄に落ちてない」「活動熱心な人が半身不随になったじゃないか」と言っても通用しません。

脱会したのに地獄に落ちてない→「いづれ地獄に落ちる(現世で不幸にならなくても、来世で悪いとこに生まれる)」
活動熱心な人が不幸にみまわれた→「現世だけみるからだ!来世は積んだ福運で必ず良いとこに生まれる」

となるからです。)


確かめようもないことですし、過去世や未来世なんかない、生まれて死んだら終わり、という考え方もあると思いますが、私は過去世、現世、未来世はあるかなと思っていますし、幸、不幸が偶然おこるとも思っていません
(ちなみに、幸、不幸が偶然おこる。という考え方は念仏的思想として、学会では大変嫌われます)
悪いことをすればやはり罰があたると考えています。
でも、学会が考える悪いこと、と私が考える悪いことではズレがあります。


私が考える罪→殺人、盗み、他、人を傷つけるような悪いこと、など。


学会が考える罪→殺人、盗み、他、人を傷つけるようなことも、もちろんそうでしょうが、それにプラスして、
学会を批判する、活動をサボる、退会する、等学会や法華経に背くこと。(謗法の者といいます)


なんで学会や法華経に背くことが悪いことかというと、


唯一正しい宗教を広める邪魔をしたからだそーです

自分たちが正しいのが前提(笑
なので、他の宗教の批判をしても地獄に落ちないけど、学会の批判をすると地獄に落ちるんだそうです。


私は学会や法華経に背いても地獄には落ちないと思います。学会を脱会して不幸になった人もいるでしょう。でもそれは、学会を脱会したこととは関係がないとおもいます。
結局これは、学会を批判させないようにしたり、脱会させないようにしてるだけだと思います。