今回の安倍暗殺事件で良かったと思うことは,ようやく政治と宗教の結びつきが,この国の本質的問題として意識され問われ始めたことである。このブログで私は,自民党の改憲目標が現憲法の政権分離規定を空洞化して,政教「一致」体制を作り上げることにあると説いてきたのだが,そのことが今回のテロ事件をきっかけに明らかになってきた。
私は今「テロ」と書き,前回の非公開記事でも「反宗教テロ」と書いたわけだが,まあこれまでに報道されている山上容疑者の供述や過去の手紙,Twitterなどを見る限り,彼の主張は理路整然としており,非常にわかりやすいテロリズムの構図を示しているように思える。検察側は精神鑑定をするようだが,彼が精神的に破綻しているとは思えない。私的怨恨による殺人という構図が最も受け入れやすいかもしれないが,事件の背景を見ればそれだけで片付けられる単純な事件ではないだろう。彼が書いた手紙やTwitterを読むと,統一教会による被害を通してカルト宗教が日本を支配している実態を正確に把握しているし,自らがその支配からの「解放者たらん」とさえ言っている。
はっきりした政治目的がないからテロではないとし,家族を破壊されたことの恨みや復讐といった私的な動機を強調することは,今回の事件の性格を見誤ることにつながる。新興宗教団体が日本社会の至る所に入り込んで人々を精神的・経済的に支配し,政治権力にもつながっていることを,彼は見抜いている。そして彼は,そういうカルト宗教が支配する実態を暴力や恐怖(Terror)によって告発しようとした。支配や権力に関わるものすべてを広い意味で政治と定義するなら,今回の事件は政治的な背景を色濃く帯びているし,その意味で典型的なテロリズムと言える。
10年くらい前に米国ボストンでチェチェン系移民の兄弟が爆弾テロを起こした時,私は,テロリストのことを詠んだ石川啄木の詩を引用したのだが,今回もその詩を思い起こさずにはいられなかった。追い詰められた末に自らの命をかけた行動に及んだテロリストの哀しみを,啄木は感じ取り,詩に表した。そういう啄木の姿勢に,私は今も昔も深く共感するわけである。安倍の冥福を祈るとか暴力は許せないとか,つまらないことをつぶやいている暇があるなら,啄木の詩を胸に,静かにテロリストの心を想像せよ,と言いたい。
われは知る、テロリストの
かなしき心を―――
言葉とおこなひとを分ちがたき
ただひとつの心を
奪はれたる言葉のかはりに
おこなひをもて語らんとする心を
われとわがからだを敵に擲げつくる心を
しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有つかなしみなり(以下,略)
(石川啄木「ココアのひと匙」より)
「テロ」と言うと,テロは決して許されないというワンパターンの言説がこれ見よがしに溢れ出てくるわけだが,今回の事件で私たちに問われているのは,テロ=暴力が良いか悪いかという問題ではなく,倫理性なのである。詐欺まがいの霊感商法や高額献金で庶民から大金を巻き上げて韓国に送金し,また合同結婚式で多くの日本人女性を拉致・連行するような,反社会的で反日ナショナリズム的な宗教団体から,選挙支援や献金を受けて選挙に圧勝し,8年も政権を維持し,しかもその団体の広告塔になって消費者被害を助長した安倍に倫理性が認められるか,よく考えてほしい。そういう反倫理的で違法な宗教団体やそれと結びついた政治家をテロの標的とし,遂にそれを実行したテロリストの方に私は圧倒的な倫理観の高さを感じるわけである。こんな宗教団体と政治権力の癒着が許されていいはずがないだろう。勘違いしてはいけない。倫理的に許されないのはテロではなく,テロを生んだカルト宗教国家的な状況なのだ!
統一教会と自民党とのズブズブの関係は,一昨日の金曜にBS_TBSで放送された下の番組(「報道1930」)で,かなりの程度明らかになった。参議院議員の青山繁晴が,「ある派閥の長」(=安倍)が統一教会の票を取りまとめて差配し,清和会所属の候補者を当選させたと決定的な証言をしている。まあ,これが自民党政治の実態なのである。選挙至上主義の安倍は,反日組織であろうと犯罪組織であろうと,選挙に勝つためにそれを利用した。そこには人間としての倫理性も政治家としての矜持も政治信条も何もない。全く中身のない空疎な政治家だったと総括できるだろう。しかも,おじいちゃんの岸信介が築いた統一教会との関係を利用して,この国をカルト国家的な状況にまで押し進めた罪は重い。岸田首相は,このようにカルト宗教と組んで戦後民主主義を破壊したA級戦犯的人物の「国葬」を行うんだと,ふざけたことを言っている。まったく常軌を逸しているというか,まさにカルト国家の一歩手前まで来ていると言っていい。
このカルト宗教国家というのは,自民党が画策する憲法改正によって完成すると私は見ている。つまり統一教会の教義に沿って,現憲法の政教分離規定を骨抜きにし,家族を大切にしなければならないという条項を加えることによって,宗教国家的な国の形が完成する。それは伝統的な家族を尊重する宗教右派的な世界観であり,戦前の国家神道的な価値観にも通じる危険なイデオロギーである。そういうイデオロギー国家のもとでは,同性婚や中絶の権利,LGBTQの権利など,リベラルが重視する個人の自由や多様性は抹殺される。そうした宗教国家化や右傾化の流れを断ち切るためには,何より自民党政治とは金輪際決別することである。一発の銃弾で私たちは目覚めなければいけない…