この木・金曜にBS_TBSで放送された「報道1930」は,宗教右派と政治の関係という重要な問題に深く切り込んでいて,とても良い内容だった。それで,ここでも一言言及しておこうと思った。両日とも統一教会と政治との関係を中心に扱っていたわけだが,木曜は日本国内の政治に対して,金曜はアメリカの政治に対し,旧統一教会がいかなる影響力をおよぼしてきたかが検証され,議論されていた。そこで,その2つの動画をアップするよりも,「晴天晴天とら日和」というブログが放送内容を簡潔にまとめていてわかりやすいので,そちらのリンクを貼っておきます(その記事の中に動画もあります)。
●8月4日(木)「報道1930」の放送内容
●8月5日(金)「報道1930」の放送内容
この両日の放送を見て私が強く印象に残ったのは,統一教会がマスコミやビジネス,選挙運動など,いろんなルートで日米の保守層に強く働きかけ,両国の政治状況を大きくバッククラッシュさせたという現実である。特に人工中絶や同性婚,LGBTQといった性や家庭の多様性に関わる問題に対して,統一教会は聖書を根拠にして猛烈な反発を示し,反対運動を押し進め,その方向へ政治家をうまく懐柔していった。日本で選択的夫婦別姓やLGBT理解を推進する法制度がなかなか整備されないのも,統一教会をはじめ,日本会議,神社神道などの宗教右派の影響力が大きいという。また,アメリカでも,エバンジェリカルズ(福音派)を中心とした宗教右派が大統領選を左右するほど大きい政治的影響力を持っていることは周知のところだろう。アメリカではプロテスタント系の福音派と旧統一教会系のサンクチュアリ教会は別物とされるが,その政治的主張は同質のものであり,宗教右派として一括して論じても大きな間違いではないだろう。
こういう宗教右派の問題が,ようやく日本でも政治の問題としてスポットが当たってきたことは,遅すぎるとは言え好ましいことだが,一つ重要な視点は,これを世界の潮流の中で位置づけることであろう。掲題の本(『リベラルを潰せ』)は,以前アメンバー記事で触れて,何人かの方が関心を持ってくれた本なのだが,本書では,多様性を否定し伝統に帰ろうというバッククラッシュの動きが世界中を覆っていることが説き明かされている。
そういう反動的な潮流の中心にあるのが,聖書を原理主義的に理解するアメリカ福音派やロシア正教会などのキリスト教右派であり,その根底にあるものは伝統的な家族を守るという価値観である。そういう伝統的家族観を根底に置いて,同性婚やジェンダーフリーなどの多様性を否定するという論理構造から見れば,もともとキリスト教から出発したカルトである旧統一教会も,韓国特有の反日ナショナリズム的要素が加わっているとはいえ,キリスト教右派(宗教右派)として位置づけられるだろう。掲題の本では統一教会への直接の言及はないけれども,カルトとはいえ統一教会の主張や運動というのも,本書で描かれている世界的なバッククラッシュの動きに強くコミットしているといえる。
本書がおそらく日本で初めて詳らかにした組織は,アメリカに本拠を置く「世界家族会議」というNGOである。この組織は世界中の宗教右派を束ねるような役割をしている,と位置づけられている。
世界家族会議は日本ではなじみが薄いが,世界各地で隠然たる影響力を持つNGOでもある。「伝統的な家族観を守る」という主張を掲げ,その賛同者は世界に広がっている。米国のジョージ・ブッシュ(子)元大統領はこの団体にあてたメッセージで,「あなた方の努力は世界をより良くしています」と称賛している。
ロシアを含めて保守的な価値観をともにする世界各国の政府と緊密に連携し,総会では開催国の政府トップが参加することも多い。ブダペストの総会もハンガリー政府が全面的に支援していた。
(金子夏樹『リベラルを潰せ』新潮新書p.19~p.20)
ここで言う「伝統的な家族」とは,男性と女性による結婚とその間に産まれた子どもによって構成される,狭い意味での家族である。世界家族会議はこの古いタイプの家族を「ナチュラルファミリー(自然な家族)」と呼び,これだけを世界各国の政府は守るべきだと主張する。裏返して言えば,同性婚や同性カップルによる養子縁組などは,非伝統的で不自然な家族として排除すべき対象となる。また,人工中絶も聖書の教えに反する,神への挑戦と見なされ,妊娠した女性が子どもを出産しない権利を認めない。
例えば,世界家族会議と仲が良い,ハンガリー首相でミニ・プーチンとも呼ばれるオルバンは,キリスト教の教えに基づいて,ハンガリーに子だくさんで絆の強い「伝統的な家族」を取り戻す必要性を訴える。
「人口の減少で,我々はみずからの文明を失いつつあります。西欧諸国にとって脅威となる(イスラム系の)移民を受け入れるのではなく,我々自身がみずからの家族をもう一度強くしなければなりません」
(同書p.22)
また,オルバンは,同性婚の容認に踏み切ったスペインやフランスなどの西欧諸国に対し,「家族を侮辱するリベラル思想に支配されている」と批判した。こういうオルバンの主張に見られるように,世界家族会議が攻撃のターゲットにするのはリベラル派である。世界家族会議は,政治的に見れば「反リベラル」の拠点でもある。彼ら・彼女らの合い言葉は「リベラルを潰せ!」だ。
(世界家族会議は)LGBTや中絶を望む女性を個人として批判するのではなく,同性婚などの根っこにあるリベラル思想やその運動を支える政治家やメディア,NGOを攻撃の対象にしているのだ。
(同書p.35)
まあ,そういうわけで本のタイトルは
「リベラルを潰せ」
となっているのだが,これは本書の主旨ではなく,おそらくネトウヨ本を多く出している新潮新書側の悪意に基づくネーミングであろう。筆者である金子夏樹さんの立場は,どちらかと言えばリベラル寄りで,世界家族会議を中心とした保守反動の動きに批判的だ。筆者自身,「あとがき」で自分の立場をこう述べている。
同性婚を初めとする,価値観をめぐる問題を善悪二元論で判断することは不可能だ。本書では可能な限り,中立を期して書くようにしたつもりだ。
本書はリベラル派への警鐘でもある。
保守反動の台頭を許したのは,リベラル派に巣くう問題でもあるからだ。
(同書p.243)
本書の主旨は,むしろ副題の方によく表れている。すなわち「世界を覆う保守ネットワークの正体」。つまり,これを暴露をし,リベラル派への警鐘とすることが,本書の主眼であるわけだ。「リベラルを潰せ」とは,先に書いたように,この保守ネットワークが掲げる共通目標なのだ。
本書の帯には,「プーチンとトランプを生み出した思想的背景がよくわかる。世界を突き動かす保守の力を見事に解明した名著」という佐藤優氏の推薦文が載っているが,これは必ずしも大袈裟な宣伝文句ではない。私も現代世界の潮流(=右傾化)を読み解く上で,本書は不可欠な文献のように思う。
ところで,本書の出版は2019年なのだが,当時は然したる話題にもならず,筆者の金子さんも著作は本書だけのようだ。おそらく,新潮新書の一冊として「リベラルを潰せ」というタイトルで世に出たことが,本書があまり話題にならなかった一つの要因ではないか。タイトルだけを見れば,百田尚樹やケント・ギルバートみたいなネトウヨ・リーダーが書いたものと思ってしまい,リベラル側の人間は買うのをためらうだろう。逆に,本書を買って読んだネトウヨたちは,ここに書かれていることは理解できないか,快く思わなかっただろうから,本書を黙殺したに違いない。また,こんなに素晴らしいルポルタージュを書いた人が,これ以外に何も書いていないというのも不思議だ。著者は日経新聞の社員のようだが,この手の著作を出すことに対して何らかの圧力がかかっているのではないかとさえ訝ってしまう。まあ,それくらい素晴らしい著作だということが私は言いたい。
むしろ出版から3年たった今,読むと一層,本書の価値というか,著者の取材や分析の確かさがよくわかる。ロシアによるウクライナ侵略の背景も本書にすでに明らかにされているし,アメリカの福音派やロシア正教会といった宗教右派勢力が政治と結びついて世界を動かしている現実にも鋭くメスを入れている。冒頭で述べたように日本でもようやく宗教右派と政治との関係が問題にされ始めたが,こうした動きが必ずしも日本特有の現象ではなくて,世界的な潮流と密接に結びついていることもまた,本書は教えてくれる。
私もこれまで,アメリカやロシア,日本など,それぞれの国で宗教右派が政治に大きな影響をおよぼしていることを指摘してきたが,本書はそうした各国の動きが,反動とも呼べる保守的な価値観(=伝統的な家族観)を共通項として底流でつながっていることを,具体的な人物や活動,証言を通して明らかにした。ここが本書の最大のストロングポイントであろう。
世界家族会議は,キリスト教右派=福音派の原理主義的な聖書理解をベースに,家族を中心とする社会経済体制を取り戻そうと訴えているわけだが,その世界家族会議に参加する宗教は福音派だけでなく,カトリック,東方宗教,ユダヤ教,イスラム教と幅広い。結局のところ,聖書の教えなんかはどうでもよくて,妊娠中絶や同性婚,LGBTQの権利など,個人の自由や多様性を大切にするリベラル派の価値観や運動をどうしても否定したいわけである。そして,過去・伝統に回帰し,宗教に生活のベースを置いた秩序や権威を重んじる中世的な世界を復原したいと考える。
こうした反動思想はもはやキリスト教に限らず,さまざまな宗教の原理主義的な解釈から出てきて,例えばプーチンのユーラシア主義やルペンの極右政党などにつながっていく。だから,キリスト教的な伝統が浅い日本も決して無縁ではないわけである。日本でも同性婚やLGBTQの権利などに強く反対する保守勢力が幅を利かせていることは周知のところであろう。日本の保守派は,もちろんキリスト教ではなく,天皇制や神道,儒教といった日本社会の伝統を根拠にして同性婚などに反対する。しかし,根拠にする伝統や宗教は違っても,日本の保守派も世界家族会議も,個人の自由や寛容さなどを敵視する政治的なスタンスはほとんど変わらない。
欧米の宗教右派が同性婚に反対する根拠がキリスト教だとすれば,日本の保守派は伝統的な日本社会の持続性を議論のベースにしている。両者が共通するのは行き過ぎた個人主義が社会の基盤を崩し,少子化に拍車をかけているとの危機感だ。
(同書p.238)
伝統的な家族観を基礎に置いた反動思想は,行き過ぎた個人主義への危機感という形で日本社会にも受け継がれていて,そうした危機感をバネにして統一教会や日本会議,神社本庁といった宗教右派勢力が日本でも伸してきたわけである。そして,そういう宗教右派の主張に保守派が乗っかる形で政治が行われてきたというのが日本の政治の形であろう。
それが最もわかりやすく表れているのが自民党の改憲案である。そこには,従来から宗教右派が主張してきた
・家族条項の追加と,
・政教分離の緩和
がはっきり示されている。すなわち,国は国家・社会の存立基盤である家族を尊重・保護すると明記し,そして宗教団体が政治権力を持つことを明確に否定しないでおく。こうした改憲案には,日本を古めかしい家父長制的家族を基盤にした,政教一致のカルト宗教国家にしようというもくろみが見て取れる。
こういう政教一致という国家観やビジョンは,何も日本の宗教右派に限らず,世界家族会議に参加する国の宗教右派が共有するものである。例えばロシアは,正教会に支えられた反動的な価値観がユーラシア主義と結びついて帝国化しつつあり,プーチン=正教会による政教一致が築かれようとしている。ロシアではユーラシア主義,一方で日本では天皇制(家族国家観)といった独自のイデオロギー要素があるにせよ,いずれの国の宗教右派も政教一致を理想像として描いている点は共通している。
注意すべきワードは家族と政教一致だ!つまり,世界で今,大きな流れとして見られるのは,政治と宗教が家族を武器にして共謀しているという現実である。政教一致の動きに対抗し,これを打ち破っていくには,相手の武器である伝統的な家族観に抵抗することが必要だ。家族の絆とか愛情とか,家長である父の正しさといった家族イデオロギーに抵抗しよう。家庭内における虐待やDV,ハラスメントを,家庭内権力の非対称性に基づく「暴力」の一環とはっきり認知しよう。そこから抵抗(レジスタンス)は始まる。家族は,私的空間なのではなく,権力関係が最も顕著に働く政治なのだ。だからレジスタンスという政治言語が必要となる。
国家を支える軍隊のイデオロギーを守るために,国家を支える家族のイデオロギーを守るために,戦争神経症も性虐待もないものとされなければならないのである。
(信田さよ子『家族と国家は共謀する』角川新書p.219)
こうした家族イデオロギーを守ろうとしているのが日本の保守派であり,宗教右派なのである。私たち一人一人のレジスタンスでこういう「伝統的な家族」という言説を壊していきたいと思う。「たかが言葉で作った世界を言葉で壊すことがなぜできないのか。引き金を引け。言葉は武器だ!」(寺山修司)
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