執念!純国産大型ロケット開発 苦難の歴史を乗り越えて NHKコズミックフロントより | 「不動産投資と旅」現役大家さん、現役投資家の生の声を聞かせます。

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NHK コズミックフロント COSMIC FRONT
執念!純国産大型ロケット開発 苦難の歴史を乗り越えて

私たち人類は、遥かなる宇宙に魅せられ、そこに近づこうと努力してきました…日本の技術を支える町工場の職人たち、実は宇宙開発には、無くてはならない存在なのです。

町工場で作られた部品が国産大型ロケットH2シリーズに使われているのです…日本の物作りの粋を集めたロケットH2シリーズ、これまでに数々の宇宙開発を牽引してきました。

2007年に打上げた月周回衛星「かぐや」は知られざる月の世界を映し出し、世界を驚かせました…高度400キロに浮かぶ国際宇宙ステーションに食料や実験装置を送り届け、宇宙ステーション補給機HTV(こうのとり)を打上げるのもH2シリーズです。

h2シリーズは、今や世界の宇宙開発を支えるまでになっているのです…しかし、その開発の道のりは、苦渋に満ちていました。太平洋戦争敗戦から7年間、航空機やロケットの開発を禁じられた日本…ようやく国産宇宙開発が始まってからも失敗が相次ぎます。

自主開発は中止に追い込まれます…代わりにアメリカから技術を導入したもののロケットの製造は言われるがまま…要となる技術は、決して明かされないブラックボックスでした。

ついに日本の技術者が立ち上がります…国産の技術だけでロケットを作りたい…壮絶な戦いが始まりました…数々の失敗を乗り越え突き進みます…技術者たちの意地を懸けた執念のロケット開発、純国産ロケット開発の軌跡を追います。


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Front 1 技術の結晶 H2シリーズ
鹿児島県・種子島宇宙センター(上記画像)国産ロケットH2シリーズは全てここから打上げられています…これまでH2シリーズは、私たちに欠かせない数々の人工衛星を宇宙に運んできました。

H2シリーズは、世界でも指よりの高性能ロケットです…海外のロケットと比べると打上げ可能重量はそれほど大きくはありません…しかし、その一方でロケット自体の重量は軽くなっています。

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これは少ない燃料で多くの荷物を運べる事を意味するのです…コンパクトで高性能、それがH2シリーズの特徴です。

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愛知県にある三菱重工のロケット製造工場でひときわ目を引くのが長さ3.7m、直径1.8mのメインエンジンです…エンジンだけで部品は3万点、その一つ一つが1/1000mm単位の精度と極限の軽量化を追求したものです。

溶接も特別な工程で行われます…溶接を行うのは、優れた技術を持つトップ熟練工だけです。僅かなむらも出来ないよう溶接を何回にも分けて行います。

直接見る事の出来ない配管の内側は、小型カメラでチェックするのです…こうした部品の溶接はエンジン全体で1500ヵ所にも上ります。

日本ならではのミクロの職人技、それが世界屈指のコンパクトで高性能なロケットを生みだしているのです…そしてH2シリーズの最大の特徴は、国産技術へのこだわりです。

1994年に完成したH2ロケット1号機は、8年の歳月をかけ、日本の技術だけで作りました…その開発には苦闘の歴史があったのです。


Front 2 屈辱のロケット開発
日本のロケット開発は、当初から大きなハンデを背負っていました…アメリカ軍によって日本の戦闘機は全て解体されました…太平洋戦争敗戦から7年間、日本は航空機やロケットの開発を禁じられたのです。

ようやく開発が許された頃、一人の研究者がロケット造りに乗り出します…東京大学 糸川秀夫教授です…糸川教授はロケット技術で世界に肩を並べという大きな夢を抱いていました。

しかし、十分な資金もノウハウの無い中で作り上げたロケットは、全長僅か23センチ…その大きさからペンシルロケットと呼ばれました。

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材料は飛行機の廃材、燃料はメーカーに分けてもらった火薬でした…糸川教授はこの小さなロケットで技術を蓄積していきます。そして5年後、日本は初めて宇宙にロケットを飛ばす事に成功します。

しかし世界は遥か先を行っていました…1957年、ソビエトによる世界初の人工衛星スプートニク1号の打上げです。その3カ月後アメリカも後を追います。

冷戦下にあった米ソは、人工衛星打上げレースに突入していきます…何千キロもの彼方と瞬時にやりとりできる通信衛星、宇宙から他国の動きを探る偵察衛星、世界の宇宙開発は、人工衛星の打上げを競う時代になっていきました。

1965年、日本も人工衛星打ち上げのための大型ロケット開発に乗り出します…5000人の犠牲者を出した伊勢湾台風をキッカケに気象衛星が切望されたのです。

大型ロケットを開発する組織(宇宙開発推進本部)が作られ、実用静止衛星を打上げるという目標が掲げられました…そのリーダーに選ばれたのが糸川教授の教え子、竹中さんです。…竹中さんは当時の日本の技術からすると、あまりにも高いハードルだと感じていました。

宇宙開発推進本部(当時) 竹中幸彦氏
「開発と言う事になると、まず時間がいる、お金がいる、人がいる、技術者がいる…全部揃わなければね…あと5年後に静止衛星を打上げるということは、まず不可能と私はふんでいました」

それでも何とか期限までに間に合わせようと竹中さんは開発を急ぎました…エンジンは作り上げたもの燃焼試験では原因不明の爆発を繰り返します。

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開発の遅れに批判が集中します…ロケットが完成しないまま迎えた5年目のある日、竹中さんは上司に呼び出されます。…突然、国産ロケットの開発中止を告げられたのです…その上、技術をアメリカから導入し、一刻も早くロケットを完成させる事を命じられました。

宇宙開発推進本部(当時) 竹中幸彦氏
「技術者ですからね…あくまで自主技術でやりたいですが、一方、ユーザーからはもっと早くやれと…板挟みと言うか…どうしたらいいかということで…一時的には技術導入は残念だけど、よく消化して自主技術が育っていけばいいのではないかと」

人工衛星を求める声が高まる中、竹中さんは技術導入を受け入れざる得ませんでした…この事態に悔しい思いを抱いていた技術者がいます…竹中さんの下でロケット設計を担当していた五代富文さんです…国産開発のロケット技術に強いこだわりを持っていました。

航空宇宙技術研究所 固体ロケット研究室長(当時)五代富文氏
「技術導入は好かないわけですよ…」

アメリカの技術を導入するロケットN1の開発が始まります…しかし日本の技術者はアメリカのマニュアルに従い、組み立てる以上の事はさせてもらえませんでした。

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N1ロケットとアメリカの元となったロケットの基本的な構造はほぼ同じ、日本の技術者に創意工夫を発揮する機会は与えられませんでした。

1975年、N1ロケットは完成します…その後、年に1度のペースで人工衛星を打上げ、日本のロケット開発は一見軌道に乗ったかに見えました。

1980年、ところが5年後、事件が起こります。N1ロケット6号機、あやめ2号が高度36000キロで行方不明になってしまったのです。

この時、ロケット開発の最前線にいた五代さんは、原因究明を命じられます…五代さんはアメリカ製の小型エンジンが原因ではないかと疑いメーカーに説明を求めました。ところがメーカーは、起業秘密のいってん張り、技術の詳細は知らされなかったのです。

航空宇宙技術研究所 固体ロケット研究室長(当時)五代富文氏
「順調に行ってる時はいい…しかしロケットは必ず失敗する…失敗した時に原因を究明する…原因を探って改良して次に進んで行く…しかし、原因究明が自分たちで出来ない…純国産で無いということは、そういう事なんです」

アメリカに頼っていては、本当の宇宙開発は出来ない…五代さんをリーダに純国産ロケットH2の開発が始まるのです。


Frout 3 苦闘!H2開発
H2の開発は、計画書作りから始まりました…1938年の計画書は、必要な部品、技術、予算などをまとめると847ページのもなりました…その過程で多くの課題が浮かび上がってきます。

中でも大きな壁とされたのがロケットの姿勢や速度を検出する誘導装置の開発です…ロケットの頭脳とも呼ばれる重要な部品です。

そしてメインエンジンLE-7は、大型衛星を打上げる事の出来るパワーが必要でした…そしてメインエンジンは、二段燃焼サイクルというシステムを導入する事にしました。

液体水素と液体酸素を予備燃料室で反応爆発させます…ここで発生した燃焼ガスがターボポンプを回し、流れを一気に加速、そして燃焼ガスは主燃焼室で液体酸素と反応、強力なパワーを生みだします。

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その要となる部品が液体水素と液体水素の流れを加速するターボポンプです…上記画像が実際のターボポンプで長さ約70センチ、このサイズで必要なパワーを実現するには、1分間で4万2000回という超高速回転が必要です。

開発に当たったのは開発メーカーIHIの藁科彰吾さんです…入社以来、ターボポンプの設計一筋の技術者です。藁科さんは従来にない超高速回転の実現に取り組みますが開発は難航します。

回転数が上がるにつれ軸全体が震動し、それ以上回転数が上がらなくなるのです…藁科さんはターボポンプを分解して一つ一つ部品を詳しく調べました…その結果、思いがけない原因がわかります。

部品にそれぞれごく僅かな誤差があったのです…5/1000mmずれていたのです…この小さなずれが超高速回転になると150kgもの遠心力を生みだし、この力が震動を引き起こしていたのです。

藁科さんはこのミクロのずれを職人の手作業で解決しようとします…開発でいつも頼りになったのが職人だったからです。少し削ってはズレを確認する気が遠くなるような地道な作業が続きます…部品1つを仕上げるのに1日がかりです。

無数の削り跡が付けられた部品、部品のズレは機械で測定できないほど小さくなっていました…それでも部品を組み立てて回転させると僅かな震動が残ります…藁科さんは、それを特殊なクッションを取り付けて吸収させる事にしました。

試行錯誤すること1年、これ以上遅れると全体のスケジュールにも影響を及ぼしかねない状況で最後の確認試験を行いました…徐々に回転数を上げていきます…震動は起きません…そして見事目標の42,000回転に到達したのです。

エンジンの要、ターボポンプ…その開発には技術者たちのミクロの誤差との戦いがあったのです。…その頃、もう一つの壁、誘導装置・ジャイロの開発も進められていました。

ジャイロは、ロケットの姿勢を割り出す部品です…回転している駒は外枠が動いても姿勢は変わりません…その性質をジャイロは利用しています。しかし大きな弱点がありました。

駒の上下にある軸受で摩擦が生じ、どうしても誤差が出てしまうのです…そこでH2ロケットでは世界に先駆け駒の代わりにレーザー光線を使う事にしたのです。

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レーザー光線なら問題となる摩擦は生じません…2つのレーザーを照射し、姿勢を計測するのです…しかし、その開発は難航します。技術者たちのとってレーザージャイロの開発には、まったく新しい知識や耕作技術が必要でした。

レーザージャイロ専用の工作機械から自分たちの手で作らなければなりませんでした…中でも開発当初から技術者たちの頭を悩ませた大きな問題がロックインと呼ばれる現象です。

ジャイロの姿勢の変化が小さい時、2つのレーザーの差は僅かしかありません…すると2つのレーザーが重なってしまうという現象が起こります…これがロックインです。2つのレーザーの差がわからないとロケットの姿勢を割り出す事が出来ないのです。

この難題に挑むため一人の技術者が加わります…機械工学のスペシャリスト、電子機器メーカー(日本航空電子工業)佐々木康之さんです…佐々木さんは、それまでは機械式のジャイロの開発を手掛けていました…畑違いのレーザージャイロ開発に佐々木さんは途方にくれました。

そんな時、先輩から資料を渡されます。

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日本航空電子工業 佐々木康之さん
「これが(上記写真)我々の先輩から引き継いだ文書です…緻密に書いてる…非常に解析的に…一種教科書に近いような形で書かれています…これが今に活きてるんです」

ロックインが起こる条件や先輩たちが試した対処法など貴重なノウハウが詰め込まれていました…佐々木さんは資料を読み込むうちにあるアイデアに行きあたります。

それはジャイロにあえて一定の震動させる装置を取り付けるというものでした…こうする事で2つのレーザーの差を大きくしロックインを防ぐというアイデアです…加えた振動は後で計算して取り除けば良いのです。

このアイデアの採用でロックインは見事解決、世界初のロケット用レーザージャイロが完成したのです。

ロケットの打上げを5年後にひかえた1988年、メインエンジンLE-7はターボポンプが組み込まれ燃焼試験が始まっていました。

燃焼試験成功の目安は、350秒燃焼し続けること…ロケットが大気圏の外までかかる時間です…ところが僅か5秒で爆発、エンジン開発は大きく躓きます。

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原因は、始動の際の液体水素と液体酸素を予備燃料室に送り込むタイミングがずれていたのです…先に到着した液体酸素が予備燃焼室にたまり、そこへ液体水素がやってくると必要以上の燃焼が起きてしまうのです。

このタイミングが僅かでもずれると上手くいきません…エンジンが安定燃焼に入る前の5秒が立ちはだかったのです。このエンジンの設計を担当していた松山行一さんは管制室で爆発を目の当たりにしました。

三菱重工業 松山行一さん
「もう恐ろしかったですね…声も出ませんでした…一瞬で画面が真っ白になって」

松山さんは、絶妙なタイミングを探し出すため試行錯誤を繰り返します…何度試験をしても失敗ばかり、燃焼室が壊れたり、エンジンそのものが修理不可能になった事もあります。

この状況を打破しようと松山さんは、LE-7エンジンに新たなセンサーを取り付ける事にしました…エンジン内部の圧力を詳細に調べるためです…最初の5秒間の変化を正確にとらえ、理想のタイミングをコンマ1秒単位で探り当てようとしたのです。

燃焼試験を初めて2年、これはというタイミングの候補を見つけ出しました…果たして5秒の壁を超えられるのでしょうか…。

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やりました!エンジン開発にようやく光が見えた瞬間でした…その後、更に2年半に及ぶ試験を重ねエンジンの燃焼時間は着実に延びていきます。LE-7エンジンの完成も近い松山さんがそう思い始めていた頃のことです。

1992年6月、ロケット打上げまであと1年に迫っっていました…LE-7エンジンは僅か4.7秒で大爆発を起こしてしまいます。皆、言葉を失いました。

三菱重工業 松山行一さん
「いろんな見直しを行い、改善策をとってこれで行けるだろうと皆、思っていたところでショックでした」

この爆発で初打上げは1年間延期を余儀なくされました。
当時開発総責任者だった五代さん…「大衝撃ですよね、まず何故だ…何故だ…原因の追求だ」

爆発の原因の究明が徹底的に行われます…実験と検証を繰り返し、見直しは設計にまで及びました。X線を使い部品の内部まで調べます…検査項目は1000以上に上りました。

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総点検の結果、明らかになった原因は、なんと溶接でした…LE-7エンジンは機械を使って配管を溶接していました。その溶接部には、僅かな盛り上がりが出来ます…その付根部分に力や熱が集中し、亀裂を引き起こしていたのです。

以前から弱点とされていましたがその影響は、予想を遥かに超えていました…しかも、そのような危険個所は数十カ所に及びます。この解決策として松山さんたちが考えた秘策…それはこの盛り上がりを職人の手で磨き徹底的に平らにする事でした。

配管の溶接部を1ヶ所まるごと磨くのに40時間かかります…内側も鏡で確かめながら磨きます。磨き具合を確かめるのも人間の手です。…最後の決め手は、職人の繊細な手作業だったのです。

そして背水の陣で挑んだ燃焼試験、350秒達成です…LE-7がついに完成したのです。

1994年2月、開発部品が組立てられたH2ロケットがその雄姿を表わしました…エンジン、誘導装置だけでなく、塗装からネジの1本に至るまで全てが日本の技術で作られているのです。

午前7時20分、H2が轟音とともに飛び立ちました…打上げは、見事成功です。

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度重なるエンジンの爆発に決してくじけなかった松山さん
ターボポンプのミクロの誤差と格闘した藁科さん
ハイテク技術、レーザージャイロの開発に挑んだ佐々木さん

40年の苦難を乗り越え、ついに日本は世界に肩を並べる純国産大型ロケットを手に入れたのです。


Front 4 H2最大の危機
歓喜の打上げから6年、太平洋の小笠原沖で必死の捜索が行われていました…H2ロケットが最大の危機に見舞われたのです。…深さ3000mの海底に横たわるH2のメインエンジンLE-7です。

1999年11月、遡る事2ヶ月…種子島宇宙センターでは、H2ロケット8号機が打上げを待っていました。管制室は緊張に包まれていました。

その前の年にH2が打上げに失敗していたからです…発射…ロケットは高度を上げていきます…発射から239秒、ロケットから送られてくるデータが突如乱れます。

1段目のエンジンLE-7が予定より107秒早く急停止、ロケットは安定を失い原因不明の回転を始めます…そこで1段目を予定より32秒早く切り離し、落下させます。

しかし2段目は制御不能、爆破せざるを得ませんでした。種子島宇宙センターは騒然となります。

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立て続けの打上げ失敗…巨額の経費が海の喪屑に消えたと非難が湧き起こります。国産技術に対する信頼が大きく揺らいだのです。

このままでは手塩にかけたロケットがダメになる…五代さんは前代未聞の決断をします。海に沈んだエンジンを探し出す事にしたのです。

宇宙開発事業団 副理事長(当時) 五代富文さん
「とにかく現物が欲しい、現物が見たい…もし拾えなかったらどうなるかと言うと、また同じ失敗を起こす可能性が非常に高い」

その決断に衝撃を受けた技術者がいます…H2のエンジン開発などを統括していた渡辺篤太郎さんです…この時、事故原因の調査チームの一員でした。

H2ロケット推進系統括(当時) 渡辺篤太郎さん
「墜落した機体が落ちた海底3000mから上手く見つける事が出来るのだろうか…見つかっても引き上げられるのか」

ロケットが落ちたのは、縦10キロ、横42キロ、横浜市ほどの途方もなく広いエリアです。

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そこに沈んだエンジンを見つけ出すのは、砂丘に落ちた米粒を探すようなものです…莫大なコストと労力をかけた挙句、徒労に終わる可能性が高かったのです。

何とか発見の可能性を上げられないか…渡辺さんたちは、ロケットの落下速度、風向き、潮の流れなど20近いデータを計算し、落下地点を絞り込む作業を続けました。

その結果、落下の候補エリアを1/5まで限定しました…それでも縦26キロ、横3キロの広大な面積です。エンジンを見つけるには、このエリアの海底を直に探すしかありません。

深海探査用の調査機を使った大捜索が始まりました…海底をしらみつぶしに調べていくこと1ヶ月半、ついにLE-7エンジンを見つけ出しました。…1日がかりで深さ3000mの海底からエンジンを無事引き上げました。

早速、エンジンを調べてみたところ液体水素側のターボポンプの羽が1枚千切れていました…この事実から原因究明を進めた結果、明らかになった事は、羽根車の回りには、回転によって泡が発生します…この泡で羽根車は震動しますが、それは極小さいものだと思われていました。

しかし、羽根車のそばにある清流板と呼ばれる部品が思わぬ影響を及ぼしていました…羽根車で発生した泡が清流板を振動させ、その震動が再び羽根車に伝わり、更に震動を増幅していたのです。…この繰り返しでついに羽根車は破壊されたのです。

壊れたエンジンを引き上げた事で初めて事故のメカニズムを解明する事が出来たのです。

羽根車は、震動を抑えるように羽の角度が変更されます…改良されたエンジンは、その後、一度も事故を起こしていません…執念の大捜索と原因究明でH2ロケットは信頼を取り戻すことが出来たのです。


Front 5 そして挑戦は続く
2009年9月、H2ロケットは新たな進化を遂げます…H2ロケットの最新型、H2Bロケットがデビューするのです。

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その特徴は、世界トップレベルのパワーです…メインエンジンを2基、打上げを助けるロケットブースターを4本に増やしています。その結果、従来の2倍の重さの荷物を宇宙に運べるようになったのです。

このH2Bで打上げているのが宇宙ステーションに物資を補給する宇宙ステーション補給機HTV(こうのとり)です…いまやH2シリーズは世界の宇宙開発に欠かせない存在になっています。

更にH2シリーズを利用した宇宙開発は、新たなステージへ進もうとしています。H2Bで打上げた宇宙船が大気圏に再突入する際にどの位の熱や圧力を受けるのか模型を使って実験しています。

その先に見据えている目標とは…。

JAXA有人宇宙環境利用ミッション本部 鈴木裕介さん
「宇宙空間から地球に帰ってくる…帰ってくる技術を飛行実証する事により、それが確実に出来れば将来の有人宇宙船の開発に活かしたい」

地球へ帰還する技術を確立できれば、有人宇宙船開発の道が大きく開けます…私たちが日本のロケットで地上と宇宙を行き来する日が来るかもしれないのです。

戦後、長さ23センチからスタートした日本のロケット開発、数々の逆境を克服した原動力、それは日本の物作りの伝統を誇りとする技術者たちの執念です。

そして日本はついに世界最高レベルの国産大型ロケットを作り上げる事が出来たのです…私たち人類を遥かな宇宙へと導いてくれるもの…それは困難に直面しても決してあきらめない技術者たちの熱い情熱なのです。

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