アンデルセン童話に隠された秘話 NHK BS歴史館 北欧スペシャルより  | 「不動産投資と旅」現役大家さん、現役投資家の生の声を聞かせます。

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NHK BS歴史館 北欧スペシャル アンデルセン童話に隠された秘話

北欧の小国デンマーク、人口わずか550万人、国民の教育水準が高く福祉も充実している事で知られています。

このデンマークの国民作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805-1875)、マッチ売りの少女、裸の王様などその童話は世界中で愛されています。

アンデルセンの生きた19世紀のデンマーク、人々は戦争や貧困に苦しんでいました・・アンデルセンの生涯もまた波乱にとんだものでした。

父は戦争で心を痛み、母は酒びたり、アンデルセンは度重なる失恋に沈む日々、そんな自らの体験を次々と童話にして行きました。

マッチ売りの少女
アンデルセンの代表作の一つマッチ売りの少女・・それまでの昔話の童話と違い自分の経験や周囲に起っている事を題材にしています・・そのため彼とその家族の生い立ちをはじめ19世紀デンマーク人の暮らしぶりを見てとれるのです。

アンデルセンの故郷オーデンセ、デンマーク第3の都市です・・アンデルセンが幼少時代を過ごした家が残っています・・6畳ほどの1間に両親と3人で暮らしていました。

父ハンスは貧しい靴職人、母アネマリーは働き者で清潔好き、貧しいながらも穏やかな生活を送っていました・・父は幼いアンデルセンに暇さえあれば本を読み聞かせていました。

父は靴職人という自分の境遇に絶望していました。「もっと高い教育を受けたかった」とアンデルセンの前で涙を流す事もあったのです。

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当時のデンマークは一人の領主がいくつもの国を束ねる国家連合でノルウェーなど広い領土を有していました・・しかし周辺国との戦争が絶えず領土を脅かされていました。

1807年には、イギリス軍によって首都コペンハーゲンが炎上します・・国家は破産に瀕し、それまで中立を守ってきたデンマークはついにフランスと同盟を結んだのです。

1812年ナポレオンがロシアに侵攻します・・デンマークはフランスの同盟軍としてこのロシア侵攻に参加します。

度重なる戦争は、国民の愛国心を高めて行きました・・アンデルセンが7歳の時、父ハンスもこのナポレオンの戦いに参加すべく出征しました・・靴職人に見切りを付け、少尉になって帰還するのを夢見て兵隊となったのです。

しかしナポレオン軍はロシアに敗れます。思いがけづに早く来た冬の寒さとロシア軍の攻撃の前になすすべもなかったのです。

この敗戦に伴いデンマークはノルウェー領を失います・・2度の戦争を経験し、ほぼ現在の領土となったのです。・・ナポレオンに心酔し、戦争で一旗揚げようと願っていた父にとってこの敗戦は大きな痛手となりました。

「父の健康はすでに回復の見込みは無くなっていた・・ある朝、父はうなされて目を覚まし、しきりに戦争の事やナポレオンの事をしゃべり始めた・・何でもナポレオンから直接命令を受け、自ら軍隊を指揮していると思っているようだった・・父はそれから3日目に死んだ・・その夜は、夜通しコオロギが鳴いていた」(アンデルセン自伝から)

母アネマリーはその後、洗濯女として生活を支えました・・生活苦を紛らわすため酒に手を出しアルコール依存症になってしまいます・・父の死から2年後、母は20歳年下の靴職人と再婚しました・・アンデルセンは居場所を失います。

アンデルセン博物館 学芸員 アネ・グロム・シュヴェンセンさん
「母親が早く再婚した事は、つらい事だったと思います。彼らはとても小さな部屋(6畳一間)に住んでいました・・多くの人がこの事によってアンデルセンが性的に怯えるようになったと考えています」

「おそらく彼は母親が性的存在である事を目の当たりにし、それを怖がるようになったのではないでしょうか・・母親が再婚した直後、アンデルセンは非常に若くして家を出る事を決意したのです」

アンデルセンは14歳で母と別れ、故郷を後にします・・芝居の世界に憧れ首都、コペンハーゲンにやってきたのです。

そこでアンデルセンを待ちかまえていたのは長い試練でした。役者になりたいと王立劇場に志願しますが無学を理由に断られます・・合唱団の一員になりますがそれも解雇され、学問が必要だと痛感しラテン語学校に入学します。

校長はアンデルセンを自宅に住まわせますがこき使った上にラテン語が上達しないアンデルセンを無能だと攻め立てたのです。

「私の生活は日に日に不幸になり、精神的な苦しみも大きくなった・・私は授業時間ばかりではなく私の部屋にいても家族の居間にいても私自身が駆り立てられた野の鳥のように感じられた・・本当に私の生涯において最も悲惨な最も不幸な時代であった」(アンデルセン自伝から)

19世紀のデンマークはまだ近代化のとば口に立っていました・・すでにイギリスでは産業革命が始まっていましたがデンマークで産業が大きく発展するのは19世紀後半、100年の遅れがあったのです。

国立図書館 近代史研究学芸員 ラース・クルヒーゼ・クリステンセンさん
「当時は農村部から都市に人々が少しづつ流入して貧しい人がスラムを形成しつつありました・・スラムを中心としてコレラが大流行して多くの人が犠牲になった事もあったのです」

コペンハーゲンを出てから16年、ついにアンデルセンは作家として認められます・・30歳の時に初めて童話集を発表したのです。

『子供のための童話集』です。これ以後、次々と作品を発表、156篇もの童話を発表しました・・アンデルセン童話の特色のい一つは古い昔話ではなく、その時の社会状況がそのまま反映されている事です。

その当時の流行や最先端の物を積極的に取り入れています・・代表作の一つマッチ売りの少女が売っているマッチもその一つです。

この軸のあるマッチは19世紀の前半に発明されヨーロッパに広まったばかりでした・・シュっと着けるマッチは最新の発明品、夢のような魔法の商品だったのです。

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大晦日の寒い日、ボロを着た裸足の少女がマッチを売り歩いていましたが誰ひとり買ってはくれませんでした・・少女は寒さのあまり売り物のマッチに火を着けました。

「なんという火花でしょう・・なんと良く燃える事」 暖かい明るい炎はまるで小さい蝋燭のようでした・・少女はその周りに手をかざしました・・なんだかストーブの前に座っているような気がしました。

少女は次々にマッチを擦りました。その度に目の前にストーブや暖かい御馳走が現れては消えてゆきます・・その時、少女は流れ星を見ます。

流れ星が落ちると誰かの魂が天に召されるのだと言います・・そして少女は、マッチの中に優しいおばあさんを見ます。

「私も一緒に連れてって」少女はおばあさんと一緒に光に包まれ天に昇って行ったのです・・翌朝人々は、路上で凍え死んだ少女とマッチの燃えかすを見つけます。

「この子は暖まろうとしたんだね」と人々は言いました・・誰もこの少女がどのように美しいものを見たか、また、どのように光に包まれておばあさんと一緒に行ったかそれを知っている人はいませんでした。
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醜いアヒルの子
アンデルセンは30歳で作家として認められ次々と作品を世に出します・・ヨーロッパ各国でも高い評価を受け、その地位を確立して行きます。

次第に多くの時間を王侯貴族の城や上流貴族の館で過ごすようになります・・城に招かれたアンデルセンは人々に童話を語って聞かせ執筆もそこで行いました。

上流階級の間では、この人気作家を招き彼の童話を直に聞くというのはチョットした流行でさえあったのです・・アンデルセンが器用に作った切紙細工の数々・・人々を喜ばせようという熱意が伺われます。

19世紀前半のデンマークは絶対王政の時代です。この時代には階級制度が厳然と存在していました・・職業の自由が本格的に認められるのは19世紀後半の事・・下層階級の人々がその階層から抜けだし成功を勝ち得るのは容易なことではありませんでした。

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アンデルセンの生き方に大きな影響を与えた家族があります・・コリーン家という上流階級の一家です・・当主ヨナース・コリーンは国王の相談役を務める大物でアンデルセンが無名の頃から支援してきました。

最底辺の階層に別れを告げたアンデルセンにとってこの一家の一員に迎えられる事は切実な願いでした・・しかしコリーン家の二男、エドヴァーとの間に大きな問題が持ち上がります。

年の誓いエドヴァーを親友か兄弟のように感じていました。アンデルセンはエドヴァーに期待を込めてある提案をしました。

「もしも私を本当に喜ばせていただけるとするならば、私に敬意の証を見せていただけないでしょうか・・最も私がそれに値していればの話ですが・・私に『Du』と言って下さいませんか?」(アンデルセンの手紙より)

デンマーク語には二人称が2つあります。

他人行儀敬称『De』-あなた・貴殿
家族、親しい友人間で使われる『Du』-君・おまえ

アンデルセンは親しみをこめてこの『Du』で呼びあいたいと頼んだのでした・・しかしアンデルセンの願いは見事に打ち砕かれます。

エドヴァーからの返信は文章こそ遠まわしですがそれは明らかな拒絶でした・・「長い間の知合いで私が尊敬する人物に『Du』と呼び合おうと提案されるとなんとも説明し難い不快感に襲われるのです」(エドヴァーからの返信)

アンデルセン博物館にいかにアンデルセンがこの『Du』と呼び合う事にこだわったかの証拠が残されています。

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エドヴァーに宛てられた限定本です・・アンデルセンは直筆のメッセージを巻頭に記入します・・まずエドヴァーの綴りをわざと変え『Eduard』、正しくは『Edvard』・・つまりduをわざと入れ込んでいます。

そして二人の友情がいかに深いかを記した後、「我らはお互いの喜びと悲しみ、そして心を忠実に分け合うのだ・・兄弟のキッスとduによって」 と締められています。

アンデルセン博物館 学芸員 アネ・グロム・シュヴェンセンさん
「エドヴァーはアンデルセンに断る時にduと呼ぶのに生理的嫌悪感があると説明しているのですが他の友人とはduと呼び合っているのです・・ですからこれはただの言い訳です」

「アンデルセンが上流階級出身で無い事が理由なのは間違いありません・・エドヴァーはアンデルセンにこう言いたかったのです ”お前は上流階級の人間じゃないその事を忘れるな!” とね」

アンデルセンはその後もduと呼ぶ事にこだわり続けます・・何度もエドヴァーに懇願の手紙を送り、それは死ぬ直前にまで続くのでした。

「貴方はduと呼び合おうと言ってくる人に不快感を抱くのだと書いてよこしましたが、あれが私の心からの絶叫、長く心に抱いていた願いであった事をご存知ないのでしょうか・・あなたに拒絶された事で私は、しばし泣きました・・あなたが想像される以上に悲しんだのです」(アンデルセンの手紙)

作家として成功をおさめたアンデルセン、しかしまだ階級社会の壁が厚かった時代、アンデルセンは童話の中でその無念の思いを表現しました。

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童話「みにくいアヒルの子」
灰色のアヒルの子は兄弟からみにくいといじめられ母親にさえ疎まれます・・ニワトリにも小突かれ、餌をやりに来る人間には蹴飛ばされます。

いたたまれなくなって外の世界へたった一人で出て行きます・・自分が醜いからこんなに嫌われるのかと醜いアヒルの子は悲しくてたまりません。

野鴨たちは、この新しい仲間を見つけました「君はいったい何者だい」とみんなは尋ねました・・アヒルの子は出来るだけ丁寧に挨拶をしました。

「君って何てみっともないんだ」と野鴨たちは言いました・・「けれどそんな事はどうでもいいや僕たち家族の誰かと結婚さえしなければね」

かわいそうにアヒルの子は結婚なんて夢にも思っていませんのに・・・。

・・・その後の物語は、皆さんご存知の通り。
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アンデルセン博物館 館長 アイナー・スティ・アスクゴーさん
「アンデルセンは、みにくいアヒルの子を通してどの社会階層で生まれたかは問題ではない・・人は生まれに関係なく白鳥になれるんだと言っているんです」

国立図書館 近代史研究学芸員 ラース・クルヒーゼ・クリステンセンさん
「彼は貧しい職人の家に生まれました。しかしコペンハーゲンでは裕福な人々に支えられていました・・ですから精神的には下層階級というよりは上流階級の方に近かったと思います・・アヒルの群れから白鳥になるという作品にもあるように彼自信は自分を下層階級だとは思っていなかったんだと思いますよ」

「アンデルセンがduにこだわったのはコリーン家の息子、婿になりたかったんじゃないですかね・・醜いアヒルの子の中で鴨との会話で『けれどそんな事はどうでもいいや僕たち家族の誰かと結婚さえしなければね』・・ここに彼の現実が出ているのです」

「アンデルセンは劣等感の塊だったのです」


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アンデルセン失恋物語
アンデルセンは生涯独身でした・・失恋ばかりを繰り返していたのです。

1.リボー・ヴォイクト嬢(写真左)
初恋の相手、リボー・ヴォイクトは裕福な家庭の娘でしたアンデルセン25歳、リボー24歳の事でした・・まだ駆け出しだった彼の作品をほめるリボーにすっかり夢中になります。

しかし彼女には婚約者がいました・・ただリボーの父親がこの縁談に反対していると聞きアンデルセンは、花束を贈ったり、恋愛詩を送ったり、ついにはリボーに熱烈なラブレターを送ったのです・・しかし婚約者のいる女性に対する強引なふるまいは周囲のヒンシュクをかいました。

2.ルイーセ・コリーン嬢(写真中央)
その失恋から2年後、恋に落ちます。それはアンデルセンを若い頃から支え続けてくれたコリーン家の娘でした・・18歳のルイーゼは失恋したアンデルセンを慰めたのです・・アンデルセンの気持ちは次第にルイーゼにのめり込んで行きます。

それに気付いたコリーン家では、ルイーゼをいち早く法律家と結婚させてしまったのです。

3.イェニー・リンド(写真右)
アンデルセン最後の恋の相手はスウェーデンの歌姫イェニー・リンド、40歳のアンデルセンは、この25歳の歌姫に夢中・・しかしイェニーはアンデルセンを利用して社交界に売り込んだのです・・歌姫として成功したイェニーには、年の離れたアンデルセンは必要が無い存在になったのです。

アンデルセン博物館 館長 アイナー・スティ・アスクゴーさん
「アンデルセンには安定した収入がありませんでしたし財産もありませんでした・・当時、市民階級の女性と結婚しようという場合、重視されたのがお金の問題でした・・アンデルセンの収入は不安定でした・・しかしこれは彼が作家として生きる事を選択したからなのです・・つまり物を書くことでは生計を立てる事は出来なかったのです」

※童話「人魚姫」アンデルセンは自分の報われない恋愛体験をここへ投影させたんですね。

アンデルセンのいた19世紀は、それまでの体制が大きく変化した時代でもありました・・1848年、2月革命(フランス)国王は退位し共和制による臨時政権が樹立されました・・この革命の影響はヨーロッパ各地に及んでゆきます。

デンマークでも同年3月21日、大規模なデモが組織されます。1万5000もの人々が国王フレゼリク7世に新政府設立の要求を突き付けようと集まってきました・・そしてこのデモをキッカケにデンマークの絶対王政は崩壊、立憲君主制へと移行したのです。

国立図書館 近代史研究学芸員 ラース・クルヒーゼ・クリステンセンさん
「先頭に立ってデモを主導したのはコペンハーゲンの市民階級、その中でも上位にいる人たちでした・・市民たちは自由憲法の制定と専制政治の廃止を訴えました。その主張は受け入れられこのデモは歴史上非常に重要な出来事とされ、更には一種の伝説となったのです」

「伝説というのは、デンマークにおける革命が平和裏に進行したからです・・民衆が王のところに行き、権力を明け渡せと言い、それを王が『はい』と言ってそれを聞きいれたのです」

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デモの様子を描いた絵を見ると群衆は、シルクハットにフロックコート、手にはステッキを持って後進しています。

当時の市民とは、役人・医者・教師といった知識層、インテリの事なのです・・いわゆる労働者は含まれていません・・この革命はブルジョワ革命だったのです。

国家の体制を大きく変えた革命、この革命にさえ階級が存在したのです・・アンデルセンがこのブルジョワ革命をどのように受け止めたのか何も残っていません。

既存の社会秩序や身分階層が大きく揺らぎ始めた19世紀後半、それは人々の心にも変化をもたらしました・・私とは何か?・・自分にこだわり自意識も強くなっていったのです。

個人主義的で合理的な生き方とそれまでの伝統的な考え方がせめぎ合った時代でした・・アンデルセンが描いた多くの童話の中でも『赤い靴』は独特の魅力を持っています・・そのには現代人にも通じる心の葛藤が描かれているのです。

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童話『赤いくつ』
赤い靴の主人公は少女カーレン、赤い靴が大好きだったカーレンは一人前のキリスト教徒になる日、堅信礼の日にその靴を履いて教会に出かけます。

礼拝堂に集まった人たちも牧師さんもじっとカーレンの足元を見つめます・・奥様は慌ててカーレンを呼び「お前、赤い靴など二度と履いて行ってはいけないよ・・必ず黒い靴をお履きなさい」、カーレンは、『はい』と返事をしました。

カーレンを養っていた奥様が病気になります。しかしカーレンはそばで看病をするより舞踏会の事で頭がいっぱいでした。

カーレンはベッドで眠る奥様を見、ピカピカ光る赤い靴を見、・・奥様、赤い靴、奥様、赤い靴・・そしてとうとう赤い靴に手を出してしまったのです。

すると赤い靴はいきなり踊りだし、町外れから更に森の中に進んで行きます・・靴を脱ぐ事も踊りをやめる事も出来ないカーレンは昼も夜も踊り続け、苦しさのあまり、ついにある決断をします。

荒れ野の中に小さな一軒家がありました・・首切り役人の家です。カーレンは窓を叩き叫びました・・「お願いです私の足を赤い靴ごとあなたの斧で切ってしまってください」

首切り役人は、カーレンの脚を赤い靴ごと切り落としました・・赤い靴は、カーレンの脚とともに荒れ野を超えて遠ざかってゆきました。

脚を切り落とし心から悔いたカーレンは、教会で働きました・・そして天使が現れた時、カーレンの魂は神様のところへ召されたのです。

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司教 アナス・ボーオ・ゲーゼゴーさん
「この童話では、確かにナルシズム、自己中心的な考えが取り扱われます・・少女は何よりもまず自分が素敵に見える事、また踊りに行って楽しむ事を優先するわけですからね・・ここには自己中心的な態度と他者を思いやる態度の対立があります・・つまり自己中心的なエゴイズムとキリスト教的隣人愛の対立、その葛藤が描かれているのです」

アンデルセン博物館 学芸員 アネ・グロム・シュヴェンセンさん
「これはキリスト教徒のモラルの話だけではありません・・自己愛、ナルシズムへの対決であり、アンデルセン自身の内心の葛藤・・たとえば内面をおろそかにして外見にこだわるのは間違っているのではないかと言った事を言いたかったのだと思います」

童話の中で切り落とされた赤い靴は、足とともにいずこかへ去ってゆきました・・赤い靴はいったい何を象徴しているのでしょうか。


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