起業当時のビジネスプラン・・・・・昨日の続き

俺、話し長いからビジネスプランまで行きつくにはあと2~3日かかるかもよ~


日本製中古車の海外流通の仕組みってこんなんだったんだよね。

興味ないと知る由もないか(笑)


海外輸出の場合その当時はこんなんだった。

現在は、いろんな業者がネットで海外向けに販売するようになってきたけどね。


1.ユーザーが下取りとしてディーラーに売る


2.ディーラーが買い取り


3.ディーラーは早期現金化の為、オークション(業者間の中古車取引市場)で出品売却


4.世界のどこで高く売れるか情報を持ったディーラーがオークションでセリ落とし


5.発展途上国へ輸出


6.ハイエースなんかは荷台に座席を更に取り付けられ13人乗りに改造され 

  中東&アジア&アフリカの人達の足として活躍してる。



こんな感じの流れだったんだけど・・・・・・


前出の賃貸物件のオーナーでもある中古車屋のおっさんなんだけど、だんだん欲が出て来たんだね~



アフリカ人達から「ドバイでパキスタン人達から買うより高いんだけど・・・・・」なんて声が聞こえ始めた。


「ホントに?」


調べてみると1台辺り20万ぐらい乗っけて売るようになってた。

おっさんに問いただすと、やくざな感じに豹変開き直って話しにならない・・・・


即、縁切りです。


やっぱ俺が以前から抱いてたイメージ通りの典型な中古車屋だったね。悲しいけど。


まだ、万博閉幕まで期間もあるしという事でまだまだ車が欲しいようで・・・・・

結局、USSという東証1部上場企業でもある国内で中古車取引市場を全国で展開している会社が

に名古屋あるんだけど・・・・例の汚いそのおっさんがそこから仕入れていたからね。


そこに、直接話を持っていくことにした。だけど・・・いくらその国の政府関係者だとしても

当然、コンプライアンスの問題等もあるので入札に参加するのは無理との事。


そりゃ、そうだよね。(笑)


そこで、知人の紹介でUSSの一族のSさんに会わせてもらう事叶い。

最善の方法を聞いたよ。


なんでそこまでするの?って思うかもしれないけど・・・・

ほんと、知らない世界を知るのってたまんないわくわく感あるよね。そんな欲求と、俺の中で

最高の日本のホスピタリティーで感動させて万博終わったら帰国させたいっていうそんな欲求

だけかな・・・・・?


だけど・・・とてつもなく大きなビジネスになる予感もしたんだけどね。(笑)


結局、「会社作っちゃおう~!」ってことにした。


結局、その当時、「1円株式会社」ってのが作れるってな話を聞いて

法務局に出掛けて相談したさ・・・法務局って親切でね。

相談員の人達はかなりご年配だから・・・たぶん法務局を退職したOBの方が嘱託で

いろんな法人登記、増資とか登記にかかわる諸々の相談を無料で受けつけてるんだよね。


無料だよ。書類の書き方、文言の訂正からホント全て。


会社作りたい人・・・ノウハウ本もいいけど

法務局の相談コーナー活用したら・・・行政書士代もったいないよ。



で、結局俺は、その時初めて会社を作ったよ・・・それは

USSの中古車オークションの参加の加入条件を満たすため。

法人格までは要らなかったみたいだけどね。


俺、そん時リーマンだったからその方が早かったんだよね。

リーマンだから個人事業主、無理っしょ(笑)


まだ、ビジネスプランまではもう少し待ってね。(笑)


3,000万程度、資金集めるにはこの話では弱いよね。(笑)













「航海図」って怖いもの知らずの勇気ある最初に海に漕ぎ出した奴が描いたんだよ!



「航海図」って怖いもの知らずの勇気ある最初に海に漕ぎ出した奴が描いたんだよ!


俺、今、思うと恥ずかしくなっちゃうんだけど・・・・・・


2005年起業当時のビジネスプラン


「モータリゼーションが今後本格化する。中東&アフリカ人口22億人のビジネスセンター ドバイに日本製中古車の取引所を作る。」


米国から帰国後、証券業界にいたという自分の経歴&不動産リーマン時代にお手伝いして得たノウハウを元に

描いてみましたさ・・・・・今思えば稚拙な事業計画。でもその時は真剣だったよ当然。


なんで中古車??

中古車屋って俺の中でのイメージあんま良くなかったしな。


この前も少し書いたけど・・・・・リーマン時代、愛知万博に公式参加している人達の住居の手配をしてたって話の続きなんだけどね。

 アフリカ共同館のスタッフ用住宅の手配なんかもしていたから・・・・彼ら、なんか微笑ましいぐらいいろんな夢とか自分なりのビジネスプランとかまだ見ぬ国「日本」に来る前にみんな同じよう計画たてちゃつててさ・・・


中古の教科書を印刷する為の印刷機が欲しいとか・・・・・・

トヨタの中古のハイエースを30台欲しいとかさ・・・

建設用の建機がほしいとかね・・・・・・


そりゃ、探してやりましたさ・・・・・・

頼めそうなプロを・・・やっぱ餅は餅屋だからね。


そんな暇あったの?そうなんです。(笑)

万博も始まっちゃうと・・・・生活サポートぐらいなんだよね。

いつも、「超忙しい」が口癖だったんだけどね。


最初は、賃貸マンションオーナーでもある中古車業者の社長にそのまま紹介してあとそちらで・・・ってな

スタイルだったんだけどね。そりゃ、俺、自分が乗るイタ車とか欧州車は興味あるけど・・・

日本車興味なかったしね。


その、社長いわく「欲しい車オークションで落とすからね。1台当たり手数料5万だけくれればいいよ。」


「ありがとうマッシ~モ、ハイエース4台買ったよ。」

「ありがとうマッシ~モ、ギャラン買ったよ。」


とかね。発展途上国の人達だから資金力も限定的だろうと思い込んで話し半分に聞いてたんだけど・・・・

買う買う・・・・・


「ハイエースってさいくらぐらいなの?」って興味もなく聞いてみると・・・

「1998年式のLH172で走行距離22万キロで70万」とか


聞いてみてホント驚いちゃった・・・・・だってたぶん日本人の所有者が下取りでディーラー出しても

2~3万ぐらいじゃない?普通。










「航海図」って怖いもの知らずの勇気ある最初に海に漕ぎ出した奴が描いたんだよ!

週末、浅草、浅草寺の三社祭りに出掛けたよ。


パワフルだね~~


すごい人出だね~~


江戸だね~~~


血が騒ぐね~~~


「東京知らずして日本は語れず」


俺も、参加したい~~~


三社祭りはこの辺の住民になったら参加できるのかい?

独立する直前の俺は・・・・・・・


その当時、俺、リーマンとして日本博覧会協会の外国からの要人(全権特命大使クラス&各国のパビリオンのスタッフ達)の来日に備えての住宅を準備するスキームの中心にいた。


愛知万博ってさ、ホント山の中でやったんだよね。だから家、ホテル、マンションなんて皆無な訳。

しかも、名古屋って家具つきのサービスアパートメントなんて需要も無いから東京とか海外の大都市みたいに

ないんだよね。だから、それを用意しちゃおう~!っていう発想でね。


やりましたさ~それなりに。(笑)

家具のリースレンタルも検討したけれどそんな資金誰が負担するのってな話で幾度となく暗礁に乗り上げて・・・

外国人に部屋を貸すのはどうだとか・・・ゴミの問題がどうだとか・・・・騒音問題がおきたらどうだとか・・・・・

などなど・・・・ボランティアでやっていただける殊勝な方はごくまれで・・・奥ゆかしさを売りにする日本人はさすがに口に出しませんが・・・・やはりいくら儲かるが透けて見える。時間が限られた中でやはり膨大なマンパワーが

必要になるという事で・・・・


考えたウルトラCは、今後名古屋から全国にで展開を計りたいという某マンスリーマンション会社のK社長と組んで。先日その会社のウェブサイトを拝見しました。上場するほどでかくなってました。(笑)

とりあえず、会場近くの田舎からアクセスの良い地下鉄沿線のの賃貸マンションを片っ端から借り上げて。


いろんな国の人達がわんさか開催の半年ぐらい前からやってきました。


やっぱ、政府代表と言われる全権特命大使クラスは恐れ多いキャリアの人ばかり・・・

ペットを連れて来るだの&メイドを連れて来るだの&調理人を連れて来るだの&家具は国から持って来るだの&

一戸建ての家を用意して欲しいとかね。それなりの生活レベルを日本でもということで要望イロイロ(笑)


俺が、やはり仲良くなったのは同世代です。

だけど、それなりの家の子息とかそれなりポジションの人が多かった。


政府の高官の息子とか、その国の政商ともいうのだろうかその一族で召使&調理人付きで来てたりね。

超~~~カルチャーショックだった。(笑)


リーマンとしての出世しか考えていなかった自分にいろんな意味でのカルチャーショックと異国情緒溢れるパワフルなアグレッシブなスパイスを振りかけてくれた。


スパイスの国の人達だけに・・・・(笑)

おやじギャグ結構好き・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



俺も、付き合えば付き合うほど興味が湧いて仕事の合間にそれこそ日本に居ながらホームステイのような付き合いをした。


長いんだよね万博って・・・・開催期間は6カ月。真の関係者は半年前ぐらいから日本に滞在してる。国の取り組み具合によるけどね。













俺の会社、株式会社なんだよね。


株式会社って知ってる?


そう、カンパニー・・・投資家から資金を集めて実働部隊がその金を使ってビジネスをする。


そして、儲かった金を資金を出した割合に応じて投資家で分配する。そう単純な仕組みなんです。(笑)



金を集めれるかどうかは、言いだしっぺである発起人の過去の行い次第(笑)



ホント、バリバリのいいアイデア持ってても、その人に信用がなければ資金は集まんないし

不思議だけど・・・・その人の、信用力がなくてもその人の周りに居る人の華やかさや地位や信用で

資金は集まってくる。



もちろん銀行や、自治体などや政府系金融機関の創業支援の融資制度を使う手などもあるけど


俺の場合は、前者の周りの俺を取り巻く人達(リーマン時代のお世話になった取引先の経営者、ベンチャーキャピタル、国内の友人、海外の友人達)が資金を提供してくれた。


なんで資金が集まったか?


そう、彼らから見たら、俺の過去の行い&イメージ?がよかったから(笑)


実情は違うんだけどね。

確かにリーマン時代は社員1,000名ぐらいの不動産会社に居たんだけど目立ってた。


まっ、リーマン時代の話はまた話すけどさ(笑)



具体的には、俺が資金を集めるのに最初に描いたプランはこんな感じ。

次回紹介するね。


確かに、自分の大事な愛車のCクラスだけどベンツ君も売って金に換えたよ。

取引先の社長に見込まれて特別に分けてもらったその会社の未公開株も

もちろん買い戻してもらったよ。


俺の自己資金は450万程度だった。










「航海図」って怖いもの知らずの勇気ある最初に海に漕ぎ出した奴が描いたんだよ!
年収1000万のリーマンをやめて


会社を起業してから・・・・・早いものでもう5年・・・・・・・・ほんと早いね。


エリートサラリーマン時代(笑)!?には想像もつかなかったことも説明尽くせないけど・・・・・経験したりして


リーマン時代、会社にいつも守られていた自分をたまにはうらやましく思うし、今、たまにだけど好きにやっている自分を誇らしくも思ったりもする。


新聞、雑誌などで華やかに取り上げられた時、俺の周りは人でいっぱいだった。

有象無象の輩も寄ってくる。真剣に俺に忠告してくれた親友たちを俺、その時は、目の前のバラ色な話しに

目がくらみ進言をしてくれる人たちを遠ざけてしまって聞く耳を持たなかった。


失敗が現実となった時、俺の周りには誰もいなかった。

一人の心あるメンバーを除いては・・・・・・・よく、結婚をしている奥さんでも、彼女でもないのに、俺の間違いを正したり取引先に詫びてくれたりしながら・・・


ありがとう。


感謝。


その時その決断をした自分をホント悔んだ

けど・・・自分のケツは誰も拭いてくれない事は、そん時ホントに知った気がする。

失敗したら悲惨だよ。


遅いよね。ホント


人を大事にしよう。

金を大事に使おう。

いつも、一度立ち止まって考えよう。


よだれを垂らしながら、泣いて反省しながらも夢とリベンジを誓う自分に

一人の友が資金提供を申し出てくれた。




そして、今日がある。





日本・・・・2005ドバイ・・・・・カイロ・・・・・・・2008イスタンブール・・・・・・2009ブリスベーン

・・・・2010東京(麻布十番)


と自分の会社の業務と自分の考えに合わせて中東を中心に自分の棲みかを移してきた・・・


起業当時のメンバーは残念だけど一人も残っていない、人が去ってから人の大事さ、自分の至らなさなど

反省もしてきた・・・・だけどそんなに簡単に自分の個性は変われない。


けど、今、会社を支えてくれているメンバー&取引先また、自分を支えてくれている友人たちを


いつか思いっきりケラケラ笑わせたい。