映画* 父親たちの星条旗 | 有閑マダムは何を観ているのか? in California

有閑マダムは何を観ているのか? in California

映画に本に音楽。

山に海に庭。

インドア・アウトドア共に楽しみたい私の発見記録です。 

許されざる者 」、「ミスティック・リバー」や「ミリオンダラー・ベイビー」 などクリント・イーストウッド が監督している作品は、どれも非常に後味が苦しく、やるせなく、しかしあとあとまでテーマについて考えさせられるような作品ですが、今回もその例にもれず・・・。




Flag of our fathers



この一枚の写真をめぐり、


英雄なんてものは、ほんとうはいないんだ。

それは、人々が望み、必要とし、あとで作り出されたものに過ぎない。


と語られる。


第二次世界大戦中、日本軍の大事な拠点である硫黄島に上陸するアメリカ軍は苦戦をしいられ、多くの死者を出しながら、ようやく擂鉢山の頂上に星条旗を揚げる。

この写真に写る六人の兵士のうち、半分は島で戦死、残る三人であるレイニー、アイラ、ドクは国に連れ戻されるなり、英雄として祭り上げられる。




Flag of our fathers


国は、戦争資金を集めるためのキャンペーンとして、硫黄島で星条旗を揚げる兵士の写真を勝利のシンボルとして活用。

この三人の若者に各地を回らせるのですが、それは彼らの経験した悲惨な戦争の現実や、胸の中の思いとはかけ離れた行為であり、そのギャップにとまどい、苦しむ・・・。


兵士はみな志願兵だったそうですけど、こんな修羅場・地獄を見ることを想像できていたのでしょうか。

「皆、一丸となって!」

「誰も取り残されやしない」

と意気揚々と軍艦で島に向かう途中、ひとりの兵士が海に落ちてしまうんですね。

仲間達は、最初は「あいつ、なにやってんだよ」って笑いあっているのですが、船は必死に泳いで水の上に浮かぶ彼を救うために停止するわけにはいかないのです。

つまり、落ちこぼれたものは、見殺し・・・・。

ここで、船の上でなす術もなく仲間をぼんやりみやるしかなかった兵士達も、私達観客も、これから硫黄島で迎えようという闘いの非情さを予感します。


島は意外にも静まり返っていて、日本兵の姿なんか、ひとりも見えません。

実は皆ひきあげちゃったんでは? 皆死んでいるとか?

なんて思っていたら、地面の間や山の上の方の隠れた場所から突然の激しい攻撃。

これは、怖いです。

その後の苦戦の間も、日本兵の姿はほとんど画面には映らず、ほとんどどこからともなく攻撃してくるのですが、結局戦争というのは、個人が個人に対して恨みを持って殺しあうわけではないので、相手は顔がないものなのでしょうね。

顔があったり、人として認めてしまったら、戦うなんて出来ないのでしょう。

これは、テロ行為なども全く同じですね。

「大義」のために行う殺人は、相手に顔がない。

そうでなければ、普通の人に過ぎない実行者には、そんな行為は出来ないものなのかも。

(映画「ミュンヘン」  を思い出しました。)


ついさっきまで隣で自分としゃべっていた仲間が、次の瞬間にはヘルメットごとクビを吹っ飛ばされている。

そんな恐ろしい場所。

多くの仲間を失い、運良く自分は助かったとしても、英雄なんてものには程遠い。

むしろ、後ろめたい気持ちがつきまとう。


生き残った三人のうち、衛生兵であったドクは、もう助かる見込みのない兵士の最後の姿を何人も看取り、自分がなんにもしれやれないことをいやというほど味わったのに違いないのです。

国に帰ったあとあとまで、自分に助けを請う仲間の呼び声が耳に響く・・・。

ネイティブ・アメリカンのアイラは、英雄として持ち上げられると同時に白人から相変わらず差別を受け、屈辱的な思いを重ねる。

ヒーローだなんていいながらも、彼の人格は認められていないのです。

ヒーローとして帰還した自分にべったりの恋人と即結婚したレイニーは、職を探す中で現実を知る。

キャンペーン中に山のように手に入れた名刺を頼りにしていたのに、どこもまともに彼を採用候補と考える会社はなく、結局一生清掃人として過ごす。


自国が戦場とならないままだったアメリカは、地獄を見てきた兵士達が国に帰ったときの違和感もひとしおだったでしょう。

戦争に勝つために軍資金を集めること。

その必要性は十分理解できるし、それが自分の役割だと割り切って、ヒーローを演じなければならなかった三人。

ときには帰還してきた彼らには行き過ぎとしか思えないようなバフォーマンスまで求められ・・・。



自国を守るために戦うことは、必要かもしれないし、

戦争に兵士を送ることは、国としては当然かもしれない。

でも、そこでむざむざと死んでしまった兵士だけでなく、無事に帰還した兵士までも都合のよいときに便利なだけ利用し踏みにじる「国」とは、一体なんなのでしょうか??

国民である個人に、こんな悲惨な思いをさせて、地や涙を流させて、それでも戦わなくてはならない正義って、なんなのでしょう




Flag of our fathers


彼らは国のために戦ったのではなく、仲間のために戦ったのだ


そうだと思うけれど、それでもつら過ぎます。


まだ大人になりきっていないほど若い彼らを送り出した母親達。

子供を「国のためだから」といって死なせたい親なんか、本当にはいるはずがないと思います。

どんなに尊いもののためにであれ、子供には死んで欲しくない。

それでも・・・

死んでしまったのなら、尊いもののためにであったと思いたいし、自分の子供は英雄であったとも思いたい。


6人の兵士が旗を揚げる写真は、全く顔が判別できないおかげで普遍化され、一層シンボルとしての機能を果たすこととなったとは、皮肉なことです。

さらに皮肉なのは、この映画上映の前に、シンガポール軍の宣伝広告が入ったこと。

一体、どういう考えなんだ???


シンガポールでは、ちょうど公開が日本と比べて一ヶ月遅れくらいらしく、日本側からの視点で描かれているという第二部「硫黄島からの手紙」は、多分年明けてからの公開。

こちらも絶対に見るつもりではいるけれど、体力気力共によーく整えてから臨まないと・・・!!

見るだけとはいえ、すごくエネルギーがいります。