映画* ナイロビの蜂 /The Constant Gardener | 有閑マダムは何を観ているのか? in California

有閑マダムは何を観ているのか? in California

映画に本に音楽。

山に海に庭。

インドア・アウトドア共に楽しみたい私の発見記録です。 


テーマ:

レイチェル・ワイズは、本作でアカデミー助演女優賞を見事に獲得!

もともとはニコール・キッドマンがこの役をやりたいと意欲を見せていたそうですが、監督のイメージとあわずに却下されたとか。 

年齢が問題になったそうですが、ニコールでは、あまりにも容貌が整いすぎているかとも思います。

ナオミ・ワッツも候補にあがっていたけれども、キングコングと撮影が重なっていて無理だったらしい。

やっぱりこの役は、レイチェルでピッタリはまっていました。


Tessa



<サスペンスものとしてこの映画を観ると・・・>


赴任先のアフリカの地で、愛する妻を突然亡くす。

これだけでも大きなショックだというのに、遺体確認に行って目にするのは、無残な惨殺死体。

更に、妻の死は、情事のもつれからひきおこされたものだという気配が漂う。


そんな酷い目にあっているのが、イギリス外交官のジャスティン。

庭仕事を愛する(=constant gardener )、物静かで争いごとを好まない、穏やかな男。

ラルフ・ファインズが繊細そうな憂い顔に清潔そのものの白いドレスシャツで、穏やかな大使を演じているのですが、妻の死の真相を探ろうと決意し、後半は汗まみれの汚れたTシャツでアフリカの大地を駆けずります。


妻のテッサ(レイチェル・ワイズ)は、ジャスティンとは対照的に、人とぶつかることも恐れぬ猪突猛進型の正義感の持ち主。


ジョン・ル・カレの原作 = スパイもの というイメージがあるので、映画を観るまでは、

「夫は外交官という表の顔を持ちつつ、裏ではスパイとしての任務を背負っていて、妻は巻き添えを食らって殺されたのか?」

なんていう漠然と勝手な想像をしていました。

が、全然違いました。


妻の死の背景を探る夫が、何かを掴めば掴むほどに思いがけない事実が浮かび上がり、正体のわからない何者かに彼もまた追い詰められていく緊張感をずっと持続させる展開で、サスペンスとしての楽しみは十分。


Constant Gardener



<恋愛映画としてみると・・・・>


上記の通り、妻は映画が始まってまもなく死んでしまうのです。

そこからは、

・ 夫が死の真相を探る現在

・ ふたりの出会いから今までの幸せな日々の回想

これらが、交互に行き来する構成で、2人の間の愛情が十分に伝わってきます。

だからこそ、夫が現在抱えている悲しみや、やりきれなさも感じられます。


自分を裏切っていたのかもしれないという疑惑を持ちながらスタートした「謎解き」だったけれど、夫はその謎解きによって初めて、生前に彼女の考えていたこと、彼女の自分に対する愛情をやっと正しく理解することができるのです。

映画の初めに比べて終りでは、2人の間の絆がグッと深まっているという、愛の物語です。


回想部分に、ナイロビの街中を歩く親子連れを救いたいと車を泊めた妻が、

「この目の前にいる三人が、とりあえず今私たちが救える相手なのよ。」

というのに対して

「そんなことをしていたら、きりがない。」

と思っている夫。

 

それが死の真相を探っているうちに、身の危険に晒されたマサイ族の子供を国連が見捨てていこうとするのに対し、

「この子だけ助けたって、きりがないんだから。」

「でも、この子こそが、今僕達が救って上げられる目の前の一人なんだ!」

と思わず言い返している自分の姿に、やっと正確に妻の気持ちが理解できてハッとしている夫の姿が心に残っています。


<社会派映画として・・・>


サスペンス、恋愛、といったエンターテインメント色で飾られているので、「ホテル・ルワンダ」のように直球で私たちの住む世界が抱えている問題を投げかけてくるわけではありません。

でも、「謎解き」の末に見えてくるのは、外国資本の巨大製薬会社の治験絡みのスキャンダル。

人ひとりの命は、どこの国に暮らす人でも同じはずだとは建前にすぎず、現実にはある種の人々の命がどんなに軽んじられていることか - 映画はたとえフィクションだったとしても、いかにも現実にあり得ることだと受け取られます。

また、それを仮にスキャンダルを見抜く人があったとしても、大きな力を相手に正義を通そうとすることが、いかに難しいか。


このような、人を人とも思わないような汚いやり口、とりあえず今巨額が手に入るならあとはどうでもいいという姿勢は、様々な業界で、様々なところで見られるものなのかもしれません。

でも、同じ業界や会社に携わっていても、本当に何が起こっているのかを知っているのは、一部の人間だけで、大半の人たちはまさかそんな悪事に自分の仕事が関わっているとは、夢にも思っていないのではないでしょうか?


「ナイロビの蜂」で悪者役になっている医薬業界。

そこに従事する人たちの中には、ただなりゆきでその仕事についたわけでなく、

「人を助ける仕事がしたいから。」

という非常に人道的な動機を持って自分の職種を選んだ人も多々いることを実際に知っています。

世の中には、完全な善というものはなく、良かれと思っていることでもある局面ではマイナスに作用することもあるとは思います。

しかし、企業のトップに立つものや国の命運を左右する立場の者が、承知の上で人の命を危険に晒すのみでなく、「助けるために仕事をしている」と思っている人たちの技術や能力、労力をこんな風に利用し、踏みにじることは、とてもやるせないことだと感じました。


都会とは言っても、はちきれそうなパワーと泥臭い混沌を含むナイロビ。

フェルナンド・メイレレス監督は、さすがに「シティ・オブ・ゴッド」でブラジルのギャング社会を強烈なインパクトで描いた力量があるだけに、今回もナイロビ、アフリカという土地の姿を、前回にはなかったテーマを含みつつ、きちんと撮っていると思いました。



有閑マダムさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス