それから筋トレで無理をしないこと。体が重い。
でもこれを除いても全然ダメだった。
その中でもシュートが酷かった。
インステップで打つべきところを精度の低いトーキックで打ってる。
それからダイレクトでパスを出す時はもっと足首を固めないと。
基礎的な技術の問題。
あとは1対1。
何か一つでも形を抜ける作らないと…
次回の練習はインステップシュートの精度向上と1対1に取り組む。
低学年では、「できること」をテーマとし、それをどんどんやらせることによってモチベーション(やる気)を高め、サッカーに主体的に取り組む意欲を引き出します。
高学年でも、さらに「できること」をどんどんやらせます。と同時に、「できないこと」を自覚させることが大切になってきます。「できないことができるようになる」ことの楽しさを知らないと、意欲が低下してしまうからです。「できない」ことは悪いことではありません。ただ、それを「やろうとしない」のは、よくないということを、教える必要があります。
「長所を伸ばす」には、それをコーチが認めていることを、少年に伝えなければなりません。すなわち、ほめてあげることです。
人間は、ほめられたことは忘れません。とくに少年期ではそうです。だからもういちどやろうとします。
ほめられると自信につながり、それが内発的な動機づけを生みます。そして積極性、自主性、向上心につながっていくのです。つまり、長所をしっかりほめてあげることが、短所を克服しようという気持ちを引き出すのです。
http://www.ne.jp/asahi/date/osaka/tokiwa/think/think01-01.htm より
1+1=2と「教える」のではなく、どうして1+1が2になるのか、ほかに答えはないのかなど、少年自身の「試行錯誤をうながす」のです。
「考える力」は、小学生年代の6年間で大きく発達します。この時期に自分で考え、予測し、判断し、決断するというプロセスの習慣を養うことが大事なのです。そのうちのどれが抜けてもいけません。
コーチからの「指導」は、アドバイス以上のものであってはなりません。「命令」になってしまうと、上記のプロセスがこわれ、主体的な判断のできないプレーヤーになってしまうのです。
そもそも、サッカーの最大の魅力、本質は、プレーを判断し、決断し、実行するのは選手自身だということです。
その喜び、サッカーの本来的な「楽しさ」を奪ってはなりません。
小学生年代では、失敗が許される年代です。しかしわざとミスをする少年がいるでしょうか。もしいるとすれば、それはコーチの閲題であって、少年自身の問題ではありません。
主体的な判断をしたうえでの失敗なら、少年はそれから学ぶものがあるはずです。その学習が、適切な判断を自分で下せるようになる貴重な経験となるのです。
サッカーというゲームでは、ミスが少ないほうが勝ちます。だからコーチが勝負にこだわると、ミスをさせない、許さないという方向にいってしまいます。そうした指尊からは、主体的な判断のできるプレーヤーは育ちません。
サッカーの本来の喜びを表現できるプレーヤーを育てるには、「ゆとり」をもった指導姿勢が大切なのです。
ボールが自分のところにないときには、ルックアップし、状況をつかんでおくことが大きな仕事です。そして次のプレーの意図をはっきりもつことです。
オープンスペースを見つけること。それを生かすこと。オープンスペースをつくり出す動きなどができなければなりません。
次のプレーは突破なのか、サポートして展開なのか、それとも、味方のためにスペースをつくることなのか。それを的確にできる選手がスキルフルプレーヤーなのです。
7.サッカーを楽しみ、自分で考えられるプレーヤーに育てるために ~どのように伝えるか~
①動機づけ
サッカーの練習では、少年たちに「楽しさ」を実感させることが何よりも優先されなければなりません。それがすべての出発点となるからです。
●達成感を与える
何かができるようになったことを実感させます。それによって、自分自身で積極的にサッカーに取り組む姿勢(内発的動機づけ)ができるからです。
それには、そのときどきの目標設定を適切にすること、それをはっきりと少年たちに示すことが重要となります。
●認めてあげる
何かできるようになったら、それをはっきりと認めてあげなければなりません。それによってチーム内での自分の位置づけができ、周囲からの期待を感じることができるからです。
言葉に出してほめるてあげることが、自分の力量を評価できることにつながります。外からの動機づけが、内発的な動機づけを誘発できれば、少年の意欲は飛曜的に向上します.
●環境を整備する
グラウンドの状態、ゴールネットがきちんと張られていること、ラインがしっかりと引いてあること、コーチだけでなく少年たちの服装も整っていることなど、サッカーをする「環境」の力を軽視してはなりません。
環塊を整備することによって、ボールをけりたい、体を動かしたいという気分を引き出すことができるのです。
●意欲の向上
以上の3点が、サッカーという「遊び」に取り組む意欲を向上させるうえでとても重要なことです。
最初はサッカーを「やらされる」という意識でクラブにはいってきた少年が、自ら進んで「やりたい」という姿勢に変わってくるのが実感できれば成功です。
●意欲を低下させる要因
「楽しさ」が感じられなくなれば、サッカーは「遊び」ではなくなり、意欲は著しく低下します。いくつかの要因が考えられます。
1、やらせすぎ:時間的なことだけではなく、自由な発想が、どれだけ許されるかに関係します。
2、目標の不明確・不適切:達成感と満足感がアンバランスになります。
3、コーチに対する不信感:コーチの考えが不安定だと、関心が薄れてしまいます。
少年は、かならずしも親やコーチと同じ動機でサッカーをしでいるわけではありません。大人の価値観や文化を押しつけるのは、「楽しさ」を奪う大きな要因となりうることを忘れてはなりません。
●「見えていない」プレー
では、実際のゲームで「見えていない」と、どういうブレーになるのでしょラか。攻撃と守備の両面で考えてみましょう。
攻撃面では、以下の5点があげられます。
1、自分より良いポジションにいる味方がボールを受ける状態にあるのにパスができない。
2、相手が「狙っている」方向に、パスやボールコントロールをしてしまう。
3、前を向くことのできる(振り向くことのできる)スペースがあるのに後ろにプレーしてしまう。
4、有効にオープンスペースにはいっていくことがでさない。
5、味方と同じスペースを狙って走ってしまう。
守備面での問題点は以下のとおりです。
1、ボールと相手の両方を常に視野に入れるという「守備の原則」を守ることができず、ポシションの修正ができない。とくに小学生では、ボールぱかりを見すぎて、背後やサイドへのランニングに応対できない。
2、危換なオープンスペースに気づくことができず、そこを相手に利用されてしまう。
●ルックアップ(顔を上げる)
たとえばゲームのなかで、いくら「見なさい」、「考えなさい」と言っても、見ることのできるプレーヤー、すなわち判断のできるプレーヤーと、見ることのできないプレーヤー、すなわち判断することのできないプレーヤーは歴然としています。見ることのできないプレ-ヤーは、いつまでたっても見ることができず、いい判断が下せません。
その違いは、「姿勢」にあるのです。プレーのなかで、「ルックアップする(顔を上げる)」ことができれば、見ることは簡単です。見ることができれば、判断も伴ってきます。しかし姿勢が悪く、顔が上がらないと、周囲を見るのは不可能です。
「判断の悪い選手」、あるいは「見えていない選手」の大半は、自分のところにボールがはいると、顔が上がらなくなってしまうところに原因があるのです。
たとえば、ボールを止めてパスをする。簡単なプレーです.ボールを止めるときには、原則としては誰でもボールを見ます。グラウンダーのボールであれば下を向き、最終的には自分の足元を見るような形になります。マラドーナでもペレでも同じです。しかし「見えていない選手」は、この後顔を上げることができないのです。すっと顔が上がればパスの相手の位置を再確認できますが、顔が十分に上がらず、しっかりと見ることができないと、味方の受け手がどんなパスをどこにほしいのか、知ることができないのです。 「顔を上げる」とは、アゴを上げることです。そのためには、できるだけ上体を立て、姿勢をよくすることが必要になります。前傾姿勢のまま「上目づかい」で見ようとするプレーヤーがいますが、それでは十分に見ることができません。
さらに、「顔を上げる」ことによって、味方に「わかってるよ」と示すことにもなります。
サッカーがスピーディーになっていくと、この「目を合わせる」ことが非常に重要になってきます。「アイコンタクト 」と言いますが、目と目で見つめ合って指示するわけではありません。サッカーでは、目が合えば、 かなりの情報を伝え合うことができるのです。
少年期のサッカー指導では、ボールをコントロールしたら自動的に「顔を上げる」習慣を自然につけさせることが、何よりも大事なのです。
●見ること
「見る」ことは、あらゆるスポーツに共通する大切な要素といえるでしょう。社会生活のなかでも、次の行動を予測し、実行するための判断基準になります。
ただ、「コーチに『周囲を見なさい』とよく言われますが、何を見ていいかわかりません」という声をよく耳にします。
「見るべきもの」が視界にはいっていても、それを見ようという意図がなければその情報は脳にまでは伝わりません。サッカーにおいて「見る」とは、どういうことなのでしょうか。
第1に、何を見るか。
ボール、味方、相手、自分の位置、ゴール そしてオープンスペースを見ます。
第2に、いつ見るか。
まずボールがないとき。ここでは、「情報収集」を行います。次の展開を予湘し、「こんなことをしてやろう」と創造力を発揮させます。
次にボールを受ける直前。ここでは「情報の確認」が行われます。前の段階でつかんでいた情報を確認し、状況を判断して自分のプレーを決断しなければなりません。
そしてボールをプレーしながら。ここでは「変化への対応」が求められます。予定どおりにプレーが運ばないと判断したら、次のプレーヘとやり直しをしなければならないからです。
小学生年代では、首を振って「見る」ことを意識づけ、習慣づけることが目標となります。
当然、そのためには、「周囲を見ること」、そして「プレーする前に考えること」が必要な要素となります。
見で収集した「情報」を「予測→判断→創造→突抜」とつなげていくことで、初めて「状況判断に基づいたスキル」が発揮されるのです。
●判断すること
現代のサッカーは「スピードが決定的要素」といわれますが、そのスピードとは、単に走る速さだけでは不十分です。「判断の早さ」が、「スピーディーなプレーができる選手」には不可欠なのです。
「情報収集→予測→判断→創造→実践」とつながる回路を、スムーズにするためには、判断すること、決断することの習慣をつけなければなりません。日常生活から自分で主体的に物事を判断し決めるスタンスをもたせること、そして、サッカーの練習では、この回路をスムーズにするような練習プログラムを用意しなければならないのです。
また、主体的に判断できるプレーヤーを育てるには、練習の場をエンジョイできるものにすることも大切です。自由な発想を認め、「正解、不正解」で割り切るのではなく、主体的な判断とプレーを奨励しなければなりません。
答えを先に与えて反復練習させることはもちろん、「考えること」自体を押しつけることも有害です。
精神的にプレッシャーをかけることなく「考えなければうまくいかない」状況に追い込む練習メニューが必要です。
「うまくやりたいから考える」という状況を設定することができれば少年たちはそのなかで楽しんで自由な発想を展開してくれるはずです。
こうした練習には、「ゲーム形式」が非常に有効です。ルールはできるだけ簡単にして、「何を考えたらいいか」をあくまで少年たちに委ねるようにします。あとコーチに必要なのは、「観察すること」と「忍耐すること」のふたつです。
①スキルとしての正確な技術の習得
正確な技術とは、「思ったところにボールをコントロールする能力」です。「コントロール」とは、トラップなどで止め、自分の支配下に置くことだけでなく、思ったところにボールを運ぶ、キックやヘディングで送り込むことも含まれます。
まずボールを止めること。目標はどんなボールでもワンタッチで思うところにボールをコントロールすることです。
そこには、相手との駆け引きも含まれてきます。
ボールを「運ぶ」技術は、ドリブルをさしますが、ただ足でボールをコントロールしながら進むのではなく、突破のドリブルなのか、キープのためのものか、あるいはプレーを展開するためのものか、目的に応じたドリブルができることが求められます。そのための体の使い方、ステップのとり方などが重要になります。
最後にキック。状況や目的に応じて、いろいろな種類のキックができるようになることを目指します。
低学年では、ひとりでできることを多くすることが目標です。これは純粋なテクニックの問題です。
さらに、止めたボールを相手に取られないこと、できれば相手を抜いていくことを目標とします。
高学年では、味方の2人以上の関係を知り、その関係のうえに立ってテクニックを使うことを覚えます。これが「判断と意図を伴ったテクニック」、すなわち「スキル」です。
また、パスとドリブルの使い分けも、高学年ごろから少しずつできていくはずです。
逆に、紳経系を刺激する運動をこなすことが、小学生年代の少年にとっては非常に大切です。
神経系に関係するのは、バランス、反応時間など、体の動きの巧みさを要求する運動と、ボール感覚の養成があげられます。とくに、球体のボールの動きの感覚をつかむには、この時期にボールを使った遊びをたくさんすることが大事なのです。
神経型が完成される6歳~12歳の間にボールの動きに対する感覚を完成させる
たとえば、地面に落としたボールがどのようにはね返るか、ボールの右をけったらどのように動くか、下のほうをけったらどうなるか。大きくけられたボールはどこに落ちてくるか。斜め前方からけられたボールにミートするには、どんなスピードで走らなければならないのか。
こうした感覚は、小学校に上がる時期にはほとんどついていなくても、ボールを使った遊びをたくさんすることによって刺激が与えられ、どんどん伸びていくものなのです。
ボールを扱う巧みさにおいては、小学校の中学年で、すでに大人なみの能力をつけていても不思議はないのです。
物事を考え、推理し、決定する場所である脳の「前頭葉」も、5歳から10歳にかけて盛んに発達します。ですから、この時期に、何かを見て、判断することを習慣づけるのは大切なことです。
小学生年代の少年に「遊び」が必要なのは、ここにも理由があります。先生、コーチ、あるいは親がいちいち指示をしていたのでは、考え、判断する力は十分に発達しません。少年に判断力を発揮させるには、けっして急がせないことが大事です。また、コーチは「正解はひとつではない」ことも忘れてはなりません。
まさに成長の真っ最中にある少年の体に何が超こっているか、どういう能力がいつ成長するかを知ることによって、いろいろな刺激を「いつ」与えるかが決まってきます。もちろん、成長時期には個人差があり、簡単ではありませんが、そのタイミングを間違えないことが、少年サッカーの指尊にとって非常に重要であることがわかるでしょう。
1、体を動かすこと
「行動欲求」を満足させる。
2、できるようになること
「達成感」をもたらす。
3、仲間やコーチに認めてもらうこと
「認知」される喜び。
4、勝つこと(ライバル、試合)
「勝利」の満足感。
5、仲間やコーチと協力すること
「一体感」の幸び。
6、自分自身に勝つこと
「努力」が実る喜び。
以上の6つは、同じレベルにあるものではありません。年齢(学年)によって大きく違いますし、当然個人差もあります。低学年では、4以降、とくに5、6の喜びを感じられる割合 は小さくなります。
それを的確に把握し、体感させることが大切です。それによって、「内的動機づけ」を促進するのです。