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何気に日付を見たら弟の誕生日だった。母が亡くなった時に会った以来なので、もう10年以上連絡を取っていない。普段思い出す事はないのに誕生日は忘れずに憶えていた。

私が、一番はっきりと覚えている記憶は弟が生まれた時の事。車の中で母に抱かれた弟の隣に座って病院から家へ帰った。天気の良い日で、眩しそうにしていた弟の顔に私は手をかざして陽が当たらない様にしていたのだ。

弟は、生まれつきの心疾患で心臓に穴が開いていて、2歳の時に手術をした。小さな体の中心にできた生々しい傷痕は今でもはっきりと私の目に焼き付いている。

術後の経過は順調で、体が弱いとは思えないくらいのワンパク坊主だったが、初めて授かった跡取りの男の子の為か、母にとても甘やかされて育てられた。
一番思い出すのが、小学校での初めてのマラソン大会の時、心配だからという事で母は弟と一緒に走っていたのである。

弟とは、小学校の時に学校へ一緒に通って以来、学校へは一緒に行く事はなかった。一人だけ異常に甘やかされていた弟に私は嫉妬していたのだろうう、私が中学に入った頃から一緒に遊んだ記憶が全くない。

中学生、高校生、大学生の時の弟の事を私はあまり憶えていない。。。。。

私が、シンガポールに住んでいた時に弟は最初の結婚をしてすぐ離婚した。そして、またすぐ再婚をして子供が2人出来たのだが、数年後にまた離婚。同居していた父親に家を追い出され、その後音信不通になった。
しかし、父のところに借金取りから追われているという連絡があり、再度転がり込んできて、父が借金を全て肩代わりした後、また姿をくらましたのである。

その後の弟の詳しい状況は、誰も私に知らせてこなくなったので良くは知らないのだが、母が亡くなった時に私は久しぶりに弟に会った。
元気そうにしていたのだが、お葬式の後、香典の一部を持ってまた消えてしまったのである。
幸い、弟以外は家族で金銭的に困っているものがいないので、みんな「どうしようもないやっちゃ。」で終ってしまった。

私のすぐ下の妹だけは、今でも弟と連絡を取っていて、父が癌になった事を知らせたら何年かぶりに実家に訪ねてきたそうだ。そして、今は前よりまともになったと妹が教えてくれた。
今更、きょうだいらしくと言うのでもないので、元気でまともに暮らしていてくれれば良いと思うと同時にどんなおっさんになったのだろうかと想像してみたが、子供の頃の顔しか思い出せなかったのであった。

 

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