美容クリニックにカウンセリングにきた40歳の男性、高橋ツト虫さん(仮名)。
服装や髪型などには、全くと言っていいほど無頓着。
ヨレヨレのチノパンに、赤と黒のチェックのシャツを着ている。
どちらもユニクロで購入したものだ。
髪も3ヶ月に1回、伸びてきたら1000円カットの店で、おまかせで切っているだけ。
「3センチくらい切ってください」
と注文している感じで、こだわりはなし。
寝癖のついた髪が、ぴょこんと右の頭頂部にアンテナのように立っている。
この美容クリニックに全く縁のなさそうな高橋さんが、なぜ美容クリニックに来たのだろうか?
その原因は1ヶ月前、高橋さんの誕生日に遡る。
高橋さんは独身だ。
30代前半の頃は、まだ地元の友達に居酒屋で祝ってもらって過ごしていた。
しかし、ここ数年は仲のいい友人たちはみんな結婚してしまっており、飲みに誘っても断られてしまうことが続いた。
何か事件がない限り彼らから連絡はこないし、こちらから連絡するのも気が引けてしまう。
もちろん誕生日を祝ってくれる友達もおらず、一人で過ごすのもなかなか寂しいので仕方なく滅多に帰らない実家に戻ったのだった。
実家に戻ると毎回母に、
「ツト虫はいつ結婚するのかね。知り合いの娘さんと見合いしてみないかい?」
と、結婚の話ばかりをするので、嫌な気分になって反発してしまうのが辛いので、足が遠のいてしまい、しばらく帰っていなかったのだ。
実家に帰り、久しぶりに母に会うと、腰は曲がってきて、頭にも白い髪が多く混じるのに気づく。
まだまだ自分は働き盛りで、会社でも順調に出世している。
人生はまだまだ上り調子と感じていた高橋さんは、
自分が、目の前の母のように必ず、年老いていくのだと言う事実にようやく気付かされたのだった。
毎回愚痴のように言われていた結婚のことについても今回の帰省では全く聞かれずに逆に調子が狂ってしまった。
東京に戻る日には、「また正月には来いよ」と言われたぐらいで、もう自分は諦められてしまったのではないかと思ってしまう。
そして、東京に戻るとまた忙しく働く日々。
休日も趣味に、仕事に、ジムトレーニングに充実させようと頑張っていた。
平日に忙しく働いていると、時間が間違いなく進んでいて、自分もいつか年老いて死んでしまうと言う考えは頭の中から消え失せているものだ。
しかし、仕事のない土日。一人で暮らす中年男性には注意が必要だ。
何気なしに外に出ると、ショッピングモールや公園で嫌でも家族連れが目につくようになる。
カップルではなく、子供づれが厄介なのだ。
彼らには間違いなく子供と言う未来がある。
両親にとって、自分が衰える中でも、育っていく希望がある、それは生きがいなのだ。
ツト虫は、毎朝顔を見るたびに日々しわが刻まれていき、少しでも気を抜いて暴飲暴食すると下腹部が膨らみ出すことに少しずつ不安を持っていた。
「自分には希望がない」
夕方になると不安に胸が押しつぶされそうになる。
昼間見た子連れの風景が浮かんでくる。
周りが結婚し、子供ができ、生活が次の段階へ変わっていくのに、自分はワンルームで歳をとっていくだけの現状。
この変化のない生活が数年、数十年繰り返されていく時、未来の自分はその状況に耐えられるのであろうか。
いや、発狂してしまうに違いない。
「変わりたい。ライフステージを進ませたい。結婚しよう」
そう決意したツト虫は、ネットでみた美容クリニックに電話をかけるのだった。
その2へ続く