どこにも、定着できなかった -4ページ目

どこにも、定着できなかった

学校。職場。人間関係。SNS。どこへ行っても少し浮いてしまう。輪の中にいるのに孤独だった。そんな「定着できなかった感覚」を静かに観測しています。

こんにちは。

観測者Kです。

その場にはいる。

会話もしている。

笑うこともある。

でも、

どこか外側にいる。

そんな感覚はないでしょうか。

私は昔から、

この感覚をうまく説明できませんでした。

学校でもそうでした。

教室にいる。

友達もいる。

休み時間には話もする。

でも、

なぜか完全には入れない。

輪の中にいるはずなのに、

少しだけ距離がある。

そんな感覚がありました。

社会人になってからも同じでした。

職場にいる。

チームにもいる。

飲み会にも参加する。

問題なく過ごしている。

でも、

ふと気づく。

私は本当にここにいるのだろうか。

そんな不思議な感覚です。

以前は、

自分が人付き合いを苦手だからだと思っていました。

もっと積極的になればいい。

もっと話せばいい。

もっと馴染めばいい。

そう考えていました。

でも、

それを繰り返しても何かが違った。

表面的には入れる。

でも、

奥の方で接続できていない。

そんな感覚が残る。

私は長い間、

それを欠陥だと思っていました。

しかし、

ある時から少し考え方が変わりました。

もしかすると、

私は輪の中へ入れなかったのではない。

いつも輪の全体を見ていたのかもしれない。

誰が話しているか。

誰が黙っているか。

空気がどう流れているか。

誰が無理をしているか。

そんなことばかり見ていた。

だから自然と、

参加者というより観察者になっていた。

そんな気がしています。

考えてみると、

輪の中心にいる人は、

あまり全体を見ていません。

会話を楽しんでいる。

その場に没入している。

でも私は違った。

いつも少し引いた場所から見ていた。

だから疲れた。

だから孤独だった。

でも同時に、

その位置だから見える景色もありました。

人が合わせている瞬間。

無理をしている瞬間。

場の空気が変わる瞬間。

皆が見落とす違和感。

そういうものは、

輪の外側だから見えることがあります。

最近は思います。

もしかすると、

ずっと輪の中へ入ろうとしていたこと自体が、

少し違ったのかもしれない。

私は私の場所から見ていた。

ただそれだけだったのかもしれない。

もちろん、

孤独が消えたわけではありません。

今でも時々思います。

自分はどこにも属していないのではないかと。

でも以前ほど苦しくありません。

なぜなら、

外側にいることにも意味があると分かってきたからです。

もしあなたも、

輪の中にいるのに孤独なら。

皆と一緒にいるのに少し外側なら。

それは失敗ではないのかもしれません。

ただ、

あなたが観察者の位置にいるだけなのかもしれません。

そしてその場所だから見える景色も、

きっとあるのだと思います。


静かな生存インフラ通信

どこにも定着できなかった。

輪の中にいるのに孤独だった。

そんな感覚を抱えながら生きてきた人へ。

静かな生存インフラ通信では、

帰属不能な人が壊れずに存在する方法を、地下通信として記録しています。

無理に変わらなくていい。

無理に馴染まなくていい。

それでも生きていくための観測記録です。

▶︎ 静かな生存インフラ通信