心が疲れるとき。 | シリアルアントレプレナー 「3度目の起業」と「初めての子育て」
2006-06-04 23:11:31

心が疲れるとき。

テーマ:人生には勇気と自信が必要だ。
今週末は、実家から「母親」と弟が上京してきていた。

また、それに合わせて東京に住んでいる末弟夫妻と彼らの子供が遊びにきていて、賑やかな週末だった。

その合間を縫って「原稿」も書き終えて、何よりだった。

ときどき、心が疲れる時がある。

言いようもない不安やプレッシャーに潰されそうになる時がある。

そういう時、今の母親の姿は、僕の心を「やわらかく」してくれる。

実は、今の母親は正確には「養母」である。

ある時、父がまだ生きている時、僕が履歴書だったか何かの家族欄に「母」と書いたら、「『養母』と書くのが正しい」と言ったことがある。

今の母は、産みの母が亡くなった2年後に、父と再婚をして、僕らの「養母」になった人である。

僕が、17才の時だったと思う。

3人兄弟の一番下の弟は、まだ10才だったこともあり、最初は父の再婚に反対をしていた。

しかし、当時の担任の先生や周囲の大人達に相談をし、何故、父が再婚をするのか?その理由を説明されたらしく、すぐに「賛成(了承)」をした。実弟ながら涙ぐましく思った。

その末弟であるが、今となっては、産みの母親の記憶は曖昧になり、今の母親が「実の母親」になっている。今の母親と「共有してきた時間」が、そうさせたのだろう。

実は、今の母親も「養母」に育てられた人だ。そして、最初に結婚した夫も、その人との間に生まれた子供も、不幸にして亡くしてしまっている。尚かつ、2番目の夫(僕らの父)も亡くしてしまった。

そんな苦労をしてきている人なので、僕らの気持ちがわかるのだろう。

僕も次男も、彼女に対しては、言葉にできないものを感じている。

ある時、そんな話しを僕の女友達にしたことがある。すると彼女は、「それは平石さんのお父様が素晴らしい人だったからでしょう」と言っていた。たしかに、そのとおりだと思う。

その「母親」が、いつだったか、僕にこう言ったことがある。

「どんなに辛いことがあっても、自然に咲く花を美しいと思える心があれば、人間は生きていける」。

とても深く、きれいな言葉だと思った。

その「母」は、僕たち3人兄弟の子供達(孫達)を、心から可愛がってくれる。

そんな母親に、僕らは「勇気と自信」をもらってきた。

心が疲れた時、彼女のことを思い出すのは、きっと「必然」なのだろう。

月曜日から湿った話しで恐縮だが、何かの参考になれば幸せである。

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