あー、約1週間ぶりの更新ですね。
実はオヤジが急死しまして、まぁ色々と。
で、ようやく落ち着いたので、今日辺りから徐々にリハビリがてら書いていこうかな、と。
えーっと、どこまでやったんだっけ?(笑)

んと、前回は日清戦争後の対韓政策の方向性を確認する、井上の電文までやったんでしたね。
というわけで、今日はまず3月24日のエントリーで紹介した、『機密第26号』の返事の督促から。
1895年(明治28年)4月20日発電より。

機密第26号鉄道電信條約に関する件に付、電信にて至急訓令あらん事を望む。
右は、此際早く取極め度処、機密26号信にて申進めたる如き余地を与へられざれば、談判上甚だ困難ならんと推量せり。
これに対する陸奥からの返信が、1895年(明治28年)4月22日発電になります。

機密第26号鉄道電信條約の件は、御申越の趣旨に基づき関係官庁と協議中なり。
ということで、協議に関する話がアジア歴史資料センターの『明治28年5月 「27 8年戦役日記」/外務省より 朝鮮国内電信に関する件(レファレンスコード:C06021937700)』に若干ではありますが見られますので、それを見てみましょう。
外務大臣陸奥宗光から陸軍大臣臨時代理西郷従道への、1895年(明治28年)5月4日付『親展第18号』より。

朝鮮国と電信条約締結の件に付、曩に井上公使へ及訓示置候次第有之候処、朝鮮内の電信を我政府にて管理するは頗る便利に、且つ確実に相違なしと雖ども、此際同国政府所有の旧線までを挙げて之を我政府に買取らんとすることは、同政府の必然之れに異論を生ずべきを以て買取ることを止め、相当の規約を設け、之を当分我政府に於て管理することに致度旨、同公使より申出候に付、逓信大臣と協議を遂げ候末、井上公使の意見に基づき朝鮮政府へ談判可■致事に相決し候処、朝鮮線の内仁川・京城間及魚隠洞耳湖浦の線■は旧線に関せず、全く我が軍隊の新設せしものに有之。
又、大同江以北各江の水底線及び、目下着手中なる京城・義州間の複線は、是亦我軍隊に於て新たに沈布し又は架渉したるものに有之候由。
就ては、是等の軍用線も日清事件終局の後朝鮮国の形勢平穏に帰し、暴民の掛念なきに至らば、均しく之を同政府の管理に帰せしめ、而して同政府をして其建設費用を辨償せしむるか、又は相当の報酬を得て之を同政府へ贈与するか、其辺は井上公使談判上の都合に相任ぜ候様致度。
尤も、仁川より京城を経て義州に達する線は、我占領地とも至重の関係を有するを以て、之を朝鮮政府の管理に帰せしむる場合に於ては、通信の安全を保つが為め、同政府をして相当の担保を与へしめ候様、井上公使をして談判可■致筈に有之候。
右に付ては、同公使へ電報を以て回訓を要候間、至急何分の御回答■成度、此段及御照会候也。


ほぼ井上の要望に沿った形で、協議がなされていると言って良いでしょう。
で、これに対する回答が1895年(明治28年)5月10日『密発第167号』。

朝鮮国内電信に関する件

御回答案
朝鮮国内各地に架設の電信条約締結上に関し、親展送第18号を以て■に照会之趣委細了承。
右は、来意之通相■可然見込に有之候■、此段及回答候也。
というわけで、陸軍省も異存なし、ということですね。
この辺、或いは4月23日の三国干渉に関連しているのかも知れませんけどね。


リハビリとしてはこんなもんかな?(笑)

今日はこれまで。


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