ブログ書くより、卒業にあたっての挨拶書く方が難しかったり・・・。

ってことで、日韓歴史共同研究事業での姜昌一の論文、『朝鮮侵略と支配の物理的基盤としての朝鮮軍』において、「すなわち、ロシア軍との同数原則によって、 日本軍は以前に比べて半数に減らされ、4個中隊に200人余りの憲兵が駐屯することとなった」と言われている電信守備兵。

3月9日のエントリーの小村=ウェーバー協定の実施についての、「今回協議の結果に依り、我方に於ては実行すべきことは不取敢着手致し、兵営の移転と云ひ守備兵の減員と云ひ既に結了を告げ、電線守備隊の引揚に至っても目下実行中に有之。又、壮士の取締に関しては、事変後京城内に於て凶状の挙動を為したる日本人1人もなきを見ても、其厳重なるを知られ得べく、殊に今回帝国政府が再び渡韓禁止令を施行したるを見て、更に用意の周到なること明白なりと信ず。」という記述のうち、最後のお話になります。
まぁ、興味のある人も少ないでしょうから、今回はのんびりいきたいと思います。(笑)

そもそも、半島における電信線の設置についての大元は、1883年(明治16年)3月3日に締結された海底電線設置の議定書になります。
その経緯については、「きままに歴史資料集」さんのとこの日清戦争前夜の日本と朝鮮(2)に記載されているので、一読していただければ良いかと。

で、とりあえずここでは私の趣味により、該議定書の内容を。(笑)
アジア歴史資料センターから、『公文録・明治十六年・第十六巻・明治十六年十月~十二月・外務省/同国釜山港ヘ海底電信線架設ノ件(レファレンスコード:A01100247700)』。

日本朝鮮両国の政府隣交を聨絡し、商務を便通するが為めに、海底電線を設置することを議定。
其條款左の如し。

第一條
両国政府は、丁抹国大北部電信会社に、日本九州の西海岸より対州を経て朝鮮釜山の海岸に至る迄海底線を設置するを准許し、其陸揚より日本人居留地迄は日本政府より陸線を架設し、電信局を建て通信の事を取扱ひ、該地電線用の器物は総て朝鮮政府より輸入税及び其置場の地税を免除し、他項は此例を引くことを得ず。
電線室の地税は、竣工後25年の間は之を免除し、其以後に至り若し該電線利潤なき時は、更に免税を議定すべきを約す。

第二條
朝鮮政府は該海陸電線竣工後、通信の日より起算し満25年の間は、朝鮮政府にて該海陸線路と対抗して利を争ふの電線を架設せず、並に他国政府及び会社に海底線布設を許さざるを約す。
其対抗利を争ふにあらざる処は、朝鮮政府便に随ひ線路を開くべし。

第三條
朝鮮郵程司官線を架設するの時、海外の電報は釜山の日本電信局と通聨して辨理すべし。
其の細節は、郵程司より其時に至り電信局と議定すべし。

第四條
朝鮮政府は、該電線を保護し損壊なからしむる為、通行刑律を議定し、犯罪を懲辨すべし。
又、一たび日本政府の照会を経ば、該犯罪を責めて律により賠償せしむべし。

第五條
該電信局にて発着する各報は、直ちに人民より受取り及び分送すべし。
其発着する通信の原紙は、若し訟へに渉りて朝鮮官吏より作証の為検閲を要する時は、之を差出すべし。
朝鮮の官報は他の私信に先だち行発及び分送し、其電信料は、釜山地方に在て日本より設置する分は、線路の長短を論ぜず十分の五を取るべし。

右両国の全権大臣各諭旨を奉じ、條款を議定し、名を署し、印を押し、以て憑信を昭にす。

大日本国紀元2543年 明治16年3月3日
辨理公使正五位勳四等 竹添 進一郎

大朝鮮国開国492年正月24日
督辨交渉通商事務 閔 泳穆
督辨交渉通商事務 洪 英植
丁抹国はデンマーク。
デンマークの大北電信会社は、日本における電信において良きにつけ悪しきにつけ非常に重要な存在です。
1870年(明治3年)の海底電信線敷設許可の前後の経緯は、それはそれでかなり面白いようなんですが、ここでは割愛。
また、今回の議定に関しても、恐らくは大北電信会社との契約による縛りがあるんでしょうけど、その辺についても今回は深く突っ込まないでおきます。
最初に言ったとおり、私の趣味のメモ書きみたいなもん。(笑)

さて、この後の朝鮮における電信線に関しては、1885年(明治18年)12月21日の「海底電線設置条約続約」が締結されます。
前述の議定の続約という形になるんだろうなぁ。
で、そっちも私の趣味でテキスト起こし。(笑)
交渉経緯や、当時の条約締結に関する史料は、アジア歴史資料センターではまだ公開されていないようなので、『公文別録・逓信省・明治二十六年~明治三十九年・第一巻・明治二十六年~明治三十九年/日韓海底電線設置条款続約改正案(レファレンスコード:A03023090300)』より引いてみます。

海底電線設置條約続約

今般朝鮮政府電線を架設し、仁川より漢城を歴て義州に至り海外電信を通聨辨理するの事は、日本政府海底電線條約を妨碍する者と視為し、朝鮮政府も亦た其れを以て理無しと為さず。
而して、両国政府均しく交誼の為めに起見し、日本は臨時代理公使高平小五郎を派し、当選は督辨交渉通商事務金允植を派し、会議安辨せしむ。
此れに因て下文の各條を議定す。

第一條
朝鮮政府は、仁川義州間の電線を以て、釜山口の日本電信局を通聨すべし。
但し、朝鮮政府該局附近の地に於て、別に一局を設け該局を経由して海外電信を発収するも亦其便に任ず。

第二條
該電線通聨の工事は、今より6箇月内に於て着手し、其後6箇月内に於て竣成すべし。

第三條
仁川釜山間の電線竣工の後、釜山線路を経由する海外電信の報費は、義州線路を経由する海外電信の報費に比準し価額を同一にすべし。
而して、基額外の費用を徴収す可らず。

第四條
釜山より九州西北岸までの海底線には、既に朝鮮政府の官報を満25年間半価と為すの約あり。
故に、仁川釜山間の電線竣工の後、此線を経過する日本政府の官報も亦、25年間半価と為すべし。

以上、各條の確実なるを証する為め、相互に証名調印する者也。

大日本国明治18年12月21日
臨時代理公使 高平 小五郎

大朝鮮国乙酉11月16日
督辨交渉通商事務 金 允植
釜山の電信局の海外電信独占権が放棄された事と、義州仁川間の電信架設についてが大きな目的かな。

ということで、守備隊の”しゅ”の字も出てこないまま、今日は私の趣味のテキスト起こしだけでお終い。(笑)


今日はこれまで。