今日は、前回までの小村=ウェーバー協定の流れで、まずは朝鮮国へ渡航禁止の件。
協定の第1項中、「又、日本国代表者は茲に、日本壮士の取締に付き厳密なる措置を執るべき保証を与ふ。」に関係する話。

実はこの渡航禁止。
小村=ウェーバー協定に基づくものが最初では無いんですね。
まずは、アジア歴史資料センター『御署名原本・明治二十七年・勅令/御署名原本・明治二十七年・勅令第百三十五号・許可ナクシテ朝鮮国ヘ渡航禁止(レファレンスコード:A03020182500)』から見てみましょう。

朕茲に、緊急の必要ありと認め、枢密顧問の諮詢を経て、帝国憲法第8条に依り文武官其の他官庁の命に依る者の外、日本臣民管轄地方庁の許可なくして朝鮮国に渡航することを禁ずるの件を裁可し、之を公布せしむ。

明治27年8月1日

(中略)

勅令第135号
文武官其の他官庁の命に依る者の外、日本臣民は管轄地方庁の許可なくして朝鮮国に渡航することを禁ず。
犯す者は、1月以上1年以下の重禁錮に処し、20円以上200円以下の罰金を附加す。
本令は発布の日より施行す。
この勅令が何故出されたのか。
実は、小村=ウェーバー協定と同様に、「壮士」の渡航の禁止にあります。
まずは、警視総監の園田安賢から朝鮮特命全権大使の大鳥圭介への、1894年(明治27年)6月14日付『乙秘第541号』から見てみましょう。

近来不逞の徒、韓地の騷擾を奇貨とし、密々渡航を企候もの有之趣相聞候に付、夫々取締に附し置候処、大井派に属する予戒令受命者小川平一郎、川口虎造及佃信夫等、亦其目的を以て今明日中当地出発。
一先づ大坂に会し、準備の上渡韓の筈に有之候條、為御参考此段及内報候也。
まぁ、この時期東学党の蜂起を主として騒擾が起きており、これを奇貨として朝鮮に渡ろうとする者が居るとされており、それは大井派に属する予戒令受命者だ、と。

この大井派とは、恐らく1885年(明治18年)の「大阪事件」で有名な大井憲太郎の一派。
ちなみに大井は、この1894年(明治27年)に衆議院議員となっています。
予戒令は、『御署名原本・明治二十五年・勅令/御署名原本・明治二十五年・勅令第十一号・予戒令(レファレンスコード:A03020122100)』で全条文を見ることが出来ますが、面倒くさいので、第1条から対象者に関する事だけ抜粋しておきます。(笑)

1) 一定の生業を有せず、平常粗暴の言論行為を事とする者
2) 総て他人の開設する集会を妨害し、又は妨害せんとしたる者
3) 公私を問はず、他人の業務行為に干渉して其の自由を妨害し、又は妨害せんとしたる者
4) 第2号又は第3号に掲ぐる妨害を為すの目的を以て、第1号より第3号までに記載すたる者を使用したる者
上記に該当しているというわけですね。
つか、予戒令自体面白そうだなぁ、などと、既に浮気心が・・・。(笑)

で、もう一つアジア歴史資料センターから、『明治27年9月 戦役日記/内務省 予戒令受命者人夫に採用せざる義に関する件(レファレンスコード:C05121529400)』。
まぁ、内容は総て関連するものなんですが、取りあえずその中から警視総監の園田安賢から内務大臣井上馨への、1894年(明治27年)9月15日付『甲秘第212号』。

本年8月勅令第135号発布以来、朝鮮国渡航者取締方之儀に付ては、訓令第568号に基づき、出願者に対し夫々許可致居候処、近来予戒受命者にして陸軍省の所要人夫募集に応じ、目下待命中の者有之候趣。
思ふに、是等輩は予て渡韓の志望を有し居るも、地方庁へ出願許可せられざるを察し、右募集を機とし之に応ずるものにして、渡航先に於て或は人夫を教唆し、不穏の挙動に出て、其他粗暴の言行をなし、帝国の体面を汚し、又は日韓両国人の平和を破る等の事有之哉も測り難く、勅令の精神にも戻り候儀と思考■に付、右御趣旨に依り其筋へ御協議相成候様致度、此段及上申候也。
勿論勅令中にもあるように、管轄地方庁等の許可があれば渡航できるわけで。
で、予戒受命者、つまり「壮士」が陸軍雇の人夫に応募して渡航しようとしているようだ、と。
「壮士」は、渡航先で他の人夫を教唆して不穏の行動に出たり、粗暴な言行をしたりして、日本の面汚しになったり日韓の平和を破るような事になるかもしれず、勅令第135号の精神にももとると思うので、陸軍と協議ヨロ。

んー。
園田くん、正解。(笑)

で、井上はこれを受けて陸軍大臣大山巌に照会し(3~4画像目)、大山は師団参謀長並各師団監督部長に訓示する事を回答(1~2画像目)するんですね。

さて、この明治27年勅令135号。
「帝国憲法第8条に依り」と在ります。

第8条
1 天皇は公共の安全を保持し、又は其の災厄を避くる為緊急の必要に由り、帝国議会閉会の場合に於て法律に代るべき勅令を発す。
2 此の勅令は、次の会期に於て帝国議会に提出すべし。若議会に於て承諾せざるときは政府は、将来に向て其の効力を失ふことを公布すべし。
勅令は次の議会に提出され、議会で審議されるんですね。

『公文類聚・第十八編・明治二十七年・第三十九巻・警察門一・行政警察一/明治二十七年勅令第百三十五号ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フモノトス附明治二十七年勅令第六十七号・海外派遣ノ軍隊、軍艦、軍衙其ノ他軍人軍属ニ関スル郵便物ノ件・ハ衆議院ニ於テ承諾スヘキモノト議決ス(レファレンスコード:A01200791000)』より。(つうか、タイトルで結論書かれちゃってるけど。(笑))
まずは、議案の提出理由について。

明治27年勅令第135号を提出するの理由書

右勅令の要は、疎暴無頼の徒の叨りに朝鮮に渡航するを防止するに在り。
盖し、今回の如き事変に際しては、帝国臣民にして彼国に在留する者は特に其の言動を慎み、苟くも疎暴詭激の挙あるべからず。
然るに、無謀の徒、往々叨りに彼国に渡航を企て、之を放任するときは其の結果は遂に外交上の障害を起し、以て国家の煩累を来たすことなきにあらず。
是れ、最も憂ふべき所とす。
本勅令は、即ち之を予防せんが為、凡そ帝国臣民にして官庁の命に依る者の外は、地方官庁の許可を得るにあらざれば、叨りに朝鮮国に渡航することを禁じたり。
右の理由なるを以て、本勅令は尚ほ将来に効力を有せしむるを必要とす。
依て憲法第8条第2項に拠り、茲に帝国議会に提出し、以て其の承諾を求むるものなり。
はい。
「壮士」の渡航禁止のための勅令、確定。
最初から出さずに、もったいぶって見ました。(笑)

さて、タイトルで見えてる議会の審議結果。(笑)

衆議院は、明治27年勅令第135号は承諾すべからざるものと議決し、謹で之を奏上す。

明治27年10月21日

衆議院議長 楠本正隆
ってことで、「壮士」の渡航禁止のための勅令は、衆議院で否決。

そして、『御署名原本・明治二十七年・勅令/御署名原本・明治二十七年・勅令第百八十四号・明治二十七年勅令第百三十五号効力ヲ失フ(レファレンスコード:A03020187400)』。

朕明治27年勅令第135号に関する件を裁可し、茲に之を公布せしむ。

明治27年10月23日

(中略)

勅令第184号
明治27年勅令第135号は、将来に向て其の効力を失ふものとす。
何度も出てくる「将来に向て」は、勿論遡及しないということ。
最初から無かった事になるわけではありません。

こうして、1894年(明治27年)の「壮士」の朝鮮国へ渡航禁止の企図は、失敗に終わったのでした。


今日はこれまで。



朝鮮国へ渡航禁止の件(一)
朝鮮国へ渡航禁止の件(二)
朝鮮国へ渡航禁止の件(三)