今年は本当にさまざまなタイプのUFOが世界中に登場し、
多くの国民たちの目を楽しませてくれています。

この日記でもたびたび紹介していますが、今回ご紹介するのは、
「神の目型」(と、僕が命名)ですね。

なぜ神の目型と名づけたかといえば、そう、あの2002年にハッブル望遠鏡によって
撮影された、みずがめ座にある「惑星状星雲NGC7293」(画像参照)に
見た感じが似ているからなんですね。
※「惑星状星雲NGC7293」に関する詳細はコチラで。


で、面白いのは、このUFO,産卵するんですね。
そしてなんか発光体を増殖させて、米国・サンタモニカ上空で遊んでいます。

ま、ぜひ、ご覧あれ。

●米国サンタモニカ上空の「神の目型」

http://www.youtube.com/watch?v=ZH9eZ60Jjrw&feature=player_embedded


●おまけ動画 中国の上空には、「エヴァンゲリオンの第5使徒ラミエル型」登場!
http://www.youtube.com/watch?v=C3Iw0SiGgrw&feature=player_embedded#

早く東京上空、いや、僕の家の上空にも、こんなやつらが来てくれないかと、
願うばかりです。

●添付画像はどちらも「惑星状星雲NGC7293」魂のささやき
魂のささやき

海容(かいよう) 寛恕(かんじょ)


最近、マスコミなどを通じて、これらの言葉が身の回りにポツポツと現れ始めた。
共に「広い心で相手の過ちを許す」ことを意味している。


「競争原理・戦いのエネルギー」が蔓延している現代社会においては、誰もが意識すべき大切な心のあり方を示す言葉なのだが、40代の自分でさえも、まだ使った事のない言葉だ。


というのも、これらの言葉はほとんど謝罪文などでとても形式的に使われるだけである。
例文:ご寛恕いただきたく、伏してお願い申し上げます。
   ご不便かとは存じますが、ご海容ください。


日常会話で「ごめんね、許して」とは言っても、「ごめんね、ご海容のほどを」などとは言わない、というか、ずうずうしいので言えないよね。


海容も寛恕も、相手に「無償の愛」を願うのである。
いわば、仏の境地に立てよ、と。


『アイシテル~海容』という漫画原作のドラマは、ケンカのはずみで事故死させてしまった小学生と、被害者小学生の家族の葛藤を描いたものだった。

愛するものの命を一方的に奪われて、「海のような広い心で許せ」とは、言うはた易く成すはがたし、である。


一方、寛恕の「恕」は、孔子がとても大切にした言葉で、弟子から「生涯守るべき言葉は何か?」と問われた際に、「恕である」と答えている。

孔子の「恕」とは、「寛容さ、自分にして欲しくない事はするな、思いやる心」というのが一般的な解釈だが、もっと深遠な意味があるという解釈もある。


というのも、似た意味の言葉として孔子は「仁」という言葉を重んじた。
「仁」とは「克己心を身につけて、秩序によく従うことだよ」(おのれに克ちて、礼に従う、これ仁となす)。

この「仁」は『論語』で頻繁に登場するのだが、一方の「恕」は、ただの一度しか登場しない。これは、あまりに深い意味を持つため、弟子には伝えきれないと考えたと推察できるそうだ。


恕という漢字を見ると、つい、怒りをイメージしがちだが、意味はまさに真逆だ。


「如き(ごとき)心」と書く。~のごとき心、という意味なのだが、いったい何の如き心なのかと考えると、「神仏の如き心」ではないかと推察できるという。

孔子は言及していないので、あくまでも推察である。



魂のささやき
ギリシャ哲学で言う至高の愛「アガペー」であり、多くの聖者たちが実践した「見返りを求めない無償の愛」が、孔子の言う「恕」なのである。


「海容」と「寛恕」。

使う機会はなかったとしても、その言葉に秘められたそれぞれの深遠な境地を、時に考えてみたいものだ。

参考URL
「故事百選」
http://www.iec.co.jp/kojijyukugo/vo07.htm
「論語に学ぶ会」
http://rongo.jp/kaisetsu/c_rongo.php?348,1

やはり月にも文明があったのか?

元NASAの地質学者、モーリス・チャールズ博士は「(今はなくても)約20万年前には、間違いなくあったのだ」と主張する。

その根拠が、掲載した写真にある「天使の彫刻」だ。

報道したニュース記事の日付が5月5日なので、おそらく4月下旬にマスコミ公開されたものだろう。

博士によると、なんとこの彫刻、アポロ11号が1969年に持ち帰った月の石の中に封印されていた、という。
匿名者の提供によって博士の元に届けられたらしい。

「推定、20万年前のものだろう」と博士は見積もっている。

もちろんNASAは公式に、彫刻が存在する事実と博士の主張を「あり得ない」と、一笑に付している。

結局のところ、その真相は謎(われながらおきまりのオチだなぁ…)。

しかし、かつて月にも文明があって「天使崇拝」をしていたとしても、いいよね、別に。

ま、科学者たちにはあまりに不都合だけど。

だが、夢もロマンもなくなりつつある今、こうしたファンタジーには、寛容でなくちゃいけないのだ。

※写真のひとつは彫刻を拡大したもの。
ニュースソースはこちら(英語)魂のささやき-マスコミに公開された時の様子
魂のささやき-月の石に封印されていた天使の彫刻