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2011年05月11日 10時14分53秒

GWの東北ボランティア 

テーマ:自己紹介
RQ市民災害救援センターにて
GWの東北ボランティア。正直とても不安で緊張した。家族もそわそわしてた。
準備も浮き足たってるし。保険に入る(手続きは簡単)のもギリギリだったし。
行ってみたらなんかそんなそわそわはどこかへ行って自然と体が動いた。

こんな長い文章かいといてあれですが、普通にRQのサイト内のブログが雰囲気を伝えてくれてる。
http://www.rq-center.net/02connection/2485

私は約4日間のRQ(http://www.rq-center.net/)というセンターに滞在。

■RQの感想
人それぞれが関わり方を発見できるセンターだなと。避難所の方にとってもそれは同じだったかも。それにセンターは用意されているもの、ではなく築き上げられたものってのがよくわかる。メンバーの年齢層は様々。個人でも団体でも。サイトをガン見した上で登録して要請を待って現地入りする仕組み。私は個人参加、バス移動で参加しました。なんと東京からセンターまでの直通バスが6月末(予定)まではじまった。詳しくはウェブサイトでチェックです。関東の人なら土日だけ、もありうるという。受け入れの環境が整う一方でやはり人手不足のよう。個人的な意見だけど、大活躍するぞ!という人は体力と注意力があればそれはそれでとても必要だけども、いろんな環境に対して緩やかな目線をもった人もすごく必要だなと思いました。ほんといろんな人が集まっていて自然と状況が面白いほうに動いていってた。 センターには長期滞在の人もいれば短期滞在の人もいる。その時その場で動いて行く、まるでアーティストインレジデンスのようだった。


■滞在中のこと。子ども達のこと。
東京ー仙台まで夜行バス。仙台から宮コーバスという高速バスでセンター付近まで。そこからバスorタクシーのところを既に現地入りしているはるかちゃんに迎えにきてもらった。RQの紹介も彼女からだった。  センターにつくと簡単なオリエンテーションがあって、どんな姿勢でいたらよいのか、センターの根っこにあるものがすぐ伝わってきた。センターは避難所とお隣さんの関係。ただしそこはとてもデリケートでその時々の関係性が、あって当たり前の状況ということでないことも伝わってきた。

その日のMTGで次の日のチーム分け。私は車を運転する仕事以外はどこでもよいと思って準備していったけど、今までいろんな地域で滞在制作させてもらったことを考えて避難所とセンターをつないでいるチームを希望してみた。そのチームでは避難所とRQの共有の場として手作りの足湯村がはじまったばかりらしくて私はそこを担当させてもらった。

初日、とりあえず足湯に自分の商売道具であるクレヨンやら文房具をもっていってみる。足湯には避難所の小学生がきていた。数年前からの子どもWSをするようになるまでは子どもは全然得意じゃなかった。けど作り手として素で接すると案外受け入れてもらえるとわかってから結構好きになった。とはいえ特殊な環境にいる子ども達に声をかけるのは正直かなり緊張した。
誰だったかその場にいた人が看板かいてよーっていったら子どもたちは即座に反応して描いてくれた。わたしもそれにのっかって工作しながら仲良くなった。 このとき、「何か仕事をする」ってことが子どもたちにとってすごく楽しいことなのかもと確信しておもちゃを与えよりもなるべく仕事を与えることにした。

といっても彼らは用意されずとも勝手にどんどん仕事を見つけてこちらにみせてくれた。ある日は朝足湯に行ってみるとなんか作ってて。何?ってきいたら足湯に来てくれた人にあげるプレゼントなんだって。かわいすぎる。
その後も足湯開始の館内放送をしてくれたり、怖い話のカタリベになってくれたり。ちょっと盛り上げて上げるだけどどんどん面白い時間を作ってくれた。そんな数日間子どもとすごした。
他にも足湯のまわりでは草むしりをしながら女性達と話をしたり、足湯に来てくれたおじちゃんたちに薪割りを教わったり。

■最終日、被災現場へ
その最終日、はじめて被災現場の海岸沿いへ行った。ああ、これがあの子たちの現実なんだなぁ。
あーそうかって。足湯の近くで草むしりをしながらある女性が「町はご覧になりましたか?」と言っていた。そして「ちゃんと見てきてほしい」と言った。一緒に遊んでいた子どもが風で飛ばされた絵を「あ、流されちゃった。」って小さい体で言った。すぐ「飛ばされちゃった」って言い直した。おじちゃんたちは冗談まじりで現実を笑い飛ばしてた。

センターに戻ってばたばたとして前夜に子どもらに書いた手紙を渡してご飯食べてたら子どもら手紙のお返しくれた。「RQがんばったね!」って書いてあんの。思わず笑ってしまった。子どもとために、なんていう建前が実はどこかでばればれなんじゃないかと。実際とても楽しかったし遊んでもらったのは私のほうな気がする。また会いにいこう。


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帰ってきてからずっと日記に書こうと思って書いたけど、3月から車でボランティアセンターをまわって情報を発信し続けてくれた友達がいかに冷静だったか今改めて分かる。http://genjouhoukokuno2.blogspot.com/
2011年05月11日 10時08分44秒

RQ追記

テーマ:自己紹介
ちょっと補足

・運転が好きな人(安全に)
・収納など整理整頓が好きな人
・教わり上手、頼り上手な人
・教え上手な人 
・なんか雰囲気が面白い人
・大人数分の料理をほどよく適当にできる人
・現場をほどよくさばく感覚のある人
・ちょこっとした手作りサロンをつくるのが好きな人
・マッサージが上手い人

とかRQと相性がよさそう。

そしてなにより長期で関われる人もとても大事。
受け入れ体制を保っていくことや現地とのパイプとなってくれる人がRQの魅力を保っている。
ご飯も寝床も上手い具合に成立しててお風呂も毎日の保証はないけれどもらい湯だったり温泉だったり。

なーんてたったの4日間の滞在でいうなて感じですが本当によかったから書きました。

http://www.rq-center.net/
2011年05月10日 20時44分53秒

RQ市民災害救援センター

テーマ:自己紹介
RQ市民災害救援センター

http://www.rq-center.net/

4日間滞在しましたが、人それぞれが関わり方を発見できるセンターだなと。メンバーは中学生から60代くらいの方までさまざま。個人でも団体でも。サイトをガン見した上で登録して要請を待って現地入りする仕組み。私は個人参加、バス移動で参加しました。受け入れの環境が整う一方でやはり人手不足のよう。
なんと東京からセンターまでの直通バスが6月末(予定)まである。関東の人なら土日だけ、もありうるという。

個人的な意見だけど、大活躍するぞ!という人は体力と注意力があればそれはそれでとても必要だけども、いろんな環境に対して緩やかな目線をもった人もすごく必要だなと思いました。
2011年03月17日 19時08分33秒

日本ユニバーサルデザイン研究機構の救援物資について

テーマ:自己紹介
情報の拡散または方法については戸惑うことが多いので自分を見失わないようにするのに正直精一杯だ。救援物資を送ろうと考えている人は個々で調べているだろうし私がここにコピペすることなのかさえ戸惑った。けれど現地にいるうちの会社社長や友人らが発するメッセージ読んでいると精一杯からあふれてしまう。

今の現状はそれぞれだし、人によって思考のルートも向いている方向も違う。
だけどこれ(ユニバ)は1つの方向でもし同じ方向を向いているひとがいるならと思ってリンク&コピペをする。一応自分でも信用度を調べた。人によっては違うルートからのほうが早いんだ!ってひともいるかもしれないのでよく読んでみたほうがよいです。各自治体からまとめて整理してから送っているところもあるようです。 今朝うちの町に問い合わせてみたが窓口はないとのことだった。市からは姉妹都市へ企業単位で送られているようだ。

ジャーナリストの佐々木俊尚氏が日本ユニバーサルデザイン研究機構に取材した内容。

佐々木俊尚氏ブログ
http://pressa.jugem.jp/?eid=213

日本ユニバーサルデザイン研究機構
http://www.npo-uniken.org/shinsai_busshi.html

※サイトが少し簡素な印象が個人的にはして信用性が無かったのですがそれよりも内容優先しました。

以下、佐々木俊尚氏のサイトよりコピペ
※本文中にコピペ許可の旨あったのでさせて頂きます。

 「被災地からの報告 阪神震災とは違う実情」というブログ記事を17日朝にTwitterで紹介したところ、「ソースがはっきりしない」「デマではないか」というリプライをたくさんいただきました。その直後、関係される方がご紹介いただいたようで、この記事の中に出てくるNPO日本ユニバーサルデザイン研究機構の横尾良笑(よこお・よしえ)さんと電話で話すことができ、デマではないことを確認しました。

日本ユニバーサルデザイン研究機構
http://www.npo-uniken.org/

 日本ユニバーサルデザイン研究機構は被災地に現在スタッフやボランティアを送り込み、救援活動を活発に行っています。「日本ユニバ震災対策本部」という名称のプロジェクトもすでに立ち上がっています。

 取り急ぎ電話でうかがった横尾さんの話を、以下に簡潔にまとめます。

(1)ボランティアが日本ユニバ経由で大量に現地入りしている。たとえば気仙沼には個人所有のヘリを3台ボランティアで出してもらい、操縦もボランティアで。また別のボランティアは2トントラック2台分の物資を積み、16日午後6時に東京を出発。現地まで約12時間かけて早朝に山形に到着した。さらにそこから寝ないで津波の被害を受けた気仙沼に入っている。このような活動が多数展開されている。現在、現地に入っているのはこれまでさまざまな場所で経験を積み、訓練されたボランティアたちだ。内閣府認証の日本ユニバは政府から高速道路などの車両通行証の発行を受けており、これを使って東京から物資を輸送している。

(2)そして判明したのは、今回の災害は阪神大震災の時とはまったく異なるということだ。  

阪神大震災では、兵庫県や神戸市、芦屋市といった各自治体の機能は生きていた。したがって政府と日本赤十字社からの物資や義援金は、自治体経由で被災地に送り込むことができた。この結果、阪神大震災の教訓として「物資ではなく義援金で」「救援は赤十字社に一本化」という考え方が広く定着した。

 ところが、今回の震災では救援の受け皿となる自治体そのものが各地で消滅している。この結果、赤十字や自衛隊や消防隊の救援は、全体をカバー仕切れていない。どこかの避難所に集団で避難している人たちが、誰からも発見されず、水も食糧も燃料も電気も電話もなにもなく、完全に孤立してしまっているという酷い状況が生まれてしまっているのだ。

 だから今回の震災では、阪神大震災のルールを適用すべきではない。

(3)日本ユニバの横尾さんも震災の後に山形から48時間かけて現地入りし、状況を確認してきた。以下はその内容(かなり悲惨な事実描写が含まれているので、ご注意ください)。

 50人が避難し、発見されないまま孤立している避難所をNPOが発見した。自衛隊に連絡したが、その直後に再び津波が襲来し、全員が水浸しに。自衛隊が駆けつけた時には、うち30人が死亡していた。津波の後に乾いた着替えが届いていたら、死なずにすんだかもしれない。

 すでに高齢者をたくさん抱えている福祉施設が130人の避難民を受け入れ、しかしそこには食べ物も水も何もない。

 赤ちゃんが2~300人もいる地域で、ミルク缶が1個しかない。みんな生き延びるためにもの凄い動き回って物資を探しているが、津波や余震が次々に襲来して、きわめて危険な状況。

 引き上げた遺体は法律上、検屍をしないと火葬に回せないが、警察の手が足りていない。それでも宮城県警は必死に対応してくれている。

 自衛隊や救助隊がいったん避難所の人たちに繋がれば、その後は配給経路が確立され、食糧や水も配給されるようになり命は救われている。問題はまだ自衛隊につながっていない場所にいる孤立した人たちで、NPOは現地でそうした避難所を発見し、自衛隊や警察につなげる役割を現在行っている。

 とにかく被災地の人たちは、濡れている。濡れて寒くて死にそうになっている。阪神大震災では「古着を送るのは迷惑だ」という教訓が残ったが、今回は異なる。着替えの物資は絶対に必要だ。古着も送ってほしい。

 最大の問題は、物資と輸送だ。物資は足りず、そしてその不足した物資を運ぶガソリンがない。

(4)これまで想定されてきた災害対応では、今回のように広範囲に同時多発的な被災を想定していなかった。だから誰も全体の状況を把握できていない。テレビでもインターネットでもみんな「阪神の教訓」で語りすぎだ。今回は阪神の教訓で語ってはいけない。まったく異なる、異常な事態となっていることを認識してほしい。

(4)東京をはじめとして非被災地の私たちになにができるか。

 物資と輸送の確保に手を差し伸べてほしい。

 まず物資に関しては、「企業から」と「個人から」の2つの方法がある。多くの企業は「阪神大震災の教訓から、物資は赤十字で一本化」という意識が定着しすぎていて、今回NPOに提供を渋るところが非常に多い。いじわるをしているのではなく、認識不足なのだと思う。赤十字だけでは物資の配給は追いつかない。NPOにも提供するよう呼びかけてほしい。

 個人から。日本ユニバのウェブサイトでは、

「壊滅的な被害を受けた孤立被災地で、生死を分けるアイテム」
「壊滅的な被害を受けた孤立被災地で、枯渇しているアイテム」

 の2種類の救援物資を受け付けている。それ以外のアイテムも受け入れるが、まず命を救うためのものに集中してほしい。これらの物資については、中が見える透明なビニール袋に入れるか、あるいは段ボール箱に内容物を大きく記すなどしてほしい。

 以下のサイトの下の方に、必要な救援物資の種類がリストアップされている。

被災地への救援物資を送付したい方へ

【現時点の物資受付窓口】
〒101-0054 東京都千代田区神田錦町3-21ちよだプラットフォーム1階
日本ユニバ震災対策本部 支援物資受付窓口(直接持ち込みは1階ウッドデッキ)

 持ち込みもできる(そちらの方が良いかも)。なお物資を宅配便で送る際は、必ずメールで内容物を連絡してほしいとのこと。物資輸送の調整のためで、メールには返事は来ないかもしれないが是非。

 次に輸送について。現在、素人が現地にボランティア入りすることは控えてほしい。いま行われているのは復興支援ではなく救助なので、たとえば腐敗した遺体を現場から取り除く、といった作業も求められる可能性がある。また現地に行く燃料の問題もある。

 もし手持ちのガソリンがあり、被災地まで往復のガソリンをタンクなどに入れて持って行ける人であれば、現地に物資を運ぶのを手伝ってほしい。その場合には日本ユニバが道路の通行証を手配する。

 以上です。状況は刻々変わっているようなので、横尾さんからの話は随時更新していこうと思います。なおこの記事はブログなどに全文コピーしていただいても構いません。ただしソースの信頼性を保持するため、このブログへのリンクの掲載もお願いします。
2011年03月14日 19時55分13秒

キャンプ

テーマ:自己紹介
キャンプって遊びでしかないと思ったけど実は防災訓練なんじゃないかとはじめて思った。
https://sites.google.com/site/olivesoce/


2011年03月04日 01時39分56秒

ウェブサイトリニューアルオープン

テーマ:自己紹介
ウェブサイトリニューアルオープンしました!!!!!

http://web.me.com/iwatatomoko/website/news.html


よくがんばりましたiwebちゃん。重たいと不評のiwebちゃん。



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2011年01月12日 00時50分13秒

去年の写真

テーマ:一眼デジカメ

もっとこうぱきーっと。勉強しなくては。

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2011年01月12日 00時30分40秒

とりで

テーマ:
前にも書いたけど。

まだ取手に住んでいた時、近所のカメラマンのはるちゃんをさそって行った河川敷のひろーい野原に青い船がゴドゴーーーンと置いてあって。なんか作り物みたいな光景の中で写真とって遊んでたらふわ~て黄色い風船が飛んできた。ちょっと自分らで引くくらい、なにこの時間ってなった。



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2011年01月11日 10時05分29秒

わーーーっ

テーマ:クレパスとか
2011年01月04日 10時18分10秒

2011

テーマ:ただの日記
1日の夜、裏山に登った。といっても頂上まで5分。まー暗なので一応懐中電灯をもっていったけど、足下照らすと一層こわい。まわりが余計に暗く見えてしまって。途中で消しました。山道の脇からガサッガサッって音がする。こんなことにビビってるようじゃだめだと言い聞かせて進んだ。視界の全てがもやーとしかみえなくて知ってるはずの道がいつもより曲がっているような気がした。
ああ思い出すだけで疲れる。けどちょっとよくわからない自信がついた。


今年することのひとつ

「たまの映画」みる。twitterによると恐ろしいほど評判がよい。

あと富士山に登ってみたい。年明けに挨拶にいった家で富士登山の映像をみせてもらった。

もうひとつ。

VJはじめる。

あ~、親からしてみたら謎の目標をたててるかもしれない。

あとはね地元にいろんなとこから仲間をよぶ。
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