恋するハエ女⑥ 第5話 俺に惚れるな  絵美と八重樫の関係性が変わっていく

  

 母親からの支配を脱却し、二度と帰って来るなと家を追い出された日、絵美はこれまでずっと考えていた素朴な疑問、どうして、八重樫が自分に関わろうとするのか、どうして自分の人生を変えようとするのかを、率直に尋ねます。

 

 

 すると、

 「……好きだから」

 

 と、低く甘い声で八重樫は答えます。

 

 「お前のことが……好きだから」

 

 「……‼ あの、えっと……え? あ、あの」

 

 と突然の告白に、絵美が混乱している隙に

 

 「って真に受けるなよ、バーカ‼」 

 

 と、ちゃかして電話は切れてしまいます。

 

 

 「………はあ‼⁇」

 

 もう一度電話をかけると、留守電に切り替わってしまいました。

 

 

 おちょくられた事に呆れながらも、絵美はプレゼントの箱から誕生日ケーキであるパステル・デ・ナタを取り出し、残りの半分をつまんで味わいます。

 

 

 それからなんとなく、ストーカーと登録してあった八重樫の電話番号を編集し、八重樫修治と入力し直します。

 

 

 名古屋の自宅に帰って、パステル・デ・ナタに乗っていた、小さな人形である雄鶏ガロの事を調べていると、玄関のチャイムが鳴ります。

 

 

 玄関ドアを開けると、そこには誠也が捨てられた子犬のように立ち尽くしていました。

 

 

 話を聞くと、誠也は彼女・有紗にあのプロポーズ後に断られたらしく、振られて絵美の元に戻って来たのでした。

 

 

 「都合がいい事を言ってるのは分かってる。絵美にはサイテーの事を ーー(略)

 でも、こうなってみて、心の底から思い知らされた。

 いつも、俺のこと、本当に大事に思ってくれてたのは、絵美だけだって。

 ……お願いします。俺にもう一回だけチャンスをください」

 

 と、婚約解消以来、何度となく夢にまでみた光景が繰り広げられているのに、

 

 

 絵美の頭の中では、ぽかーーんと、真っ白で何も感じられなかったのでした……。

 

 

 

 翌日、朝食を食べながら八重樫に誠也の事を話すと、

 

 

 「良かったじゃないか」

 

 と言われてしまい、絵美は戸惑います。

 

 「良かった……んですか?」

 

 「念願の言葉をいとしい彼からもらえたんだろ? 何か問題でも?」

 

 いつもの八重樫と違い、何のダメ出しもされず絵美は戸惑ってしまいます。

 

 

 「そもそもですね……彼は私に隠して二股を……」

 

 「許してやれよ、自分だって八股かけたじゃないか」

 

 

 「でも…、一人前の女にはもっといい男がお似合いだ、ってーー(略)」

 

 

 「何をためらってる? 奴の気が変わらないうちが勝負だぞ」

 

 

 「……いいんですかね?」

 

 「何が?」

 

 

 「八重樫さんは……それでいいと思いますか?」

 

 

 

 「……なるほど。 そういう事か。さては、コモリン 俺に惚れたな」

 

 

 「……は?」

 

 

 「ケーキ送って、バースディソング歌ってやれば、イチコロか、お手軽な女だな。

 好きだと言われて、その気になったか」

 

 

 「そっ、そんなわけないでしょ、このバカリャウ!」

 

 「悪いがタイプじゃない。 ミッションだコモリン、俺に惚れるな」

 

 「私だってお断りです!誰がフランス女とスペイン女に振り回された挙句 ーー(略)

 そうっ、私は、ただ、戸惑っているだけです。 彼が突然やり直そうとか、余りにも都合良く話が進むから……(略)」

 

 

 「だが、今はどうだ?

 恋敵は去り、男は土下座してお前を求めている。

 これを奇跡と呼ばずして何と呼ぶ?

 舞い降りたしあわせを逃すな、

 その手でしっかりと掴み取れ」

 

 絵美は、しあわせ、と八重樫に言われて実感のない、不思議な気分になりますが、

八重樫は、雑念を振り切る様に告げます。

 

 

 「仕上げのミッションと行こう、コモリン

 人生を生き直せ。守る女はもう卒業だ。

 人生を攻めろ。

 ……お前はもう、自分でできるはずだ」

 

 

 

 その週末、誠也にご飯に誘われ、高級そうなカウンターのお寿司屋に連れて行かれます。

 

 絵美の頭の中で八重樫の声がします。

 

 

 「後戻りするなよ、コモリン。

 食いたいものを食え。飲みたいものを飲め」

 

 絵美はメニューを開いて、炙り大トロ、こぼれウニ、こぼれイクラなど、これまでなら遠慮して頼まなかった高級寿司を注文します。

 

 

 誠也が驚きながら、絵美を見つめていると、誠也が注文したビールをキャンセルし、日本酒の純米大吟醸を注文し直すのです。

 

 

 その後は、誠也は家に来て欲しがったものの、絵美は他の約束があるからと、誠也に初めて背中を向けて、自分からバイバイをして帰宅するのです。

 

 

 休職期間も明け、学校に復学した絵美は、会議室で復帰の挨拶をする事になります。

 

 八重樫のアドバイス通り、絵美は他人の顔色を見ずに、自分を貫き通す事に集中します。

 

 

 「間違っていたと思っております。

 してもいない事を、認めた自分に対して。

 してもいない事の責任を取って、自ら休職願いを出した自分に対して」

 

 「そういう私だから、子ども達にも舐められていたのだと思います。

 今後は、子ども達と真剣に向き合っていきたいと思っておりますので、

 何卒、よろしくお願い致します」

 

 

 当然ながら、モンペ母親や外野の教師達はガヤガヤ騒ぎ始めますが、八重樫のアドバイス

 

 「言うだけ言ったら、放っておけ。

 ユダヤ人の言葉だ。

 馬鹿が沈黙している時は、賢人並みに扱われる」

 

 

 に従い沈黙を守りぬく事で、絵美がこれまでとは違う事を周りの教師や保護者たちに証明して見せるのです。

 

 

 その後、学校での痛快な出来事を八重樫に報告し、絵美が世界が変わって見える、言いたいことを言えるのがこんなに気持ちがいいなんて、と自分が一皮むけた事を八重樫に伝えます。

 

 しかし、今までやりたくてもできなかった事、やりたいことが沢山あると報告すると、八重樫は、傑作だなと満足したものの、もう絵美と話す事はないと、勝手に電話を切ってしまうのです。

 

 

 その後何回か電話するものの、留守電になって、八重樫と連絡が取れなくなってしまい、混乱する絵美。

 

 

 ストーカー状態で付きまとわれていたんだから、元の正常な状態に戻っただけ、と自身を納得させようとする絵美ですが、そんな折、元カレ・誠也から呼び出され、この間のプロポーズの返事を聞かせて欲しいと懇願されます。

 

 

 「マー君と別れてから……ずっと願ってた。

 いつか、マー君が私のところに帰って来てくれるのを」

 

 と言った絵美は、

 

 

 「でもね……貴方じゃない。

 私が今、隣にいて欲しいと思う人は」

 

 と誠也のプロポーズを断るのでした。

 

 

 自分の気持ちをハッキリと自覚した絵美は、再度八重樫に電話をかけ、絵美からの電話攻撃やプレゼント送付により困っていた八重樫が仕方なく電話を取った事で、お互いの声を久しぶりに聞くことができました。

 

 

 「どういうつもりだ? (略)そうまでして、俺の気を引きたいのか?」

 

 「そっちこそ、どういうつもりですか? いきなり電話もメールも無視して、もう2週間も!」

 

 「終わりだと言ったはずだ」

 

 「勝手に現れて、人の人生ひっかきまわして、勝手に消えて!

 今までの事っていったい何だったのですか? 私はーー」

 

 と絵美は勝手に連絡が取れなくなった八重樫に怒りをぶつけ、花嫁修業をしろ、という八重樫に誠也からのプロポーズを断ったこと、ネットで知り合った男(八重樫)が気になっている事を告白します。

 

 

 「会った事もない、素性も知らない」

 

 「どうかしてーー」

 

 「どうかしてるって、自分でも思います」

 

 「……(フンと笑って)俺に、惚れるなと言ったはずだぞ」

 

 絵美は、そのからかうような調子には乗らず

 

 「会えませんか?八重樫さん。

 自分の目で確かめたいんです。 貴方が誰なのか。

 自分の気持ちも」

 

 と正直に伝え、明日東京に行くからと八重樫に一方的に口走ったのでした。

 

 

 勢いで上京した絵美ですが、八重樫との待ち合わせに本人は来ず、代わりの初老の案内人にブティックに連れていかれたり美容院に連れていかれたりして、お姫様待遇の接待を受けます。

 

 豪華なドレスを着て、メイクも髪型も優雅に整えられて、だんだんロマンチックな期待値が上がっていく絵美。

 

 

 

 ところが、最後の待ち合わせ場所で、バズーカ砲のような銃から白い粉(小麦粉?片栗粉?)を浴びせられ、ドッキリを仕掛けられた事が判明します。

 

 

 「どういうことっ?」

 

 「勉強になっただろう? やっぱり人生、そううまい話はないもんだ。

 なあ、コモリン」

 

 「何が、何が楽しくて、こんな手の込んだ……」

 

 「そっちこそ冗談はやめてくれ。 俺の事が気になる?

 あー。怖い怖い怖い、ネットで知り合っただけの女に突然押しかけられるなんて、まるでストーカーだな」

 

 と、ストーカー八重樫にストーカー呼ばわりされ、ショックを受ける絵美。

 

 八重樫は、絵美の人生を変えようとしたのは、ただのヒマつぶしだと、誰でも良かった、実験してみたかったんだ、と冷たく突き放してしまうのです。

 

 

 

 「……私が……私が……会いたいって思ったのは……気付いたから……

 瀕死の状態から立ち直らせてくれたのは、その人だって」

 

 「……」

 

 「一番苦しい時にそばにいて……一番欲しい言葉をくれたのは、その人だって」

 

 「……」

 

 「その人と話していると、凄く腹が立つけど、なんだか……楽しくて」

 

 絵美は涙を手のひらで拭いながら、叫びます。

 

 「でも、全部私の勘違いでした。そんな人、どこにもいなかった。

  ……サイテー……サイテー、サイッテー!

 本当に最っ低な人間です、あなたは!?」

 

 

 

 長い長い沈黙の後、

 

 「……その通りだ、コモリン。君は正しい」

 

 と八重樫は静かに言って、電話は切れました。

 

 

 早く家に帰ろう……と駅を探して歩き始めた絵美は、自分が履いているパンプスが目に入ると、気を取り直してタクシーを捕まえ、八重樫の自宅とされるマンションに向かいます。

 

 

 八重樫の部屋のチャイムを鳴らしたり、ドアをガンガン叩いて開けるよう叫びますが返事はなく、ノブを手を回すとドアが開き、中が空っぽになっている八重樫の部屋で茫然とする絵美。

 

 

 電話をしても、この電話は現在使われておりません…の冷たいメッセージが流れ、今度こそ、絵美は本当に八重樫との連絡が遮断されてしまったのでした。

 

 

 冷たく絵美を突き放した八重樫ですが、こんなお金をかけた、手の込んだヒマつぶしってあるとは思えません。

 

 八重樫がまだ隠している事があると、早く素顔の八重樫が知りたい、逢いたいと思ってしまった第5話でした。

 

 

 人生を変えるドラマ㊷ へ続く