これ、廃墟に行ったときの話なんです。それ以来、怖いことが続いて・・・。
あ、自己紹介を忘れていました。私、矢本沙耶といって、パソコンの
専門学校の２年生です。２０歳になったばかりです。廃墟というか、
心霊スポットといったほうがいいのかもしれませんね。そこはバブルも
終わりの１９９５年頃に造られた遊園地の残骸で、大型のホテルに付属して
ました。ですから大規模な施設ではないんです。あるのはせいぜい
小型の観覧車やメリーゴーランド、会場内を走る子ども用のSL、
お化け屋敷の残骸などです。郊外の山の中にありますが、市内からの
アクセスは悪くなく、一本道で行けるんです。バブルが弾けて、ホテルの
建物は取り壊されてしまいましたが、この遊園地や屋外プールなどは
予算がなかったのか、そのまま取り残されていたんです。

行ったのは私を入れて男が３人、女２人でした。まずは私と、専門学校の
同学年の光一、広、武治、それと沙織。このうち沙織と光一はカップルです。
私は以前、光一とは３ヶ月ほどつき合ってたんですが、ちょっとしたことで

ケンカをして別れちゃったんです。光一は今は沙織とくっついてるんです。

私は、今のところつき合っている男性はいません。広や武治がときどき誘って
くるんですが、その気になれないでいたんです。行ったのは広の中古の
ハイエースで、それに全員が乗りました。でも、道がわかりにくく、途中で
迷いそうになりました。もうナビには場所が載ってなかったんですね。
それでもなんとか入口にたどり着くと、時刻は午後４時をだいぶまわって
いました。門の鉄扉は錆び、地面に倒れてたので簡単に入ることが
できたんです。ただ、門の近くの植え込みに８０歳くらいのおばあさんが

一人、ちょこんと座っていたんです。武治が「やあどうも」と話しかけると、
おばあさんはシワだらけの顔をゆがめて笑い、「あんたらも肝試しに来たんかい。
もの好きが多いね」って言ったんです。私たちは内心、自分こそと思ったんですが、
おばあさんはそれを見透かすように「ああ、私は昔ここで切符切りを

やってたんだよ。ほら、すぐそこに住んでるから、懐かしくてときどき散歩に来る。

けど、中までは入らん。ここでは辞める前に立て続けによくないことが起きた

からね。だから悪いことは言わん、やめといたほうがええよ」と言ったんです。

広が「ああ、大丈夫です。ちょっと見て回るだけですから」そう答えたら、

「そうかい。だがもし中でおかしなことがあったら、私の家を訪ねてきんさい。

いつも家にいるから」って。みんなで中に入りました。

私は、おばあさんが言ってた「よくないこと」というのが

少し気になりましたが、でも、大事故になるような大型の乗り物はなかったし、
そういうニュースも記憶にありません。まあ、ここが廃園になったのは私たちが
生まれる前なんですが。中はどこもかしこも植物に占領されていました。ツタの
ような植物がはいまわり、からまり、垂れ下がっていました。それと錆ですね。
鉄製のものは何もかも、塗装がなかば剥げて錆が浮き出し、それが雨で流れて
赤茶色の液体がしみ出していたんです。入口近くのコーヒーカップの

乗り物の中には、落ち葉と水が半分近くまでたまっていました。全員で中を

一周しましたがせいぜい１０分くらいのもので、面白いものはありませんでした。
「何だ、これだけか。別に怖くないな」広が間のびした声でそう言いました。
「でもここ、面白そうだぜ」武治がお化け屋敷の前で看板を指差し、そこには

おどろおどろしい感じの幽霊が描かれていました。でも、中はガラクタが

たくさんあって奥までは入れなかったんです。「もう行こうか」光一が
そう言いましたが、その腕にぶらさがっていた沙織が「あ、ここ、面白そう。
入ってみない」と隣の建物を指差して、そこの看板には「ミラーハウス」
という字が読み取れたんです。全員で中に入りましたが。せまい通路が
迷路のように続いてましたが、設置された鏡はみな細かく割れていたんです。
誰かここに来た人が蹴破ったような感じでした。がっかりしましたが、いちおう
一回りしてみようということになり、最後に入った部屋で、一枚だけ割れてない
鏡を見つけたんです。凹面強のようで、私の体が細長く映ってました。
それが面白くて見ていると、鏡の中の私が、足も動かさず後退り、小さくなって
いったんです。怖いというより不思議でした。どういう仕組になってるんだろう。
見れいるうちに、鏡の中の私はどんどん小さくなって消え、鏡の中から

いなくなってしまったんです。え、こんなことがあるだろうか？と思いました。
自分はすぐ前にいるのに、鏡には何も映ってない・・・そのとき広が
「おおい、もう行くぞ」と声をかけたので、急いでそこから出たんです。
きっとマジックみたいなものなんだろう。そう自分を納得させました。
遊園地を出るときにはさっきのおばあさんはいなくなっていました。

それから街に戻ったんですが、途中でファミレスに寄ったんです。
そこで私はさっき見た鏡の話をしたんですが、武治が「へえ不思議だなあ。
それ、鏡自体は動いてなかったか」　「ううん、動いてなかった。それに
そんな仕掛けがあったとしても、もう電気とかも通ってないじゃない」
「だよなあ」そんな会話になったんです。その後、光一と沙織が仲のいい
ところを見せつけ始め、みんなうんざりして９時ころには解散になったんです。

部屋に戻り、お風呂に入ったのは１１時ころでした。髪を乾かそうと思い、

浴室の外にある鏡に向かってドライヤーのスイッチを入れ・・・ここでまず
違和感があったんです。何か変だ。しばらく鏡を見てて気がつきました。
ドライヤーの風で私の髪はなびいてるはずなのに、鏡の中の私の髪は
まったく動いてないんです。心なしか自分の表情も冷たく、固く感じられました。
鏡の前から飛び離れました.当然、鏡の中の私も後ろに下がるはずですよね。
それが・・・そのままの場所からまったく動かず、そのうちに鏡の私の口の端が
少しずつ吊り上がり、ニヤッと笑った顔になったんです。思わずドライヤーを
放りだして、鏡が見えない場所に逃げたんです。どうしよう、このままじゃ
部屋にいられない。どこかに出ていこうか？でも、時間が時間だし・・・
結局その日は、浴室の戸を閉めた上でその前に物の入った大きな家具を移動し、

ベッドに入ったんですが、朝までよく眠れませんでした。それでも夜が明けて、

学校に行かなくてはなりません。お化粧もするんですが、怖くてあの鏡の
前には行けませんでした。だからいつも外で使ってるコンパクトを開いて、
顔を近づけたとき、突然鏡の中の自分がまた笑ったんです。そして口が
動きました。頭の中に声が響いたんです。耳から聞こえたのでは
ないように感じました。その声は「光一と沙織、気分悪いよね。あの２人、
別れさせてあげようか」・・・私は財布とスマホだけつかんで部屋の外に
走り出たんです。今のは何だったんだ。あれ、どういう意味？そのとき
あのおばあさんのことに思いあたったんです。「何かおかしなことが
あったら私の家に訪ねてきんさい」・・・考えた末、学校に休みの電話を入れ、
行ってみることにしました。私は車がなくて大変でしたが、なんとか

電車とタクシーを乗り継いで遊園地の前に来たのが１０時ころです。

前におばあさんが指していた家を訪ねると、幸いなことに在宅で、
かいつまんで事情を話すと、おばあさんは「ああ、また起きたんだね。
ひさびさに人が来て、あれも嬉しかったんだろう」と言い、２人で遊園地に
入ってあのミラーハウスに行ったんです。怖かったですけど、私が消えて
しまったあの鏡の前に来ました。私の姿がふつうに映ってるだけでしたが、
そのまま見ていると、だんだんに鏡の中の私の口がゆがみ始めました。
そのときおばあさんが「ああ、やっぱりこれだね。ここに入ってたのかい」
と言い、私の姿が映ったままの鏡を、そこ落ちてた石で強く叩いたんです。
そのとき鏡が一瞬光ったように見えたんですが、おばあさんは何度も
石を叩きつけて粉々にしたんです。鏡はひび割れだらけになり、もう

私の姿は映っていませんでした。おばあさんは「たぶんこれで
大丈夫だと思う。ここなあ、変なものが住み着いてな。辞める前は
お客さんからの苦情がすごかったんだよ。その後、ホテルもぱったり
人が来なくなってつぶれてしまったし」と言いました。
だいたいこれで話は終わりです。その後は特におかしなことは起こって
ないし、私もやっと普通に鏡を見られるようになってきました。
でもあれ、何だったんでしょうか。おばあさんに聞いてもわからないと
言うばかりで・・・もしかしたら、バブルの終わり頃の雰囲気がつくり
出したものだったのかもしれません。

ああ、それから光一と沙織はどうやら別れたようです。

私には光一とよりを戻す気はありませんが。

鏡の中からの話