今回はこういうお題でいきます。サルタヒコとは一般的に漢字で
「猿田彦」と書き、この地上にもともといる神、つまり国つ神であった
とされます。高天原から天孫降臨したニニギノミコト(瓊瓊杵命)を
道案内した神として知られています。

その姿は異形で、背の高さは7尺(約2m10cm)、目は八咫鏡の
ように赤く輝いていた。また、その鼻の高さは7咫(約140cm)
であるとされました。後代の天狗のような姿ですが、天狗とは違います。

このことは後述します。

この異様な姿は、おそらく「道案内する神」であることを象徴したものだと

思われます。サーチライトのように光る大きな目、そして前方に

真っすぐ伸びて道を指し示す鼻という具合です。

 

地上に降り立つニニギノミコト



高天原の神々は、この神の出現に驚き、アメノウズメ(天岩戸の前で
踊った神)に名前を聞きに行くように命じ、その神は自ら
サルタヒコと名のったとされています。ちなみに、俗説として、
アメノウズメはサルタヒコの妻となった。

しかし、サルタヒコは役目が終えると、自分の故郷に帰ってしまいます。
そしてその最後はひじょうにあっけなく、海に潜っているときに
比良夫貝という大きな貝に手をはさまれ、溺れ死んだとなっています。

この部分は、以前にも記事に書きましたが。天つ神、つまり高天原の神々は

天皇家のことであり、国つ神はそれに服属した地方豪族で
あると考えられることがあります。

 



ですから、地方豪族は自分の役目を終えると、ごくあっさりと
退場させられてしまう。自分は、この見解はおおむね正しいのではないかと
思っています。天皇家=大和朝廷がどんどん地方を切り拓いていった
ことが神話化されているのかもしれません。

さて、前述した天狗は中国では「天を走る狗(いぬ)」つまり、流れ星の
ことと考えられてきました。しかし、日本ではその姿は変質します。
おそらく、このサルタヒコと山岳修行者(山伏)の姿が重ねられて
イメージがつくられたのだろうと思います。

ただし、大きな違いは、天狗が山中に住むものであるのに対し、サルタヒコは

故郷が伊勢国の五十鈴川の川上の海であることです。
ですから、天狗の姿のほうがおそらく後づけでできたのでしょう。

 

天狗



また、このことを現実の政治と結びつけて理解しようとするむきも
あります。天武天皇の后は持統天皇ですね。この持統というのは後世に
つけられた諡号ですが「統を持する」と解せます。

つまり「天武天皇の血統を守るための天皇」という意味です。この当時、
天智系という強力なライバルがいました。持統天皇はその孫である
軽皇子、のちの文武天皇に天皇位を譲ろうとしましたが、
女帝から孫への譲位というのは前例がなかったので、

高天原の神々の物語を創作し、天照大神がその孫であるニニギノミコトを
天孫降臨させたことにして、前例をつくろうとしたのではないかという
説があります。自分は、さまざまな傍証から、これは正しい
のではないかと考えています。

 

持統天皇系図 クリックで拡大できます



そしてこのとき、持統天皇の譲位に協力した豪族がサルタヒコになぞらえられた。
こう考えることもできるかもしれません。まあでも、自分の深読みの
しすぎかもしれませんので、眉に唾をつけてお聞きください。

ということで、サルタヒコ神について見てきました。この神を祀るのは、
重県伊勢市にある猿田彦神社が有名です。その御利益は、「道開き」を中心に、

事業運、交通安全、金運、縁結びなど多岐にわたります。

また、サルタヒコ神は、道祖神、塞の神と同一視されることもあります。道祖神は、

いわば「道を守る神」ですので、たしかに意味は通じていますね。この場合、

妻とされる天宇受売神とともに祀られるのが通例です。では、今回はこのへんで。


 道祖神 サルタヒコとアメノウズメ?