俺、柴田っていって、大学の3年なんだ。ただし、仏教系の大学
なんだよ。実家が徳島の田舎で寺をやってるんで、その跡を継ぐための
勉強中ってわけだよ。でな、こないだこんなことがあったんだ。
その日は大学の授業が11時からだったから、10時半ころかな。
駅前の大通りを歩いてたんだ。そしたら、交差点の少し手前のガードレールの
とこに花束と、それからジュースの缶が数本置いてあったわけ。
つまり最近事故が起きたってことだな。それも死亡事故。
ああ、気の毒にって思った。亡くなった人の性別や年齢がわかるような
もんはなかったが、立ち止まって手を合わせた。いちおう俺は仏教の
修行者だしな。で、心の中で習ったばかりのお経の一節を唱えたわけ。
そしたら、後ろから「やめときなさい」って穏やかな感じの声がかかった
んだよ。え? と思って振り向くと、そこにいたのは40歳ぐらいの男。

青いスーツを着て細面の顔にメガネをかけてて、銀行員みたいに見えた。
で、俺は思わず「何でですか?」って聞いたんだよ。そしたら、その男は、
「今、心のなかでお経を唱えたでしょ。それからその手を合わせる行為。
そういうのはよくないから、やめたほうがいいって言ったんです」
そう、キンキンした高い声で答えたんだ。「え、でも、ここたぶん
交通事故の現場ですよね。だったら亡くなった人の冥福を祈るくらい
べつにいいじゃないですか」 「いやいや、死者と関わりを持つのは、
危険なこともあるからね。いくら善意でやったとしても」
「それはどうしてです?」 「うーん、ここで立ち話もなんだから、
そこらの店に入ろうか」ということで、近くのフルーツパーラーに
入ったんだよ。男二人ってのも変だったけどな。
で、席について、俺はコーヒーを頼み、その人はいちごパフェを

頼んだ。それから名刺を出してよこしたんだが、それには
「祈祷業 多田道人」って書かれてたんだ。シンプルだけど意味不明だよな。
それで「祈祷業ってどういう仕事ですか?」って聞いたんだよ。そしたら
「書いてるとおりですよ。よろずのことに祈祷をして、状況を改善させるん
です。まあ、要するに拝み屋ってことです」って言われたんだ。
「拝み屋?」 「そうです。じつはあそこの交差点で、昨日の夜に事故があって、
女性がひとり亡くなった。でも、意識はまだそのあたりに残ってるから、
その人に自分が死んだことに気づかせ、行くべきとこに行かせるんです」
「・・・そんなことができるんですか?」 その人はさも美味しそうに
パフェを食べながら「できますよ。私はそれを商売にしてましてね。
ご家族に頼まれたんです」 「はあ・・・、ところでさっき、お経を唱えるのは
やめなさいって言いましたよね。俺がお経を唱えたってどうして

わかったんですか。声に出したわけじゃないのに」 「それくらいわかりますよ。
あなたの周囲にパーッと光が出てましたからね。仏教系の光が」
「???、仏教系の光?」 「そう、他にも神道系とかキリスト教系とか、
みんな少しずつ違いますよ。修行を積めばわかるようになります。ちなみに

仏教系は緑がかった青い光かな」 「・・・・」これ、とても信じられるような

話じゃないですよね。でも、興味深かったので聞いてみたんです。「じゃあ、

あんたは何系ですか?」って。そしたら、「うーん、まあ我流なんだけど、
昔からある陰陽道系に近いかな」 「陰陽道?」 「ほら、安倍晴明って知ってる
でしょう。あんな感じです」 「・・・うーん、じゃあ、あそこの交差点、
いまだに霊がいるんですか?」 「そうです。しかもそういう場合、軽い気持ちで
拝んだりするのはよくないんですよ。自分を救けてくれると思って、霊がついて
くることがあります」 「え? じゃあ、俺にもついてるんですか」

「いや、そうじゃないみたいですね。まだあの場所にいるんでしょう」
「それを拝んで祓うんですか」 「はい」 「これから?」 「そのために
来たんです。今はまだ午前中ですから、霊の力も弱いんです。これが夜になると
霊の力も強まってくる。だから仕事はいつも午前中です。夜中にやるのは緊急の
ときだけですよ」 「なるほど。じゃあ、あの交差点の霊も」 「はい、これから
お祓いをするつもりです」 「見せてもらってもいいでしょうか。俺も
将来は実家の寺を継ぐことになると思うので、後学のためにも」
「いいですよ。じつは先程、あなたに声をかけたのは、そのためもあるんです。
それと、これからの仕事のジャマにならないようにと」 「・・・」
「じゃあちょっと準備してきますから」その人はパフェを食べ終わり、その店の
トイレに立ったんですが、出てきたときには長い白っぽい服に着替えてたんです。
 
画家がよく着てるようなやつです。「どうするんですか?」その人は
ガラス窓から交差点のほうを見ていましたが、「ああ、ちょうどいい。あそこに
信号機が見えるでしょう。あれを利用することにしましょう」
「どうやって?」 「見ててください」それから2人で代金を払って店の外に
出ました。その人は持っていたバッグから細いヒモのようなものを取り出し、
まっすぐ上に伸ばしたんです。そしたら、針金でも中に入ってるようにピンと
立ち上がったんですよ。そして口元に右手の人差し指をあて、なにやら呪文を
口の中でモゴモゴと唱えて・・・。そしてらそのヒモ、まるで生きてるかの
ようにゆっくり回りだしたんです。そしてある方向に向くとビューンとカバンの
中から伸びてって、4mほどの上空で何かをからめたような形になったんです。
「え? これは?」 「どうやら霊をつかまえたようです」

その人がそう言ったとき、一瞬だけヒモにからめとられたものの姿が空中に
見えたんです。若い女性でした。まだ高校生か中学生くらいの。
黄色いTシャツにジーンズ姿で、頭が割れて髪が真っ赤に染まってました。
でも、その姿はすぐに見えなくなって・・・「これからどうするんです?」
「そうだな。あの信号機を利用しましょう。今は赤だからちょうどいい。
あれが青に切り替わったときがチャンスです」 「??」 「青は進め、でしょう。
つまり天界に行けってことです」霊はヒモにからめとられたまま、空中でもがいてる
ようでしたが、もうその姿は見えませんでした。で、信号が青に変わった瞬間、
その人は鋭い気合を発し、それは黄色い光となって、ビューンとヒモを伝わり
霊がいる場所まで届き、そこでパシパシと2、3度発光したんです。
「よし、上手くいきました」その人がそう言ったと同時に、力を失って
 
くたくたになったヒモが道路に落ちてきたんです。「成功です。もうこれで、
この世から旅立ったはずです」 「うーん、すごい。本当のこととは思えません。
でも、今の場面、たくさんの通行人が見てましたよね。どう思ったんでしょうか」
「何かイタズラをしてるんだろうくらいの感じですかね。一般人には霊の姿は
見えませんから。あなたが仏教の修行者だから見えただけで」 「はあ」
「神道も仏教も陰陽道も、その他もろもろの宗派も、やることに大きな違いは
ないんです。ほら、数学の問題でもいろいろな解き方があるでしょう。
あれと同んなじです。なに、あなたも修行を積めばそのうちにできるように
なります」 「ははあ、そんなものなんですか・・・」ということで、霊の存在と、
それを祓う場面を見せられた俺は、それまで なんとはなしにやってた仏教の勉強に

真面目に取り組むようになったんだよ。まあ、こんな話なんだ。