これな、ずいぶん昔の話なんだ。昭和の40年代前半だな。
ただ、今とも関係なくはない。もしかしたら、ずっと続いてること
かもしれねえんだ。そういう意味では、ただの思い出話とは違う。
あれは俺が小学校5年生のときだな。〇〇市ってとこに住んでたのよ。
そうだ、誰でも知ってることだが、あそこの市は、ある企業の
本社があるお膝元で、すべてをその企業が支配してた。
市長はその企業の子飼いだし、今だと信じられねえかもしれねえが、
その企業の社員が交通違反をしても、軽いものなら警察も
見逃してたんだ。まあ、どこの話かはすぐわかるよな。
で、俺の通ってた小学校も、近くに企業の社宅があったから、
クラスの3分の2以上の子どもの親が社員だった。

ただ、そのことは、これから話す内容とはたぶん関係ないと思う。
当時はネットもゲームもなかったから、子どもの話題といえば、
まずマンガ、少年ジャンプの話。それからテレビ、あとはプロ野球とか。
じつは俺は相撲が好きだったんだが、それは少数派で、
相撲の話ができるやつはあんまりいなかったな。
で、テレビの話なんだよ。朝早く教室に集まった男子が、前の日の
番組の話をあれこれしてた。ほら、さっき社宅があるって言ったろ。
工場勤務してる親に合わせて、子どもも早く家を出されるんだ。
そんときに、あるやつ・・・山田ってしておこうか・・・が、
怖い番組の話を始めた。怖い番組も、知ってると思うが、
「あなたの知らない世界」とか流行ってたんだ。

うーん、当時はまだ心霊って言葉は一般的じゃなかったと思う。
怪奇特集なんて言葉を使ってたな。で、前日は日曜日だったんだが、
そいつは「恐怖の扉」って番組を見たって言う。けど、他のやつらは
誰も知らない。だから当然、何チャンネルで何時からやったのか聞いた。
そしたら、見たのは朝5時だって。それは無理な時間だよなあ。
親は連日の仕事で疲れきってて、日曜は下手すれば10時くらいまで起きない。
子どももそれに合わせて寝てるんだよ。そもそもだな、昔はその時間帯は
番組をやってなかった。砂嵐って知ってるよな。画面が灰色になって乱れてる。
要は電波が来てない。「嘘つくなよ」って皆が言ったが、山田は真剣で、
「俺な、リトルリーグで野球やってるだろ。そのレギュラーになりたくて、
朝走ってるんだよ。5時から6時くらいまで。

日曜だって休まねえよ。そんときも、親が寝てる中 起き出して、
着替えて走りに出ようとしたんだが、居間に出てきたとき、ふっとテレビ
つけてみたんだよ。やっぱ砂嵐だったが、チャンネルをガチャガチャ
回してたらそれやってたんだ。いやあ、何チャンネルかはよく覚えてない。
見てて怖くなって消したから。その後チャンネルは親か弟が変えちゃったし」
「どんな内容だったんだよ」 「画面の上のほうに赤い字で、恐怖の扉って
出てた。映ってたのは部屋だな。薄暗い、かなり広い部屋。
それで、真ん中に自動販売機が置かれてる。ただそれだけをずっと
写してるんだ。俺が見てたのは3分くらいだったけど、その間に動くものは
なかったな」 「自動販売機? コーラか?」 「わからん、暗くてはっきり
しなかったが、全体が赤い気がしたからコーラなのかもしれん」

わかるかなあ。まず当時はテレビのリモコンなんてなくて、いちいち手で
回してチャンネルを変えてた。それと、自動販売機も少なくて、
メーカーもかぎられてたんだ。この話を聞いて、みなは口々に、
「そんな時間に番組なんてねえだろ」 「恐怖の扉なんて聞いたことがない」
そういい始めた。ただ、その山田は嘘つくようなやつじゃなかったんだ。
体が大きいし、スポーツもできて、ドッジボールなんか最高に上手い。
だから、本当かもしれないって考えたやつもけっこういたと思う。
山田はムキになって「俺が見たのは事実だ。あ、そうだ、先生が来たら
新聞のテレビ欄を見せてもらおう。昨日の新聞も学校にはあるんじゃないか」
頭もいいやつだったんだよ。しばらくして担任が来たんで、理由は詳しく言わず、
「昨日の新聞見せてください」って頼んだら持ってきてくれた。

けど、やっぱ日曜の朝5時にやってる番組自体がねえんだ。NHKはじめ、
どのチャンネルも放送開始は6時から。地方都市だったから、キー局自体が
5つくらいしかない。山田はそれ見てふてくされたような感じになった。
で、その日の昼休み、山田は親しい友だちを集めて、「もしかしたら毎朝
やってるのかもしれん。明日の朝、起きれるやつは5時にテレビつけて
チャンネル回してみてくれ」こんなことを言った。そんときに俺もいたから、
ええと、翌日の火曜の朝だな。5時にテレビつけてみたんだ。
けど、やっぱ砂嵐だけでな。俺以外にもためしたやつが数人いて、やはり
「恐怖の扉」を見たやつはいない。山田は悔しそうに「俺も見れなかった。
もしかしたら特別番組だったかもしれんし、日曜だけやってるのかも。
嘘じゃないんだよ。次の日曜、5時にテレビつけてみてくれよう」って、

泣きそうな顔になってみなに頼み込んだ。で、日曜になって、
なんとか起きてテレビをつけた。砂嵐が出たんで、何度もチャンネルをぐるぐる
回してたら、映るとこがあったんだよ。覚えてる、7チャンネルで、
ふだんは放送が入ってないとこ。かなり乱れた画像だったが、工場の一画
みたいなとこが映って、上半分に赤い字で「恐怖の扉」って書いてある。
「あ、これか」と思ったが、なんとも気味の悪い画面でな。
あちこちボコボコに凹んだ自販機が真ん中にある。ただ、その自販機、
部屋の大きさに比べて小さいし、暗いんで細部がはっきりしないんだ。
電気もついてないから、何のジュースが入ってるのかもわからない。
ただ、ビールとかのじゃない、清涼飲料水の縦長のやつだった。どのくらい
見てたかなあ、10分くらいか。画面には何の変化もないままふっと消えて、

その後はまったく映らなくなったよ。俺も見たぜ、って明日学校で山田に
言おうと思ったんだができなかった。なんでかって言うと、日曜の午後に
山田が行方不明になったんだ。自転車でリトルリーグの練習に出た帰り、
そのままいなくなったみたいだ。月曜の朝、担任は山田くんは風邪で欠席です
って言ったんだが、これは誘拐を想定して秘密捜査が行われてたんだな。
山田の親父は企業の重役だったから。けども1週間しても見つからず、
警察は公開捜査に切りかえた。当時は子どもの誘拐はちょくちょくあって、
そのたびに大騒ぎになったから、あんたらも山田の本名は知ってるんじゃ
ないかと思う。結局、あれから40数年たって山田は行方しれずのままだよ。
え、山田の家族? いや、よくわからんなあ。親はもう死んでて不思議ない
齢になってるはずだし、俺は高校を卒業してその市を出たから。

ああ、その市の企業に勤めるのが嫌だったんだ。俺の親は両方とも
社員だったから、俺も優先的に採用されたはずだが、あえてまったく
別の職種についたんだ。あと、「恐怖の扉」な、山田がいなくなって、
日曜の5時には、思い出すたびにテレビをつけてみた。1回だけ映った
ことがあるんだ。俺が高3の春休み、その市を出る直前だった。
小学生のときとまったく同じ画像に思えたが、ちょっとだけ違った。
自販機の前に野球のグローブが落ちてたんだ。山田のだ!って思った。
・・・その後、テレビのチャンネルはリモコンで変えるようになり、
テレビ放送はバブル期なんかは一晩中やってたな。デジタル放送が始まって、
俺も「恐怖の扉」のことはほとんど思い出さなくなったんだよ。で、
2ヶ月くらい前だ。その市で、40数年ぶりに小学校の同級会があったんだ。

懐かしいんで出席した。俺と同じで同級生はみなジジイになってたが、
小学校のときの面影はあった。当時の担任はすでに亡くなってた。
あとな、今は俺の実家もその市にはないんだ。だから駅前のビジネス
ホテルに泊まった。山田の話は出なかったな。同級会の3次会までいって、
ベロベロに酔っ払ってホテルに戻った。翌日の始発で戻る予定だったんで
早く起きたが、まだ前日の酔いが残ってた。何気なくテレビをつけたら、
衛星放送のチャンネルなのに恐怖の扉が映ったんだよ。今までと
違うのは自動販売機が大きく画面に出てることで、入ってるジュース缶は
どれも全部同じ赤い色、そこに白い字で「山田〇〇」と書いてあった。
「あっ!」と思ってリモコンを落とすと、画面が乱れて消えた。
その後は見てないが、これ、どういうことなんだ??