じゃあ話していくけど、あんまり怖くないから、そのつもりで。
あ、俺な、西本っていうんだ。今はうどん屋をやってる。あんまり
儲かっちゃいないけどな。で、これ、俺が子どもの頃の話なんだよ。
今からだ52,3年前になるかな。それで、場所はくわしく言えねえけど、
俺の家はある県の人口5万くらいの小さな市にあってな、父親は税務署に
勤めてた。大昔で、まだ集団就職とかあった頃だ。で、家から歩いて
5分くらいのとこに神社があった。えっと、なんていう神社だっけな。
たしか当時、大人は「おみつさん」って呼んでた気がする。
小さなとこでな、境内こそ広いけど、社殿の扉はいっつもしまってて
神主とかは年中行事のときしかいねえんだ。
で、当時はゲームなんかなかったから、子どもはみんな外で遊んだもんだ。
 
町内ごと、家が近所のやつが集まって毎日遊んでた。
リーダーは地域にいる6年生らで、低学年や小学校前のちびたちも
遊びに加えた。だから、そいつらもできる遊びの内容を考えるのは
けっこうたいへんだったよ。それで、これは俺が5年生のときの話だ。
野球をやってたんだよ。ゴムボール使った三角ベースのやつ。
バットは木の棒だよ。何種類か用意してて、そのガキによって振り回せる
重さのやつを選ぶんだよ。でな、こんときのリーダーが時田って
6年生だった。もしかしたらあんたらも知ってるかもしれんな。
一時期は有名だったから。ああ、そいつがどうなったかは後で話すよ。
嫌なやつでなあ。よく年下のガキに難癖つけていじめてた。
だからリーダーにはふさわしくなかったんだが、その近辺には
 
6年生はほとんどいなかったし。ああ、スマン。野球の話だったな。
俺はそんとき調子がよかったんだ。でかいのをパカパカ打ってな。
その日。5時過ぎころだろう。10月だからだいぶ暗くなってて、
腹も減ったしそろそろ解散しようかってときだった。その後藤が
ピッチャーをやってて、俺に打席が回ってきたんだよ。
俺は調子よかったし、その日の最後だろうからってんで、
思いっきり振り回したら大ファールになったんだよ。
ボールは社殿の庇をかすめて、横手の森に飛び込んでったんだ。
それをきっかけに、今日はもう終わりにしようってことになったんだが、
時田のやつが俺に「ボール明日までさがしとけよ。もし見つからなかったら
お前が買ってこい」そう言って帰ってったんだよ。ヒドいと思ったが、
 
そのボールはみなで少しずつ金出して買ったやつだった。ゴムのボールなんて
当時でも安いもんだったが、買ってしまうと駄菓子が食えなくなる。
その頃のガキにゃ駄菓子を買い食いするのが唯一の楽しみだったからな。
それで一人残って社殿の脇に入ってったんだよ。
季節は秋だけど、常緑樹が多くて暗かったのを覚えてる。
でな、ひとしきり探して見つからないし、何だか怖くもなってきた。
それで、いちおう社殿の裏だけざっと見て、転がってなかったら
帰ろうと思ったんだ。そしたらだよ、俺が社殿の裏に回ると
けっこう明るかったんだよ。社伝の裏は山に続いてるんだが、
その斜面の少し平らになったあたりで火が燃えてて、何人かの人が
見えたんだ。で、何だろうと思って草むした登り口まで近ずいていったんだ。
 
いや、びっくりしたよ。神主の服装とも違う袖の広い白い和服を着て、
烏帽子をかぶったのが3人、その火で何かをあぶって食ってたんだよ。
そいつらはしばらく俺に気がつかないようだったが、そのうち一人が
こっちを見て、「おや、お客さんだ」って言ったんだよ。
そんとき肉が焼けるいいにおいも漂ってきたんだ。
いや、暗くて歳はわかんなかった。顔はなんだか犬に似てた気がしたよ。
もう一人が「われわれが見えるとは珍しいな。やはり禁じられてる
肉を食ったせいか」と言い「坊主、どうしてここへ来た?」と言ってきたんだよ。
俺がわけを言うと「ボール?ははあ、ここらはまだ草深いからな。
ボールは返してやる。今夜お前の家に届けてやるから、もう帰れ。
ここで見たことは人に話すな」って言ったんだよ。俺はもう怖くて、
 
後じさりするようにしてそこを降り、家まで走って帰ったんだよ。
ああ、このことは両親には言わなかったが、高校生の兄には話したよ。
まったくとりあってもらえなかったけどな。それで、その日の晩飯に
焼いたサンマが出たことは覚えてる。記憶が結びついてるんだろうな。
9時過ぎには寝た。早いと思うかもしれないが、当時はテレビも家に1台しか
なかったし、子どもにチャンネル権はなかった。
でな、俺は当時にしては珍しく自分の部屋があった。そこで電気を消して
寝たんだが、めったにないことに夜中に目を覚ましたんだよ。
2時ころかなあ、もっと早い時間かもしれない。時計は見てないんだ。
まだ真っ暗だったのでもう一度寝なおそうと思ったら、部屋がなんだか
獣臭いんだよ。そうだなあ、動物園に行ったときの臭いに近かった。
 
おかしいな、でも、気のせいだろうと思って布団をかぶったとき、
闇の中から「西本〇〇」って俺の名前を呼ばれたんだ。びくっとしたよ。
闇の中に何かがいる気配がする。だけどもちろん家の中だし、
しかも俺の部屋は2階だ。ありえねえ、そう思ったとき、
少し目が慣れたのか、闇の中にいるものがぼんやり見えたんだ。
白い和服を着て烏帽子をかぶってる。けど、人間らしいのはそこまでで、
顔は毛むくじゃらの犬・・・いや、狼みたいだったんだよ。
そいつは「ほらボールだ。確かに返したぞ」そう言って、ポーンと何かを
ほうってよこしたんだ。それは俺の頭にあたって畳の上に転がり、
たしかにあんときなくしたボールだった。「わあっ!」俺は叫んで
 
立ち上がったが、すでに気配は消えてて、何もいる様子はなかったんだ。
こんな話だよ。親を起こしてこの話をしようと思ったが、
夜中だし起こしたら怒られると思ってやめた。その後は朝まで何も
なかったよ。だから、もしかしたら俺の見た夢なのかもしれないんだ。
だけどボールが戻ってきたのは事実だったし・・・。まあそれで、
俺はその神社の境内の遊び場には行かなくなった。
ボールだけは近所のガキに預けたけどな。
だからこれは聞いた話なんだ。その翌日も時田らは野球をやった
らしいんだが、誰かがフライを打ったとき、ボールが神社の屋根の高さ
まで達すると、そのまま空に飛んでいって見えなくなったってことだった。
これを話してくれたやつによると、ボールの軌道が急に変わって
 
空に吸い込まれるように消えたんだそうだ。うーん、さすがにこれは
そいつの見間違いじゃないかと思うけど、わからない。
俺の部屋に来たもののこともあるしな。
あとは後日談だよ。時田は中学校高校で野球部に入り、剛速球で有名になった。
甲子園では2回戦どまりだったが。で、ドラフトにかかって当時の
阪急球団に入ったものの芽が出ず、2軍でくすぶってるうちに交通事故を
起こして死んだんだよ。いや、これはたまたまだろう。神社でのこととは
関係ねえと思うよ。だって神様が、たかがボールくらいのことで人の命まで
取らないだろう、なあ。それにしても、俺が山の中で見たやつらと、
俺の部屋に来たやつは何だったんだろう? 同じやつだったのかな。
それが不思議で、ここに話に来たんだよ。ああ、あの神社は今でもあるよ。
 
あいかわらず はやってないようだが。けど、このことがあってな、
なるべくその類のものには近ずかないようにしてるんだ。何があるかわかんねえから。
 
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