喪失の先の希望に出会う100分間。いつもより大きな文字で届ける厳選名作
出先でばったり会ったのは、もうずっと会っていない幼なじみののんちゃんだった。彼女と話すうち、共通の知り合いである中学の同級生だった成井くんに同じ時期に二股をかけられていたことに気づく。勢いで二人は成井くんに電話をかけることになるのだが。
手に取った時に以前に読んだことがあるのは分かったんですが、あまりにも美しい本なので購入しました。
125ページほどの本ですが短編が5作も入っていましたのでそれぞれかなり短い作品ですが、どれも良かったなあ。
なんと言っても表題作の『みんないってしまう』が好きです。
何十年ぶりかで偶然にデパートで幼馴染と出会い、話に花が咲く。色々な昔話、昔の知己の噂など話すうちに思いがけないことがわかる。それはもしもっと若い頃にわかっていたら二人の仲が断絶するような内容だったけれど、今となってはまるで笑い話のように語れる。主人公は色々話をしているはずなのに自分の今の状況は実は語っていないんですよね。そんなところも抑制が効いているというのかとても大人なんです。子供もいるし、孫もいるような年代なので60近いくらいの二人です。
タイトルのようにみんないってしまう。別れたり、縁が切れたり、亡くなった知り合いもいるだろう。いくら大切に握りしめても手のひらからこぼれ落ちていく。失って、失ったことさえ忘れ、そしてまた何かと巡り合う。そんな人生の美しさが描かれています。
『不完全自殺マニュアル』は母親の死をきっかけに何もかもに価値が見いだせなくなった主人公。死んじゃおっかなみたいな気持ちだったんだろうけれど、誰でもそんな気持ちになることはあると思う。何か歯車が狂うと今までちゃんと出来ていた、うまくいっていたと思っていた事までもが全く違う景色に見える瞬間。星野くんのキャラクターがとても良かった。
『片恋症候群』は主人公がストーカー的な行動をする話でだいぶ不気味です。やっぱり普通の人間でもちょっとしたきっかけでネジが緩んじゃうことがあるのかなと思う。
『裸にネルのシャツ』は同棲相手にこっぴどい振られ方をした主人公のところにその元彼から連絡が入るという話。なんというか自分ならどうするだろうと思ってしまう。復讐じゃない、でもどうするのが正解なのかなって思ったらやっぱり手を差し伸べるわけにはいかないかなと思う。恋愛問題じゃなくて人間として考えてしまうラストでした。
さすがは山本文緒さん。
そう思うと山本さんの新作がもう読めないのは読書好きにとって大きな痛手だなあと思う。
もっともっと読んでみたかったです、山本先生。
100分間で楽しむ名作小説は美しいので集めたくなっちゃいます。
今は『夜市』が欲しいなあと思っているのですが、地元の書店には置いてなかったな。


