在フランス保険医療専門家ネットワークの定例会において、小児神経科医の大久保真理子先生のご講演内容を掲載させていただいております。中編はこちら→

 

遺伝性筋疾患の治療方法 -DMDに対するエクソンスキップ治療

 このように日本で研究をしていた数年間で、遺伝性筋疾患の診断や機能解析の研究に携わってきましたが、治療研究は私にとってまだ未知の領域でした。遺伝性筋疾患の治療には、大きく分けて対処療法と根本治療があります。根本治療はまさしく遺伝子治療で、変異そのものを修正する、または正常な働きをもつ遺伝子を付加するなどの方法があります。近年、遺伝性筋疾患に対する遺伝子治療法が開発され、臨床応用も始まっています。メインとなっている疾患はDuchenne型筋ジストロフィー(DMD)と脊髄筋萎縮症(SMA)の2つです。(図7) 

 この2つの疾患は、遺伝性筋疾患の中では比較的患者数が多く、遺伝学的診断方法が確立されており、変異の分布も明確であることから、治療法開発が進められていると考えられます。DMDの遺伝子治療法の1つであるエクソンスキップ治療は日本でも開発研究が進んでいる重要な治療法ですので、今回簡単にご紹介します。

 まず、病気そのものの説明ですが、筋肉が壊れてしまい再生が追いつかずどんどん筋力が弱くなってしまうのがDuchenne型/Becker型筋ジストロフィー(DMD/BMD)の病態です。同じ原因遺伝子(DMD遺伝子)の異常によって生じますが、DMDはとても重度で10歳までに歩けなくなってしまうのに対し、BMDは症状の幅が広く、16歳以降で歩けなくなる方もいれば、症状が軽くスポーツ選手になった人もいます。この違いはなぜ起きるのでしょうか。

 DMD遺伝子変異の約7割がエクソン単位の欠失で生じます。具体例を図8に示しました。Exon52(3の倍数ではない)が欠失した場合、それ以降のアミノ酸の読み枠がずれる→途中でストップ変異が出現する→ジストロフィン蛋白がつくられなくなる(アウトオブフレーム)、そのためジストロフィン染色でもジストロフィンが全く染まらなくなります。その一方、Exon51と52の2つのエクソン(2つ合わせると3の倍数)が欠失した場合には、読み枠はずれないまま、短いジストロフィンがつくられ(インフレーム)、ジストロフィン染色ではジストロフィンが部分的にそまります。このようにジストロフィン蛋白がまったく作られないのがDMD、短いジストロフィン蛋白が作られるのがBMDであり、この違いが重症度の違いになります。

 このアウトオブフレーム、インフレーム理論を利用したのがエクソンスキップ治療です。(図9)

Exon52が欠失したDMDの場合、Exon53も一緒になくしてしまうことで (Exon53スキップ)、短いジストロフィンがつくられ、BMDの状態になります。このExon53スキップは、exon52欠失の患者さんだけでなく、図9に示したようにexon 43-52欠失、exon 45-52欠失など他のパターンのDMD患者にも有用であり、全DMD患者の約10%が適応になることがわかっています。このように遺伝子変異の種類やその性質がわかっているDMDに対しては、治療法の開発が進んでいます。

 

遺伝性筋疾患の治療方法 -今後と私の現状

 しかし、まだ治療法が開発されていない遺伝性筋疾患は多く存在します。私は、そのような疾患に対し、治療法を確立することを目的に現在、フランスの研究室で遺伝子治療法を開発しています。私が対象としている遺伝性筋疾患はラミノパチーと呼ばれるLMNA遺伝子の異常が原因で引き起こされる希少疾患で、フランスでは数百人ほどの患者が報告されています。ラミノパチーは、骨格筋だけでなく、心臓にも障害を来し、突然死を引き起こします。そのため、この疾患の治療法開発はとても重要です。現在、ラミノパチーのモデルマウスを用いながら、新しい治療法を開発しています。もちろん、最終目標は臨床で患者さんを治すことですが、そこに至るまでには長い道のりがあることを痛感しながら、日々研究に励んでいます。

 

 さて、ここまで真面目な話を長くしてきましたが、研究生活はもちろんのこと、パリの生活も楽しんで過ごしています。研究者として医者として今後日本に戻ってどのように働いていくかまだ決めかねていますが、公私共にパリを楽しんでいきたいと思います。

 

 大久保真理子先生、この度は、貴重なご講演や記事のご監修をいただき、本当にありがとうございました。先生が日本を代表する女性研究者として、最先端の研究やご活躍をされていることを知り、私も非常に嬉しく思っています。

 何より今後、遺伝子治療の糸口が見つかることを願ってやみません。