掃除屋は汚れを取る仕事。
片付けをして気持ち良い空間にする仕事。
相手のことを思う仕事。
お年寄りのご家庭であれば高いところの掃除が
行き届かなかったり、庭の雑草取りをしたいけど腰が悪くなって出来なかったり、電球を交換するのも一苦労。そういった掃除ではないけど、その人が困っていることにも耳を傾ける仕事。

掃除はお寺の修行の一つ。
精神を健全にする仕事。
片付けることによってエンプティな空間が生まれ
精神と空間に新しいエネルギーが入ってくる。
そのお手伝いをさせて頂く仕事。

隠を陽に変える仕事。
ネガティブをポジティブに変える仕事。


一つの効率の良いループを永遠とやり続けること。シンプルにまっすぐそのループを。
継続は力なり。

掃除屋は汚れの物質が何なのか分かってないと
効率よく落とせない。だから化学物質に興味を持つ様になります。
そしてその化学物質が人体に影響があるから、
対象物を痛めてしまうから、なるべくナチュラルなものを使いたいと思うようになります。だから
自然物質にも興味を持ちます。

掃除屋は西洋医学的でもあり東洋医学的でもあります。言い過ぎました笑笑。感覚的で。

世界はより地球のことを考え、地球と共存していくことを最近になってエコという言葉を具体化しているように感じます。私もそうです。

化学物質を使ってキレイにするのはいいけど
他が汚れているでしょうと。
便利なもの作ったけど、環境的にはあまり良いものでないとか。

この前も豊田市の自然豊かな山奥の店舗で床の清掃をした時も、汚水はそのまま自然には戻せないのです。

かといってエコな洗剤だからといって何も処理せず川に大量的に流していいわけでは当然ないと思います。難しいところです。

ただ私的に一つ言えることは
「地球のことを少しでも考えている」という事が大事だと思います。みんなが少しでも考える
様になったらかなり変わると思います。


私達はこの地球という家に住んでおり、この家には沢山の生命体が同居していて、共存していかなければならないということです。

地球を壊しているのは誰か。自然の摂理に反して行動しているのは誰か。

西洋文明と共に自然は失われていった。
便利な時代にはなりましたけども。だから発展は悪いことではないが果たしてそれがベストなのか、いやそうではない。

人間は草一本生やせれない。
生やすのは自然だ。
全ては自然が教えてくれる。
自分の存在を。自分がこの宇宙の中で
ミジンコの様なものであると同時に
神でもあるということを。

特に日本人は全てのものには神が宿っていると
考える民族。それは世界的に見ても
優れた精神を持った民族だと思います。

ワールドカップの競技場を負けてもキレイに掃除をして帰る日本人を世界が真似しようとしても
DNAで受け継がれてきたものだから真似したくても出来ない。

掃除を深く追求していくと全てと繋がる。
地球のこと、心のこと、自然のこと、体のこと
全てリンクしていて、興味を持つ様になり
全て繋がっていることを感じる。

不安などは一切無くなる。
今という存在こそが全てであり、
何もしなくても輝いていると感じると同時に
全ては与えられると思っている。
そして自分の存在は自然がおしえてくれる。
自然は
そのままでいいのだと。
我が道を行けという。
そしてそれでいいのだと思わさせてくれる。

「稲穂や猫じゃらしが風になびいて踊る様に。
空に溶けていく雲が形にこだわらず、変わりゆく様を惜しまずに、ただ流転する運命に運ばれて、
空の普遍に身を委ねている様に。」by志人

私がシンクロしたラッパーの志人さんのリリックです。彼は悟っている。