小さなクリニックの新進院長の ブログ

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都内で医院を開業して5年が経ちました。つれづれなる想いを書いていきます。よろしくお願いします。

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 私が東京都大田区の区立小学校から世田谷区の私立中学校に入学することになったのは、近所の人の勧めによるものだった。5年生になり慌てて自宅近くの本屋で問題集を買い、家庭教師を付けてもらって必死に勉強した結果、幸いにも入学試験に合格することができた。通うことになったのは当時創立15年目という、比較的歴史の浅い学校だった。
 15年といえば、校風といえるものもほとんど確立していないような黎明期に当たる。その頃に限っての話だが、学校ではほとんどの授業で文部省検定教科書を使い、あくまで教科書をベースに授業を進めていく点では公立学校的な性格が色濃かった。しかしその反面、しばしば教科書を逸脱した内容を展開することも多く、気が付けばその範囲は膨大な量に達していた。しかもそれを生徒が吸収できるかどうかはあくまで個人個人の学習に委ねられるという、形の上では放任主義を採っていた。それは意欲に溢れていて勉強が好きな生徒にとっては、これ以上ない学習環境だったと思う。
 しかし私にとっては、授業スタイルが自分と合わない上に、虚弱体質でしばしば学校を休みがちだったこともあり、学校生活が段々苦痛になっていた。学校に行く意義も見失い、目標を何に置けばいいのかも分からなくなった。
 そんな中、私の救いになったのは、学校の図書館の極めて充実した蔵書であった。本には惜しげもなく資金を投入するという方針があったのだろう、大好きな推理小説だけでも相当な分量の本があった。昼休みになると足繫く通い、海外の名作推理を貪り読んだ。エラリー・クイーンの『Xの悲劇』、アガサ・クリスティの『アクロイド殺害事件』、ヴァン・ダインの『グリーン家殺人事件』、ディクスン・カーの『帽子収集狂事件』など、読み進むうちにどれだけ引き込まれ、どれだけ楽しい時間を過ごしたことだろう。
 もう一つ救いだったのは、中学2年からのホームルーム担任の吉田稔先生という方だった。数学の先生だったが、中学校では道徳の授業もされていた。先生の柔和で実直なお人柄と重なり、ただ道徳の教科書の朗読を聞いているだけで感動し、お話の一つ一つが心に沁みた。内気な私がやっとの思いで先生に話しかけると、いつも笑顔で、余計なことは一切質問せずにただ耳を傾けてくださった。誰に対しても同じような態度で接し、生徒のことを好き嫌いで依怙贔屓することなど全くない先生だった。私は高校3年まで計4回吉田先生の担任に当たり、本当に幸運だった。後年、私が社会人を経て医学部を再受験することになった時にお目にかかり、少しも変わらないお人柄に安心した。それから大分月日が経ってしまったが、今はどうしていらっしゃるのだろう。お元気だといいのだが。
 中学校の頃を振り返ると、腹の底から笑うようなことは少なかったが、自己の内面を醸成する上では膨大な自由時間を与えてくれた時期だった。「自分とは何者か」という問いに、おそらく生まれて初めて直面したのがこの頃だった。その問いに対する答えを探すことは、自分の内面だけの孤独な作業だが、いま思うと、若い頃の試行錯誤の一コマ一コマがほろ苦くも楽しかった。
 

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