そんなことがあっても、翔はサトシの森へ行くことを辞められなかった。
行くたびに、帰宅が遅くなっては罵倒され。
泣きたい気持ちを昇華するためにまた向かう。


ランドセルを背負ったままだと、枝に擦れて傷が付いてしまう。
どこへ行っているか、バレてしまうかもしれない。
そう考えた翔は一旦、家に戻ることにした。
潤に見つからないように、自室ランドセルを置いて。
オヤツを持ちだして。
サトシが待つ、あの空間に向かった。


サトシに会っても、何をするわけでもない。
泣くこともほとんど無くなっていた。
持ってきたオヤツをサトシと半分に分けて。
食べながら、ポツリポツリと話す。
普通の小学生なら母親に話すような、学校での出来事。
翔には、そんなことを話す相手も家にはいなかった。

サトシはオヤツを食べながら、翔の話をジッと聴いていた。
頷くでもなく、相槌を打つでもなかった。
それでも、ちゃんと話を聴いてくれている、と翔は分かっていた。
返ってくる言葉が、翔がかけて欲しい言葉だったから。

別れ際。
いつもサトシは可哀想にね、と抱きしめてくれる。

「翔は僕の愛し子だよ」

その穏やかなサトシの声を聞くと、翔は涙が出そうになる。

体に回してくれるその腕の温かさこそ。
自分を愛おしいと言ってくれる言葉こそ。
翔が本当に欲しいものだったのかもしれない。



翔は無条件に愛されることがなかった。
母に抱かれた記憶もなく、父親に可愛がられることもなく。

ありのままを受け入れてもらえる経験もなかった。
サトシが受け入れてくれていることを、感じていたのか?
母親に向けるような気持ちを翔はサトシに向けるようになっていった。