何回もそんなことを繰り返した。
手ひどい罵倒がだんだん、その意味が理解できてきて。
翔は櫻井の家における自分の立場を理解するようになった。

現当主の長男で、櫻井の跡取り。
だが、妾腹の生まれだった。

翔を産んだ母親は産んでしばらくして、暇を出された。
元は櫻井の家に行儀見習に来ていた、遠縁の娘だった。
実家に戻ってすぐに遠方の地に縁付いたらしいと翔は噂で知った。

父の正妻を翔は母と呼んだことはない。
あの女もそれを望まないだろうし、認めないだろう。
あの女と思うだけだ。



あの女が孕んだ。
櫻井の家に嫁いできてから、もう何年もずっとその気配はなかった。
親戚が集まると石女と呼ばれていて。
里に帰してはどうか?
妾を持ってはどうだ?
と、あの女の前でこれ見よがしに父は親戚に勧められていた。
父がそれをどう返したのかはまだ幼い翔は聞くことはなかった。

そのうっぷんを翔にぶつけていたのか・・
孕んでからは、翔に辛く当たることもなくなった。

大きくなったお腹を大事そうに手で撫でては、柔らかな笑顔を浮かべる。
自分には向けられたことのない、その顔を翔は物陰から見ていた。

自分を産んでくれた母もあんな風にしてくれていたのか?
自分が入っているお腹を撫でて、笑みを浮かべてくれたのか?
知ることはないが、翔は母がきっとそうしていたと信じた。

あんなにも、酷いことを言うようなあの女ですら・・・
自分の子供には優しくなれるのだから。



あるとき、機嫌よさげに、あの女が翔に話しかけてきた。


「この子が生まれたら、翔さんは跡をついでもらわなくてよくなります。
自分の好きなことをなさい」


しばらくして、男の子が生まれた。
潤と名付けられた。