『殺人症候群』 | 深読みレビュワーの戯れ言

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小説や映画についてテーマを深読みし、牽強付会な解釈を披露します。

貫井徳郎さんの作品は数年ぶりに読みました。
私にとっては、これが三作目です。

初めて読んだ『慟哭』は、最初の数ページでオチが見えてしまいました。

次に読んだのは『誘拐症候群』。今回取り上げる『殺人症候群』をふくむ「症候群シリーズ」の2作目にあたります。
法で裁けない悪を追うため、秘密裏に設置された警察外部の組織が存在するというのがこのシリーズの設定のようで、その点では自衛隊に付属する秘密組織“ダイス”が活躍する福井晴敏さんの一連のシリーズと類似点があります。

が、福井さんの諸作品とくらべ、『誘拐症候群』の完成度はかなり劣ってました。
何年も前に読んだのでうろ覚えですが、作中の誘拐事件について、警察ではなく警察外部の秘密組織が担当する必然性に、あまり説得力がなかったような印象が。

また、テーマになっている差別問題の掘り下げが不十分で、韓国人を差別する登場人物の造型がステレオタイプ過ぎました。

シリーズ3作目にして最終話にあたる『殺人症候群』ですが、1作目の『失踪症候群』、2作目の『誘拐症候群』を遥かにしのぐ完成度という噂はかなり前から聞いてました。
それでも今まで手に取る気になれなかったのは、傑作と言われる『慟哭』ですら、私にはオチがすぐ分かってしまったこと。
それで、「『殺人症候群』もせいぜい、『慟哭』程度の完成度だろう」と先入観をいだいてしまったのです。

実際読んでみて、それが誤りだったと素直に認めます。
グイグイ引き込まれ、700ページほどをあっという間に読み終えました。
本作にも『慟哭』同様の叙述トリックはありまして、その部分はやはり私の予想は当たってしまいました。
が、そんなのは些細な問題です。

『誘拐症候群』と違い、
警察外部の秘密組織が事件解決を担当する必然性にこれ以上ないほどの説得力があり、
また、テーマの掘り下げの深さは比較すべくもありません。

「未成年者による凶悪犯罪と、未成年犯罪者によって愛する者を奪われた遺族たちの苦しみ」という点では、宮部みゆきさんの傑作短編『燔祭』をはじめとして、日本のミステリー作家がいっとき、競うように発表してました。それこそ、トラウマによる多重人格者が登場する作品に次いで、数の多さではトップクラスのジャンルかもしれません。

その中でも、『殺人症候群』の完成度は群を抜いてるかも。
テーマの掘り下げが深いだけでなく、視点となる複数の登場人物たちの心理や行動に説得力があるから。

実を言うと、テーマの掘り下げが深いといっても、新味はそれほどありません。
それこそ宮部みゆきさんをふくむ他の作家の諸作品でも繰り返し述べられていることが、形を変えられているに過ぎないと言えなくもありません。

『殺人症候群』が突出しているのは・・・
「登場人物と同じような経験をしたことがない、
つまり実際に愛する者を犯罪で奪われたことがなく、
犯罪報道を見聞きし、いっとき怒りをおぼえる程度の経験しかない一般読者
の共感を誘う」心理や行動の描写だと思います。

実際の犯罪遺族たちの心理をありのままに文章にするのは、どんな天才作家でも無理だと思います。
どんな天才作家が実際に犯罪遺族になったとして、多くの読者の共感を得るように書くことも。

私の身近に犯罪遺族がいますが、
その人たちの心情をありのままに書けるかどうかと、
多くの読者の共感を得られるかどうかは、
まったく別次元の問題のはず。

この点、『殺人症候群』の登場人物たちの心理や思考の描写は、犯罪遺族になったことがない一般読者から見たとき、「自分もきっと、こういうことを考えるだろう。復讐する手段と機会があれば、同じことをするだろう」と思わせます。
かなりのボリュームなのにあっという間に読了できたのも、間違いなくそれが理由です。

ただし、貫井徳郎さんは読者に媚びているわけではない。
登場人物による犯罪者への復讐や制裁を成就させることで、読者にカタルシスをおぼえさせるようなことはしてません。

私はクライマックスにさしかかったところで、「おいおい、マジかよ・・・・・・読まなきゃよかった・・・・・・」と心底から思いました。
かなりの嫌悪感と喪失感に胸を埋め尽くされ、貫井徳郎さんに対しリアルな憎悪をいだいたほど。
さらには、「俺が書き換えて、登場人物たちにハッピーエンドを迎えさせてやりたい!」とすら思いました。

この記事がキッカケで興味を持った人がいたら、忠告します。
読むにはかなりの覚悟が必要です、と。