青森のパレードを想う

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24日(日)第5回青森レインボー・パレードに参加してきました🌈🍎


 とても良い時間、と書いてしまうとちょっと軽く聞こえてしまうんだけど、私なりの大切な青森レインボーパレードへ感じた気持ちを少しシェアできたらと思います。



ご縁があって去年から参加している青森レインボー・パレード

実は去年青森のパレードで歩くまで、わたしは東京でもレインボー・パレードに参加したことはありませんでした。


東京生まれ東京育ちの私には、わたしには故郷と呼べるものがありません。

住んでる地域の小学校にも通えなかったから地元の幼馴染もおらず、地元の友達もいない。

故郷や地元がない私には、夏休みに同級生が田舎に帰るという言葉をきくと羨ましかったものです。


青森でパレードに参加するということは、地元にの人にとってどういうことなのだろう。地方といわれたところだとどうなんだろう。


そこの街の人が、自分を知ってるって環境はどうななんだろう。

セクシャルマイノリティであったり、誰にも言えないことを胸の内に爆弾のように抱えて生きていたらどうなんだろう。


地元を故郷として持たない私にとっては計り知れない部分がありました。


一年前に青森のパレードに出て1番衝撃だったのは、街に人がいないこと。

東京は平気で人がぶつかるほどの歩行者がいるけど。青森にはいないことでした。


歩いてみた結果、楽しかったし、なによりも、説明ができない、ざわざわとした、心を揺さぶられるような気持ちが自分の中に湧き起って、その気持ちが何なのか説明できず、、、それもあって今年も続けて、青森のパレードに参加したいと思いました。


歩いていると、最初だけ雨が降ったあとのピカーン晴れで眩しいし、サングラス越しでしか直視できないほど、

昨年より街にいる人たちの姿、応援の声も視線も感じすぎて、何度も歩きながら涙が溢れてしまった。

何故涙が出るのか、揺さぶられてる正体こそ知りたいのに、歩いてる時はこみ上げてる感情が先走って、気持ちなんてわかんない。


その時、沿道にいた若い女の子がこっちをこっそりうかがってるような?意識と、目からではない視線を感じました。


見た目からゲイダーが反応するけど視線も合わないしどっちかな?とおもってたら、信号が青になって列が動き出した一瞬に、こちらにそっと手を振ってくれた。


その瞬間、自分のなかで揺さぶられてる感情の正体が少しわかったのです。


パレードはここにこれない人のためにある、という言葉の通り、ここに誰と歩いてるかだけではなく、このパレードの存在こそが、わたしたち、いや私、一人。

一人の存在こそが大切なんだということ。


よくそういうことが、LGBTを語るときに言われる文言でもあるような気がするけと、今まで実感したことなんてなかった。

特に私なんて、LGBTQを象徴するような二丁目にいて、当たり前すぎる場所として世界を見ていると、その感情をどんどん忘れていく。


今回、もういちど、パレードを歩くことで、沿道から東京のパレードを眺めている頃の自分を思い出した。


東京という街で、私がひとりぼっちだって思ってた多感な時期は、人が多いからこそ感じる孤独に、絶望していた。

だけどはじめてインターネットで知ったLGBTコミュニティを見つけた瞬間や

学生時代に遠くから眺めていた憧れていた新宿二丁目とか

いつもそこに人がいた。

その人たちはまだお話もしたことがないけど、たしかにあの頃のひとりぼっちと感じていた私を救ってくれるまだ見ぬ未来の希望の存在だった。



あ、私の存在が、誰かの希望になるってこういうことなんだ。

いままでそれなりに考えて、メディアには積極的に顔を出してきたほうだとおもうけど、それをみたいつかの誰かに励みになるといわれても、なんてことなく、実際にそれがどういうことなのかわからなかった。

この、パレードで歩かないとわからなかった。



私の故郷は、しいていうなら、新宿二丁目、とおもえたのはこの数年。

たかが十数年だけど街の変化を肌で感じて、人からしたら排他的で狭くて汚い場所だといわれたらそうなんだけど

私にとっては誇らしく生きたいとおもうコミュニティがここにはあるわけです。


私はLGBTであることで今現在、差別を受けているとかあまり感じない環境にいるし、もともとこれといった思想もたいしてないのだけれど、

自分が大事にしたい人やモノやコトや( 生き物全般や )

面白いって思ったことや、良い!好き!って思うことを昔から行動にどんどんうつしたいとおもってる。


そうすることで、いろんな人がまたワクワクする繋がりができたり素敵なことに触れたりする。

そこでできた居場所は誰のものでもない。

そんなことも含め、自分のセクシャリティとむきあってからというもの、人と繋がっていく楽しさを、二丁目コミュニティから知ることができました。


そんなひとりぼっちと感じていた、沿道にいた頃の私へ、一つの希望と救いと伝えてあげたい気持ち。


今の私は、雨が降った時、傘をさして、他の誰かと一緒に、その傘に入ってるそれだけのことができるんだって思える瞬間、すごく柔らかい気持ちになれたんです。


今年も一緒に歩かせてもらえて本当によかった。



青森のパレードを歩いてる人の意識もみなとても高かった。

歩行者とのすれ違いに気をつけながら一人一人が歩くことに思いがあって、とても街に寄り添って大事にしてるようでした。

ここにいるみんなが誰かに雨が降ったときにすかさず傘をさせるようなそんな気持ちでいるような、、、。

年齢も性別も性指向も性表現もばーらばらの青森レインボーパレードは、街にカラフルな世界が広がり、

まさに虹がかかっていました🌈


だれにも型をはめられないことの時間の大切さ

尊厳、繋がり。選択できることが大事さ。

LGBTQとかいう言葉の枠すらもどーでもよくなってしまう

ゆるいコミュニティ

ゆるゆるしてて、ひろくよわく繋がっていること、それが大事なんではないかと常に思うのだけど

それを体感出来たということが、嬉しかったです。



こぎん刺し缶バッチ。もっとほしい!


青森のパレードは、2014年から3人で始まり、24→45→101人と続いて、今年はついに170人を超え。


続ける素晴らしさ。実行力。そしてそこにあるスピリットの部分。

尊敬してやまない実行委員会共同代表のそらにじの宇佐美翔子さん。岡田実穂さん、そしてスタッフの皆さん、お世話になりました。ありがとう。


いつも翔子さんは、真剣に笑わず私の話に向き合ってくれて、それでいて楽しく温かくて、

大事なことに気づかせてくれます。

勝手に師匠のような、お姉さんのような気持ちで慕わせてもらってます。


私個人ではなんだかんだ長いこと、子供が欲しいとおもうLGBTに対しての交流をする場を作ってきて、それが今こどまっぷという団体になってます。

今回もどろぶねとしてというより、こどまっぷとしてLGBT当事者たちが、子供を持てる未来があることも知って欲しくて、伝えたくて歩かせていただいてました。

(もちろん地方は子供への選択肢がある以前に、セクシャルマイノリティの生きづらさや、きもちの問題のが有ると行くたびに痛感してます)


それでも、新宿二丁目という場所でお店を持つことへの誇りと想いと、大事なこどまっぷでの私があっても

それが上手に人には伝わらず

時々だけど、心無い言葉を聞く時に、青森でそらにじというお店を誇りをもってオープンしていて、さらにセックスワーカーの権利や安全を守る活動をしている先輩翔子さんに、あいたくなるのです。




来年から実行委員の方は変わって、パレード誰かやらないかとアナウンスがありました。

もしも又誰かがそのバトンを引き継ぐなら、一緒に歩けたら良いなぁ。そして青森だけではなく、ご縁があったら他の街でも。



あらためて、青森のパレードに関係したすべての皆様に感謝しています。

本当にありがとうございました。






余談


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9/1!

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