叶えたいことが叶わない理由は 原因を正しく理解していない からです。
その原因は「潜在意識」に眠っています。
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各対面メニュー対応可能日について予約スケジュールはこちら先日書いたお客さまのご感想記事。
この記事を読んで下さったご本人から
新たにメールをいただきました。
個別にご返信させて頂くよりも
記事にすることで必要な方に届く方が
喜びが倍々で増えますから
考察とシェアを兼ねて記事にします。
今日の記事は長さ・内容ともに読み応えありますよ


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二度目だし、、と
悩みに悩んで受けたコンサルでしたが
受けることが出来て本当によかったなと
改めておもっています。
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「悩んでいる」
その時点で【それの機会を与えて欲しい】と
自分自身の深いところがSOSを出している。
その時点で【それの機会を与えて欲しい】と
自分自身の深いところがSOSを出している。
それなのに思考側の自分は打算や計算や体裁で
物事を図って「悩む」という行為で正当化して
それを自分へ与えない選択をしてるんですよね。
よく書くことですが
悩んでいる間も時間は流れています。
早く楽になりたい・解放されたいと思いながら
たった今ここの選択として「悩む」ことを
ご自分自身へ与えていれば貴重な時間を
悩んで苦しい時間へと充てることしかできません。
ご自分自身が与えるものが結果であり現実です。
悩み・苦しみ・不安を選んで、それを選択し
そこに浸りこむ時間をご自身へ与えていれば
どう転んでも受け取る結果は
【悩んで苦しい答えの出ない世界】
にしか成りようがありません。
意識していないところで世界が創られてしまう。
こうやって自分の世界を創り上げているんですね。
散々悩んで苦しい感情そのものはあっていいけれども
最終的に自分はどう成りたいか・成るのか・成ろうとしているのか
たった今ここの選択として自分へ何を与えるか。
現実を変える切り札はこれですよ。
そのカードも切らないで悩んで
考えることへばかり時間を費やすのは
もったいないですね。
脳は同時にふたつのことを考えることができませんから
不幸に浸りそのことを考えながら
幸せなことを考えることは出来ません。
良くも悪くもその時はそれに専念して集中しています。
(執着しているとも言いますね)
たった今ここの自分を幸せにしてあげるために
この私は私に何ができるか。何をしてあげられるか。
(例:もう悩みすぎてしんどいからちょっと寝ようとか
もう悩みすぎてワケが分からないからおやつ食べようとか
ほんのちょっとだけ「動き」をつける何かをすればいいです。
関連性はなくて大丈夫。問題ありません。
とにかく「そこへ長くとどまらないこと」です。)
そういう視点を持つ癖をつけていくと
『どうしようかと悩む』ことも減っていきます。
(目的意識が強くなるから選択しやすくなる)
執着しているときは
「そこしか」「それしか」
見えていません。
本来見えているはずのものさえ
全く見えなくなるんですね、この時ばかりは。
自分自身の視界を広げるためにも
意識して他を見る・動くことはとっても大事です。
命という時間は無限ではありません。
「死」は誰にでも必ず訪れる以上有限です。
限りあるこの1分1秒を何に使って
どんなことをご自分自身へ与えたいか。
人生のエンドはみんな決まっています。
そこまでの限られた時間を
不安・悩み・苦しみで長く過ごすのか
そういうこともありながらも
解放された「楽さ」の時間を多く過ごすのか。
常にこういう意識でいることが
深みにはまる抑止力になりますよ。
引き寄せとは言いながらも「死生観」を持つことは大事。
スピの世界ってふわふわきらきらしたもの
という印象が強いと思いますが
本当はもっとガチの生き死にの世界です。
死ぬ時に「色んなことはあったけど良い人生だったな」と
呟きながら死ねたら本望だと思わない?
逆境はただの好機へ踏み出す一歩に過ぎません。
だから逆境や望まない現実に対して必要以上に
怖がらなくても、心配しなくても大丈夫なんです。
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自分の気持ちに向き合っていたら
彼はこんなだもん!!;;
それならやめたほうがいいじゃん!;;
もういや!!!
と、拗ねたわたしが出てきて
今までなら、まさにその拗ねと一体になり、
未来の不安や、具体的な対応策に悩んでいましたが
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一体どこの誰と「向き合って」いるのか。
これはですね、罠にはまっていますね。
「自分の気持ちに向き合っていたら」
こう書いてくださってるんですが
向き合っているのはご自身ではなくて
【相手してくれない彼】
を向いてるんです、これ。
そしてこれ、盛大にご自分を責めてるんですよね。
ここまでこうして相手も自分も当たり前にずっと
責めてしまうと潜在意識へは
「恋愛 = 私を不幸にするアイテム」
として情報が伝わり続けます。
潜在意識は「ダメ」を避けさせてくれますから
どんどんどんどん彼から、恋愛から
あなたを守ろうと遠ざける働きをしてくれます。
さらに
イ:彼がこんなんだから → ロ:それならやめた方が良い
というようにしてイとロを
勝手に関連付けて結果を決めている状態。
こんな八方塞りなのって
やっぱりしんどいですよ、どうしたって。
イ:彼がこんなんだから
ロ:きっと未来はこうだろう。
なんて決めつけるとそこで終わりです。
彼と幸せにならない未来へ向かって
がっつり身体は進んでいるのに
首だけ違うところを向いたままでも
そちらへは進んでいけません。
【こうだろう】って決めてるの誰?
ってこと。
イとロには何の因果関係もありません。
現実がどのようであっても関わりを持たせないとは
イ:彼はこんなんだけど
ロ1:私はこういうのがいい。
ロ2:私はこういうのを望んでもいい。
こうして切り返すことです。
その発想をまず自分の中に持つこと。
こうやって繋げても全然いいんですよ。
だって因果関係なんてないんだから。
それに自分の人生なんだから
遠慮することなんかどこにもないんですよ。
不幸になることは手加減なく
遠慮なくそこへ身を置くのに
成りたい自分に成ることに対して
遠慮しすぎなんですよね。
遠慮というか「そんなのに成れるの?」という
疑いの目を向けることへ遠慮がないというか。
それで結局しんどいの誰?って言ったら
あなたご自身ですからね。
イ:彼がこんなんだから → ロ:それならやめた方が良い
というこれだって
本当に因果関係なんてあるのか?
ですよ。
現実なんて意味付け次第でどうとでも変わるような
そんな曖昧なものなのに、そこを基準にして
全てを決める必要などありません。
目の前の現実はそうかも知れないけれど
今ここの選択で次が創られるのに
今ここの選択しないで
【継続させているのは誰や?】
ってことなんです。
そしてこの
イ:彼がこんなんだから → ロ:それならやめた方が良い
これは軸足がどこに置かれているか分かりますか?
これ、軸足が『彼基準』なんですよ。
「彼がそういう態度だから私はこう成るしかない」
だから
【お相手に変わってもらおうとする】
という心理が働くんですね。
だけど思うようにいかないから余計にいらいらする。
彼にこうあって欲しい・こうして欲しい
ではなくて
【私は彼とどうしたいのか。】
【私は彼とどう成ろうとしているのか。】
ここです、決めるのって。
まず、自分の在り方を決めるんですよ。
彼がこうしてくれないから決められない。
という物の見方・考え方でいると
いつまでたっても決められないし変わりません。
要は「彼が変わらないと私は幸せになってはいけない」と
ご自分自身に対して【制限・禁止】しているんですねこれ。
常に
「私はどうしたいのか。どうなりたいのか。」
ここです。
目の前の現実や、お相手の態度から
一度あなたを解放してあげるんですよ。
そしてその上で
「私はどうしたいのか。どうなりたいのか。」
これを決めるんです。
分からない・決められないようであれば
一旦放置でいいです。
無理してひねり出してまで決めることでもないので
ゆっくりじっくり決めていったらいいです。
あ、ちなみに。
「拗ねたわたしが出てきて」とありますが
彼に対して「拗ねるわたし」ではなくて
【いつもあなたにこっちを向いて欲しいのに
こっちを向くどころか他ばかり見るあなたに対して
拗ねているわたし】です。(長い。笑)
コンサルでそのご自分自身を見つけて
大号泣とともに仲直りされたのでね。
きっとじわじわと優しい現実がやってきますね。
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今までも記事で書いてくださっていたはずなのに
やはり体感は違うなとおもいました。
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脳は良くも悪くも「慣れる」機能を持っている。
そして簡単に「騙され」てしまう。
そして簡単に「騙され」てしまう。
そりゃそうですよ。
目が慣れただけのことと
体感は違って当然です。
だからどんなことでも【実技試験】があるんですよ。
「分かったつもりで分かっていなかった」
これは本当によくお聞きしますが
こういう場合
ブログの記事や本をただ読んでいるだけ
なんです。
読んでいるというよりも「文字を眺めている」に近いですね。
つまり、毎日のように見て(眺めて)いるため
脳がただ「見慣れただけ」のことなんです。
それを脳は【出来ている】と思い込んでしまうんですね。
これはですね、脳の「慣れる」という機能が
【理解した】と錯覚を起こすから
こうなっちゃうんですが。
しょっちゅうそれを眺めていただけのことを
脳が「理解したつもり」になって騙されただけです。
つまり出来ているか・出来ていないかで言えば
限りなく【出来ていない】寄りですし
理解しているか・していないかで言えば
これも限りなく【理解していない】寄りです。
こうして、理解と実践の行き違いよろしく
「出来てるつもりになっていたけれど実際は全然違った」
ということが起きてくるんです。
「知ってる」だけと【出来ている】は違いますよ。
そこに実技を通した『理解』があるかないかです。
叶わない人の多くは知っているだけで
出来ていないから叶わないという結果を得ている。
簡単に言うとこれです。
(他にも心理的な抵抗などもありますが
ここでは置いておきます)
記事を読んだり本を読んだりして
知識を入れただけのことを「やれている」と
脳が勘違いしてるんですね。
だから知識ばかりが膨らむ一方で
実践と実現が置き去りになってしまうんです。
脳が見慣れることと
身体ごと理解したのとはまったく別です。
知識と実践が伴って初めて【理解した】になるんです。
ケーキの作り方を眺めて
手順なども完璧に「見た」状態でも
実際に身体を動かしてやってみて初めて
【出来た】になりますよね。
ケーキ作りの本を読んで(見て・眺めて)
出来る気になっても
この段階では作り方を「理解した」とは言いません。
ただ、手順などを含めて「知った」だけの状態。
それを実際に動いてみることで身体の感覚を通して
初めて「理解した」になるんです。
いざやってみると得手・不得手を含めて
分かることってたくさんあります。
見た・眺めただけでは
分かっていなかったことが分かりますし
実際にはこうなのかを通して
やっと「理解した」になるんですよね。
「理解する」という何気ないことでも
こうして手順があるんです。
文字情報として、知識としては確かに
目から情報が入るので
知った気にもなりますし、やれた気にもなります。
ですがそれは「TRY」や「RUN」があってこそ
身体へ定着するものなんですね。
一番効果があるのは
読み返す・見返す・眺めることではなく
実際にそれをやってみること。
記事や本を読んで終わり。
読んでやれた気になって満足して終わりではなく。
簡単なことをひとつでもいいから
何かを入れたら(インプット)
何かをやること(アウトプット)です。
インとアウトを両方やることで
知識と実践のバランスがイーブンになり
そこで初めて【理解した】となります。
小テストと同じですね。
基礎から学んである程度学力が付いたところで
小テストをやってどのぐらい
自分が理解しているかを知る。
そこでウィークポイントを見つけたら
次は傾向と対策をやって
応用問題に備えるみたいな感じ。
分厚い問題集を一冊やるよりも
こまめな小テストの方が力が付きます。
勉強が出来る人の勉強の仕方と
叶えている人の実際の実践の様子って
とても似ています。
コツコツ小さいことを積み上げる。
それを常にずーっとやってる。
こまめにずーっとやってる。
断続的にでもやっぱりずーっとやってる。
こんな感じです。
これもただただ学んだノートか何かを
見て・眺めているだけでは
実際にその問題を解けるかどうか
分からないじゃないですか。
脳的には見慣れたので「いける」と思っていても
実際に何もやっていなければ「あれ?」なんてことは
ザラですよ。
あんなにやってる・こんなにやってる
こうおっしゃる方はとても多いです。
わたしのコンサルでも多くいただくご質問です。
あんなにやってる・こんなにやってる
問題はその中身です。
普段何をやっているか。何を実践しているか。
敢えて強めに書きますが、余計なことばかり多くやって
本来時間を割いてやるべきことに対して
圧倒的に「やれていない」ケースが多いです。
やっていないのではなく【やれていない】んです。
その理由は自分自身が何を理解していて
何を理解していないかを
自分で分かっていないからなんですね。
自分自身が何を理解できていないかを知らないままに
なかなか叶わないからと次から次へとがむしゃらに
知識だけ詰め込んでも意味がありません。
わたしのコンサルへ来てくださったことで
割とスムーズに結果が出やすくなるのは
その場でも何らかの「実際の実践」をやりますし
やれないことへ目を向けるのではなく
やれること・できることへと目線を変えて
コンサルを進めるからなんですね。
ただ目的を定めるとか
ただ紙へ書くというものではなく
ご自分がやることが分かりやすく
なおかつ具体的になることで
持ち帰ってからも続けやすくなるんです。
で、結果【叶う・叶った】となる。
自分自身に必要なことって案外と
本当にちょっとしたことだったりします。
それを知るためにもまず自分自身で
実際に動いてみることをおすすめします。
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いろんな方がいろいろな発信をされていて
音信不通の恋愛なんてやめて次いくのがBEST!
女は追われてナンボ!という
価値観の方もたくさんいる中で
朔さんと出会えたことは
とても素敵なことだと思います。
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世間は世間。人は人。あなたはあなた。
自分の決断に自信を持て。
自分の決断に自信を持て。
なんで
音信不通になってしまったら
もう諦めないといけないの?
それは一体誰が決めたことなの?
物事は大凡白と黒だけで
決められないときもありますよ。
音信不通の恋愛なんてやめて次いくのがBEST!
女は追われてナンボ!という
価値観の方もたくさんいる中で
これって自己肯定感や自己価値が高くて
恋愛だけに限らず「ダメなら次」で切り替えて
毎回それで上手く行ってるタイプの人の発想だもん。
そういう中身の人と
自分の中身は近しいのか?と
ちゃんと見極めないと。
そういう裏側を見抜かなきゃダメだよ。
「ああ、人間としての中身が違うな」
「こういう考えもアリだけど私には合わないな」
こうして気付かなきゃだめだよ。
そうして気付いて「だから私はダメなんだ」じゃなくて
それなら私はどういうのがいいんだろう。
こう切り返せば良いだけです。
切り返し方の練習をしてクセ付けること。
追うとか追われるとかそういう
落ち着きのないものよりも
もっとのんびりしてる方が
落ち着くし居心地良くないかな。
そんな雑な恋愛、楽しくないし嬉しくないな。
好きなお相手と音信不通になってしまったり
想いが噛み合わなくなってお別れしてしまったり
こちらの想いがまだ残っていて
今のその現状に納得いかないのであれば
無理やり「諦める」こともないんじゃないの?と
個人的にはそう思っています。
人の気持ちってそう簡単に切り分けられません。
だったらそれはそれでいいじゃないですか。
かといって
「何とかして上手く行かせよう」
というのも毛色が違うお話しなので
現状をコントロールしてお相手ともう一度!
というお嬢さん方はそういう情報を
発信しているところをご利用ください。
わたしはどちらかというと
自分の気持ちなんだから
それを大事にしたらいいんじゃないの?
自分のお当てをしながら緩くやって行こうよ。
という考えですね。
お相手へのアプローチ云々
現実へのアプローチ云々よりも
まず、自分自身へのお手当てが先でしょ。
という考え方で
『叶えたい → 叶った』
のお手伝いをしています。
あまり聞かれることはありませんが
「どう思いますか?諦めるしかないでしょうか・・」
なんて聞かれ方をされたら
まず間違いなく
「あなたはどうしたいの?」
と質問で返します。
そもそも。
「どうするか」はわたしが決めることではないし
決めていいことじゃないし
人に決められるようなことじゃないから。
たった今ここのあなたの気持ちが
私は私で私の気持ちを大事にしたい。
だから想いつづけていたい。
ということであれば
あなた自身が一番納得できることが
「どうするか・どうしたらいいか」
という問いに対しての答えですよね。
傷ついている気持ちとか悔しさとか
悲しみとか淋しさとか怒りだとか
まず、よーく感じていいんですよ。
どんな自分でもOKなら絶望の底にいる自分へも
OK出せばいいんです。
傷ついてしんどい自分自身をあなたまで否定したら
その感情を抱えたあなたは誰がお手当てしてくれるの?
ってお話しなんですよ。
この気持ち悪さに自分を見失いそうになるし
嫌で逃げたくなります。
だけど、ここをしっかり味わわずに
自分が何に対してどう感じているかを見ないまま
お相手ばかり追いかけて
現実だけを変えようとしても
結局自分から逃げてるだけなんですよね。
自分で自分を倒すんじゃなくて
そのまま全部を抱き留めてあげる。
受け容れてあげる。
味わう感情をほったらかして
「彼が」とか「現実を」とか
自分以外のことから
取り掛かろうとしがちになるけれど
一周回って「まず自分」に気付きますよ。
全ての元ネタは【自分】だな。
必ずこう気付きます。
現実って自分自身が自分へ「与えているもの」で
出来上がっていますからね。
常に許しを与えていれば許される現実だし
怒りを与えていれば怒るばかりの現実というように
実に単純で簡単なもので構成されています。
自分の中身が変われば
必然的に想い方や感じ方が変わるから
そうなると「自分へ与えるもの」も変わります。
そのときに
「どんな風に愛されたいか」
「どんな風に関係を育てたいか」
「どんな風にして生きていきたいか」
これらを一度見直して選択し直すときが必ず来ます。
その時にあなたが想い続けているお相手が
あなたがあなたへ与えたいものに対して
ふさわしいお相手がどうかちゃんと分かります。
だから、その時でもいいんじゃないの?
「どうするか」を決めるのなんて。
それまでは【保留】でいいんじゃないの?
どうして今すぐ「諦めるか・諦めないか」なんて
そんな両極端なことを決めないといけないの?
自分だけ想っているのなんてみじめだ
こう思うのなら
愛することはみじめなこと
そう思い込んでいる自分を癒す・許す・肯定する
ここへのお手当をすればいいし
どうせ待っていても帰って来ないかもしれないけど
次へ行くのもなんか嫌だ。彼以上の人なんていない。
納得いかない。
そう決めてるのなら
気が済むまで彼を想うことが
今のあなたの「したいこと」です。
執着していようがいようまいが
マイナス思考でとんでもなくネガティブが強くても
叶う時は叶います。
「そういう私でも叶えていい」
ここへのOKやGOが出せていれば叶います。
【諦める・終わる】
ということを選ばずに『それでも。』と
続きを求めるのには
なんらかの続きがあるから
終わりを選ばないんです。
それをあなたご自身が「知っている」から
そこへ留まるんです。
そこに何かがある。
それを「恐れ」からの打算や計算ではなく
本能的に感じ取る【何か】がそこにあるから
そのお相手との続きを「選ぶ」んですね。
その【何か】はどんなものか分かりません。
そのお相手とずっと一緒にいるために
起きてきた出来事なのか
あなたの中に在る繰り返す現実の元となる
傷に気付くために必要なのがそのお相手なのか
はたまた
許せていないあなた自身の姿を許すために
傷付けられることが必要でそのために
もたらされた人なのか。
いろんな可能性があるけれど
引っかかるということは
何かしら「昇華させるべきもの」がある
ということ。
ちょっとロマンチックな言い方をすれば
「向こうの世界にいた時に魂が約束して来てるから」
みたいなことでしょうかね。
だから人が何と言おうが、何と書かれていようが
あなたが自分で決めたいように決めればいいということ。
間違えていたっていいじゃないですか。
行ったり来たりしながら進めば良いんです。
ちなみに。
彼はこんなだもん!!;;
それならやめたほうがいいじゃん!;;
もういや!!!
こういう気持ちを持ちながら
占いを頼ったり
誰かに何かしらの助言を求めても
あなたのベースにある気持ちが
彼はこんなだもん!!;;
それならやめたほうがいいじゃん!;;
もういや!!!
これであるならば
こっちをがっつり見て信じていれば
「そんなんだったらもうやめればいいじゃん」
「もっと幸せになれる相手がいるのに
探そうとしないの、あんたじゃんか」
みたいなことを言われるのがオチですよ。
彼はこんなだもん!!;;
それならやめたほうがいいじゃん!;;
もういや!!!
これ、このまま言ったら玉砕必至です。
だってあんた自分で「もういや!!」って
言っちゃってんじゃん。
ってことなんです。
現実は「あなたの想いがそのまま反映」されます。
占い師さんに相談するのでもそうだし
お友達へ相談するのもそうですが
要は言い方の問題なんですね、こういうのって。
「占い師にこう言われた」
「友達からこう言われた」
「身内からこう言われた」
と、受け身的に【こうされた・言われた】ことばかり
被害者ヅラして悲劇のヒロイン気取るけど
目の前の人にそうやって言われるってことは
じゃあ、あなたは目の前の相手に向けて
何を言ったのか?
相手にそうやって言われる(結果)
ということは
まず、あなたが何を出したのか(原因)
なんですよ。
どうしてここを省みないのか。
なんです。
結局、どう成りたいの?がないから
【現状から判断される】
ことが起きるわけです。
ただ
彼はこんなだもん!!;;
それならやめたほうがいいじゃん!;;
もういや!!!
これはこれで正直な気持ちで
素直な部分なので持っていても大丈夫。
「もういや!!」って言っちゃっても良い。
ここ否定しても意味ないから。
それにここも含めて大事な想いの部分だから。
ここをあなた自身が許せているか
自分の気持ちを緩めることが出来ているか
ポイントはここです。
そうやって思っちゃう気持ちがあっても
そんなの仕方ないよね。
だって現実これだもんね。
けど、この現実を見てもなお、私は彼が好き。
好きかどうかもちょっと
分からなくってるところも
あるかも知れないけど
当面はやっぱり彼がいいなあと思ってる。
じゃあ、私はどういうのが好みなんだろう。
私は自分が身を置く世界について
どういうのが心地いいんだろう
こうして出来事への関わり方や
捉え方を変えていくことで
事情を話すときに相手に対して
言葉のチョイスが変わります。
目の前の相手へ投げかける言葉が変われば
お相手が返してくれる言葉も必然的に変わります。
言って欲しいことや
聞きたいことを「言わせよう」と
するんじゃなくて
卑しい奪う側の発想じゃなくて
あなたがどう生きて行きたいのか
それをまず提示すること。
真剣さを見せること。
彼はこんなだもん!!;;
それならやめたほうがいいじゃん!;;
もういや!!!
という気持ちでも
自分の感じ方や、捉え方、出来事への接し方や
切り換え方が変わればどのようにでも変わります。
《 自分が変われば現実が変わる 》
とはこういうことです。
誰かに味方になって欲しいのなら
まず、あなたご自身が自分の味方になる。
これは絶対です。
それぐらい【現実】なんて
見て聞いて触れるからリアルそうに見えるだけで
あやふやで頼りないものなんです。
わたしもね。
こんな気の強いことを記事で書くけど
たくさん失敗して凹んで傷付いたんですよ。苦笑
それはそれはもう散々。
それでもコツコツやり続けて
目の前の世界や自分が身を置く世界を
変えてきました。
もうあかんわあ・・。
とか
もういややー!なんでわたしばっかり・・!!
とか
なんであの人ばっかり上手く行くの?
わたしなんてこんなにやってるのに!!
とかね。
すーごいたくさんありました。
もちろん今だってそういうの、ありますよ。
だけどね、その自分を否定しても
しょうがないし何も変わらない。
わたしがわたしを大事にしないで
誰がわたしを大事にしてくれるんだろう。
こっちの考え方へシフトしてからは
同じ毎日を生きていても
出会う顔ぶれが変わったり
接することへ変化が生まれて
ようやくここまで来れたんですね。
わたしがわたしの想いに共感して
わたしがわたしの一番の味方になって
どんな時もわたしがわたしを庇うからこそ
わたしのことを大事に思ってくれて
有事の際はわたしの想いに共感して
庇ってくる人たちが
現れてくれるようになりました。
それは一瞬のことではなく
転んでも転んでも起き上がって
やり続けてきたからこその今です。
相手次第をやめて
あなた次第で創る現実は
素晴らしくあなたに親切で
優しい世界にしか成りようがないんです。
なぜならそれは
あなたご自身があなたへ寄り添って
親切に大事にケアしながら接するから。
ここが体感としてお腹へ落ちていけば
自分で自分をお手当てするの、もうやめらんないすよ。
与えたら与えただけ外から勝手に還ってくるもの。
こんな楽しくて嬉しくて気持ち良いことないもの。
どんな時もあなたはあなたへ
一番優しい人でいて下さいね。
そして誰よりも親切になさってください。
こうした意識を持つことで
あなた次第で占い師さんも
お友達も最高の味方になってくれますよ。
そんなあなたへはあなたにふさわしい人が
ちゃんと現れて来ます。
神さまは望めばしっかりご褒美くれますよ。
わたしだってあなたの味方になりたいし
想いに共感して庇える一人ですよ。
だけどそれもあなたが手を伸ばしてくれてこそ。
わたしの手を掴んでくれなきゃ
庇えるものも庇えないから。
そのためには、まずあなたが求めること
そして望むこと。与えると決めることから。
わたしはいつだって開いて
あなたを待ってるから。
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さて。
今この記事を読んだあなたは
まず『実際に』何をやりますか?
停滞する現実こそ
実際に身体を動かしてこそ。
身体を動かすことで
気の流れを撹拌したらいいんですよ
よかったら会いに来て下さいね
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Happy & Smile for you.
See you next time!

おふたつぽちっ☆とありがとうございます!ヽ(●´∀`)人(´∀`●)ノ
また遊びに来てくださいね!
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