「うるしや」の記憶 | 越前おろしそば のことなら - どんボルガ

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閑話休題とでもすべきか…、今宵は、「うるしや」についてお話ししよう。



休業して随分経ってしまった「うるしや」。
このお店は「越前おろしそば」にとって、語るのを絶対に避けて通れない名店だったのだ…。

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越前のそばの歴史は、約四百年前に遡る。
関ヶ原の戦いの翌年、1601年(慶長6年)に、越前国主に任じられた結城秀康に従って、筆頭家老である本多富正公が越前府中(現・越前市 武生)に入部してきた。
その際、金子権左衛門という、京都伏見の人とも伝えられる「そば職人」を連れてきたのだという。
富正公は、非常食として蕎麦の栽培を奨励、そば切りの技術を金子権左衛門に広めさせた。
富正公自身も、新そばの頃に採れる大根を、おろしにしてそばに添えて食べるのを好んだらしく、家臣等にも蕎麦に大根おろしをかけて食べることを奨励し、府中城下におろしそばを普及させることとなった。
これが「福井のおろしそば」の発祥と言われている。


時代は下って、昭和22年10月、昭和天皇が福井に巡幸された。
石川県で開催された第2回国民体育大会秋期大会にご出席の際、あわせて北陸のご視察をされたのだが、その際福井にもお寄りになった。
その宿泊先で出されたご献立の中に『うるしや』の「おろしそば」が組み込まれていたらしい。
陛下は辛い物や葱が苦手であられたにもかかわらず、なんと2杯も「おろしそば」を召し上がられたとのこと。
宿所でのお食事は、どれも宮内庁が厳選した逸品ばかりであったはずで、その中で2杯もお召し上がりになったというのは、それだけで大変に名誉なことである。

しかも、この北陸巡幸のあとにも後々まで、陛下は、そばの話が出るたびに「あの越前のそばは大変おいしかった…。」と仰せであったという。

この話を福井県の関係者が伝え聞き、いつしか『あの越前のそば』→「越前そば」と呼ばれるに至ったとのことである。いうなれば、「越前そば」の名付け親が昭和天皇であったと言っても、言い過ぎではないように思う。


その「うるしや」、1861年(文久元年)の創業という、七代続いた老舗なのだが、前述のように休業されてから久しい。
再開を待ち続けているのだが、どうやら、このまま閉店となるのは間違いないようである。
「うるしや」の味がここで途絶えてしまうと思うと、大変に残念である。店主には、できうることなら、誰かにその技と暖簾を伝承していただきたいと強く願う。

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「うるしや」のそば。かすかな記憶を頼りに、記してみると…

いまや一般的になってきた十割でなく、二八の比率か。
新そばのほんのり緑色をしたそばきり。新そば以外の時期は、ほんの少しの抹茶を入れてその色合いを出していたとも伝え聞く。
ツユは大根のおろし汁と地の生醤油だけを使用。上には花カツオと青葱。
大根の程よい辛味、生醤油だけとは思えないかすかな甘み。
細めで切れの良い食感。それを蕎麦猪口で、蕎麦本来の香り、甘味を楽しみつついただく…。


どなたか、写真をお持ちでしたら、ご提供をお待ち申し上げております。



うるしや  tabelog

上記のとおり長期休業中。食べログも掲載保留中です。

住所: 福井県越前市京町1-4-26
電話: 
営業時間: 
定休日: 

主なメニュー:
おろしそば ???円


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