~紳士ドムドムの反省~


私が夏じゅうろくすっぽ原稿を書けずに独り悶々としていると、道の向こうからどこかで見た顔がやってきた。
どこかで見たというより、毎日見てる。
ずんぐり太めの体型。頭にいやに小さな変テコな帽子。自分のことをいうようだが、年齢不詳の童顔。こいつは…

「よう。ドム」そいつが言った。「元気か? 元気じゃなさそうだな。愉快愉快」

私はムッとして、

「人が元気じゃないのがうれしいのか? どこかへ行けよ」

「まあまあ」とダルダルはニヤニヤした。

ダルダル、またの名をダルダルニャンという。やる気がない猫のごとき名前だが、名は体を表すからこの男にやる気があったためしがなかった。
こいつは見た目が私とそっくりなのだ。どういうわけだろう。どんな因果もなさそうなところがむなしい。

「人の不幸は蜜の味っていうからな。仕方ないだろ」とダルダル。

「帰れ」

「そう言うなって。招かれざる客が実は有用な助言をくれたりするんだぞ。おまえ、友達からリトル・ヘルプが欲しくないのか?」

こんな野郎が有用なアドバイスをよこすとは思えないが、やすやすと追い払える輩でないのはわかってるから私はあきらめた。

「ダルダルなんぞに僕の苦労がわかってたまるか」

私はそっぽ向いて言った。

「なにが苦労だ。あれだろ? 苦悩していれば高尚な文芸が書けるとでも思ってるんだろ? そういうセンスは百年古いぜ。浅く見積もっても半世紀は古い」

ダルダルは知ったような口ぶり。この男はいつもそうなのだ。たまに、まぐれ当たりすることもあるが。

「おあいにくだが僕は文学青年じみた苦悩を抱えてるんじゃない。単にモチベーションが湧かないのに困ってるんだ」

「じゃあ、やめれば?」

ダルダルはしれっと言った。

「やめたくなったらとっくにやめてるよ」

「無理してやる気出そうなんて、どだい無茶なんだよね。ストレスで禿げるぜ。あるいはブクブクに太るな」

太ろうが禿げようが余計なお世話だが、ダルダルはさらにつづけて、

「おまえ、だいたい義経記とかなんとかいうつまらん時代モノはどうしたんだよ? ひと月以上放置してるじゃねーか」

私はギクッとした。

「…あれは、おまえ、」私は机と窓をかわるがわる見ながら「いま小休止してるだけで、じきに再開するよ。書くネタはしっかりあるんだ」

「ふうん」ダルダルはどうだか怪しんで、「おまえが前までつづけてた『ダルダルニャン』シリーズを中断してあの変な時代モノを始めたから、てっきり『ダルダル』がめんどくさくなって逃げ道でおっぱじめたのかと思ったけどな」

「う…うう、そうじゃない。もちろんダルダルニャンも僕は完成するよ」

「時代モノを書き始めたのはどうしてなんだ? あんなの、だれも読みたがらない」

「…おまえに言われたかないよ。動機は、ちょっと素人には説明しにくい」

「なんだよ、その上から目線。ドム、おまえ、自分が一部で評判悪いの知ってんのか? 既存の作家をこき下ろして自分が偉いようなこと言ってるが、作品もろくに完成してない口ばっかりのホラ吹き野郎だって評判なんだぞ」

「僕なんか気にかけるやつがいるもんか。おまえが言ってるだけだろ」

「ふん。知らぬは本人ばかりなりだぞ。とにかく、俺はおまえが奇形記なんてわけのわからんものを書き始めたのが理解できんね。やめときゃ良かったんじゃないか?」

「違う。奇形記じゃない、義経記だよ。そんなことはない。僕は僕なりに興味があって書き始めたんだ」

「義経が静御前とセックスするシーンを書きたかったんだろ」

「決めつけるなよ。静御前に萌えるやつが今時どこにいる。とにかく直感が働いたんだ…それが何かは説明しにくい」

「またごまかしてやがる。そんな言い方をすれば、一角の書き手みたいに見えると思って言ってるだろ? おまえは子供だましって言葉を使う大人と同じだぞ。子供をだませるもんか」

「話が飛躍してるな。変なこと言うな」

「奇形記は、実は回を重ねるごとに設定が拘束になって書きにくくなったんだろ」

「う……」

「図星か。やはりな。藤原泰衡の手記になってから文末に『なむあみだぶつ』を入れたりしてるが、効果的と思ったんだろうけど、そうでもないぜ。あれは星新一の落語調の短編だろ? なんだっけ、ケンタウルスのやつ」

「ううう…」

「図星すぎて声も出ないか。あんなんでこれから先も泰衡の手記を続ける気かよ?」

「…手記はまだ続ける。泰衡の一人称にしたのはちゃんと理由があるんだ。これからホントのヤマ場がくる。それに、『なむあみだぶつ』だって星新一のパクリってだけじゃない。あれは泰衡の手記の証しだからな」

「ハッタリくさいな。本音ではタネもシカケも使い切ったんじゃないのか?」

「使い切ってないよ。これからが面白くなるんだ…おまえに言ってもわからんだろうけど」

「じゃあ、さっさと続きを書けよ」

「夏が終わったら書くよ」

「夏なんかもう少しで終わるだろ」

「まだ半月はかかるよ、とにかく僕は暑いのが苦手なんだ。秋風吹いて涼しくなり出したら再開する」

「ダルダルシリーズは?」

「あれも、めどが立ったら再開する。しかしダルダルシリーズは長いから、そう簡単には書き終わらない」

「せいぜい頑張ることだな。でも俺はどうせおまえはモチベーションが湧かずに今年が終わると思うけどな」

「不吉なこと言うな」



ぜんまいどむらい記す。
というわけで前向きに考えます。