~前書き~

ここにご覧に入れるのは中世奥州きっての豪族、奥州藤原氏の第四代当主・藤原やすひらの手記である。やすひらは平泉の屋敷にある書庫に籠もってこれを書いた。おそらくだれも読破したことがない二万巻に及ぶ書物に囲まれながら、ひでひらは子供の頃から馴れ親しんだその部屋に独りきりで閉じこもっていた。そこで書くことが彼を取り巻く状況から逃れる唯一の精神安定剤だったようである。
彼はまだ若く、経験に富むとはいいがたかった。また、困難に直面していた。困難とは、藤原氏が都からよしつね一行を迎えて客分としたことによるものである。よしつねは兄のよりともに追われており、いまや討伐の対象となっていたのである。
いまは亡き先代・ひでひらは、よしつねをあくまでも守るよう遺言した。やすひらはなるべく父親の遺言に沿いたかったし、手記を読む限り、よしつね個人に悪印象を抱いていなかったのはたしかなようだ。父の言い付けに背くことはやりたくない。忠義深い息子ならみなそうだろう。
ところが同時に、鎌倉のよりとも公からはよしつねを始末せよと指令が下っていた。義務の板挟みになり、やすひらは苦悩した。クサクサした気分で、昼間から書庫のなかに籠もりがちになった。先代から受け継いだ部下たちは「もしかして若親分はやる気のない人なのではないか」とやすひらの資質に疑念をもち出していた。しかしそもそもやる気を出すのが躊躇される状況で、どうしてそれができようか。
やすひらの手記は主に客分よしつねのことを述べているが、ありのままを見てきたように記述してあっても、その多くはやすひらの主観が混じった憶測と想像によるもののようである。また、記述の途中で不意に文章が途切れるところがあるが、それは執筆中になんらかの用事が入って中断せざるをえなかったためらしい。やすひらは途中まで書いた文章をそのまま継続せずに、次に書く時はページを改めた。その結果ここに見るような寸断された記事が残った。
なお、文末にしばしば「なむあみだぶつ」と記されているのはやすひらの篤い仏教信心によるものである。今日、なむあみだぶつといえば葬式で坊主が唱えるものと思われているが、藤原やすひらはむしろ感謝や祈りの意を込めてこれを唱え、手記にも書いた。したがって、お弔いなど不吉な時には唱えられなかった。
このなむあみだぶつに近いフレーズを探すならば「神の御加護を」「世界人類が平和でありますように」「お父さんお母さんを大切にしよう」「風邪ひくなよ」「歯を磨けよ」「シャーンティー・シャーンティー・シャーンティー」といったところであろうか。


  ~やすひらの手記~


八時に起きる。腹が空かない。顔を洗ったり石鹸で手をゴシゴシ洗ったりして過ごす。石鹸を最初に発明した人は偉いと思う。石鹸のことをシャボンとも呼ぶが、陸奥国にきた黒人の女芸人が素っ裸でシャアボン、シャアボンと歌いながら踊ったというのは本当か。本当なら観てみたい。
十時すぎ、朝食のようなものを食べる。と同時に昼食のようなものでもある。あんみつにさくらんぼをのせたものを、三皿。かろうじて四皿目を我慢したところ。たぶん夕食はずんだ餅だろう。毎日甘いものばかり食べる。殊に父上が死んでからそうなった。僕の好物を食べたいタイミングで食べたいだけ食べる、これが幸福の秘訣だ。口やかましいのは母上だ。そんなに甘いものばかり食べてると糖尿病になりますよなどと言う。子供の頃、僕にお菓子を教えた張本人のくせに。
午後から会議。家臣たちはしずしずと部屋に入ってきた。議題はむろん、彼のこと。彼をどうすべきかについてはまだ家臣たちのなかでも決着を見ていない。議論紛糾、家臣たちはしわくちゃになった包装紙みたいな顔をしてああだこうだ言った。僕は途中でめんどくさくなり、メモをとるフリをしてノートに落書きした。

「親分。どうですか?」

不意に家臣にきかれた。

「シャアボン、シャアボン」

と僕は答えた。

「シャアボン?」

家臣たちは顔を見合わせた。
僕はコホンと咳払いして、

「なんでもない。とにかく明日、私がよしつねに会ってみる。万事はそれからにしよう。では、解散」

家臣たちがしわくちゃになった包装紙から目だけぎょろつかせてるのを尻目に、僕は立ち上がってさっさと部屋を出た。
それから書庫に入った。五時になったので夕食のようなものを食べる。ずんだ餅を四個。かろうじて五個目を我慢したところ。
シャアボンの女芸人を思い出し、書庫にだれもいないのをこれ幸い、逸物を出して手で按摩のようなものをする。シャアボンの女芸人と心ゆくまでプロレスのようなものをしたと想像する。強い快感におそわれる。カルピスのようなものが出る。
あとはもうなんにもする気が起きない。よしつね問題は明日でいい。寝よう。


やらなきゃいけないことがある日。やらずにすむならやらない。やらなきゃいけなくてもやりたくない。
音楽室に籠もってレコードをかける。ツィゴイネルワイゼンをかけてたら、途中でボレロが聴きたくなり、盤を変える。ボレロを聴いていたらやっぱりツィゴイネルワイゼンが聴きたくなり、また盤を戻した。ツィゴイネルワイゼンをかけてたらボレロのラストが聴きたくなり


よしつねと部屋で接見。のんびりのん気な顔つき。いい気なものだ。僕が悩んでいるってのに。

「より…」つい言いかけて口ごもった。

「は?」と、よしつね。

「より、よ、寄り道してみますか、今度?」我ながら苦しい。

「どこへです?」

「玉撞き屋ですよ」

「ああ、ビリヤード。やすひらさん、ビリヤードがお好きですか?」

「いや、なに。煙草屋の斜向かいに玉撞き屋がありますが、ビリヤードなんか置いてありません。いるのは裸で寝床に入って、一晩いくらで夜の相手をする女たちです」

「ははあ、なるほど」よしつねは合点が行ったらしくうなずいた。「でも、俺はいま嫁がいますし、間に合ってますから」

「そうか。そうでしたね」

お茶を一杯飲んで帰って行った。
           なむあみだぶつ。


またよしつねが屋敷にきた。相変わらず左足を引きずって歩いている。負傷かときいたが、違うらしい。怪我ではなく、内科的な症状とのこと。

「痛風ですか?」

と僕はたずねた。

「いいえ」よしつねは首を振った。「俺も痛風かと初めは思ったんです。でも腫れていませんからね。なんだかわからないのです。リュウマチスかもしれません」

「なるほど、りゅうまちすね」

そんなような神経痛が存在するようだ。
今日もろくに話を切り出せなかった。部下が談話中に南蛮のバナナを届けにきた。よしつねにも勧めた。だが食べないという。僕は自分だけバナナを五本食べた。かろうじて六本目を我慢したところ


お土産にバナナを一房、よしつねにもたせた。よしつねは妻にもち帰るバナナは喜んでもらって行った。よしつねがゴリラのごとくバナナを提げて去って行くのを眺め、僕はハッとした。もしあのバナナのどれかに毒を仕込んだら、よしつねはどうなるだろう。
トリカブトを煎じて液状にし、バナナの一本だけ選んで注射するのだ。全部には入れない。命中したらあの世逝き。よしつねの妻のしずかもろとも、哀れ往生を遂げる。
よしつねはバナナの皮を剥いてしずか御前に差し出す。しずか御前はその男根のような形をしたバナナをうまそうに食べるだろう。しずかはよしつねの男根にくわえ方を鍛えられてる。ハイホー。まだ若いが経験豊かな娘だ。噂ではしずかは都で元売春婦だったらしい。嘘かまことか知らないが、ありそうな話だ。ハイホー。今夜はしゃっくりが止まらない。いや、これは最近の僕の症状なのだ。平泉で流行っている病で、下ネタしゃっくり病というのだ。下ネタを言うと自動的に横隔膜が痙攣し、ハイホーとなる。ハイホー。
しずか御前は男の立派な逸物のようなハイホーバナナをくわえ、うまそうに平らげるハイホー。たちまち痙攣が彼女を捉える。しゃっくりではない。身体が震え出すのだ。よしつねはおどろき、妻に屈み込む。しかし時すでに遅し、しずか御前は青白い顔に月の光を浴びて冷たくなっている……
よしつねは絶望に駆られ、毒入りとおぼしきバナナに手を伸ばす。だがトリカブトを注入したバナナは一本だけで、このロシアン・ルーレットはしずか御前が命中しておしまい。よしつねは残りのバナナ全部を食べたがなんともない。この滑稽な一幕はこれで終わり。
なんてこともできたのに。僕はなにも仕込まなかった。あるいはよしつねが食べて命中し、バナナがよしつねの口に突き刺さったまま悶死を遂げるとか


朝、寝床のなかでよしつねは目覚めた。横にしずかが寝ていた。ゆうべは夫婦の営みをしてから寝た。平泉(ここ)にいるとやることがないせいもある。また、旅の途中よりもしずかの性欲が高まっているようである。逃亡の果てのどん詰まりにきて、彼女のなかでよしつねの子を産みたいという本能が働いているのかもしれない。本能はしずかの肌を桃色に彩り、彼女の堅い乳房へとよしつねの手を誘導する。
ハイホー。
よしつねは傍らを見た。しずかが目蓋をあけている。よしつねは無言で彼女の唇を奪った。しずかがふふふ、と笑い声を洩らした。
よしつねの逸物は勃起している。男性の朝の生理現象でもあるが、しずかに静かなる興奮を覚えて、性交への期待に脈打っているのだ。静かなる興奮の男。しずかはよしつねに「勃起しちゃった」と告げられる。その時天使は聖母に受胎を告げ、その時よしつねは妻に勃起を告げる。妻もまたやる気になってほしい。武士は相みたがい。いや、こういう時に使う言葉じゃないな。
よしつねはしずかの乳房をまさぐった。乳首は、立っていた。それをいじりハイホーしずかがうわずった声を出してハイホーよしつねの手はおのずとしずかの下半身に伸びるそこはもう濡れているハイホーよしつねの指先感じやすい部分を思うさま撫でてハイホーヌルヌルになった窪みこんこんと湧く泉に中指を滑り込んでハイホーよしつね泉を覗き込む水面に顔が映る木の葉が一枚落ちて波紋が広がる波紋エネルギーメメター



「欲しいの欲しいの欲しいの欲しいの」

しずかはよしつねの上に跨がって尻を上下に波打たせるハイホー。よしつねと手をつなぎ合ってあそこがつながり合ってハイホー。イッてハイホー。射精してハイホー。
そうして、カルピスが出る。僕の。






           なむあみだぶつ。



 7へ続く。