ホントお前らくだらねえな。ホント。



最近日本人はエコが大好き。裏が白いチラシを集めてノート!とか言ったり、スーパーやコンビニとかで無理して袋いらないとか言ったりな。ホントくだらない。結局かっこよさを求めてさ、大学で使うノートもチラシノートじゃなくてリングノートとかルーズリーフだとか、買い物の時もエコバックだとかさ。結局お前ら資源無駄にしてんじゃねえかっていう話ですよ。


ほらあなた。そんな日記も、チラシの裏に書くべきレベルです。ミクシィ。


くっだらねぇ鬱な日記とか書いちゃってさー、何をお求めなのでしょう。それは「そうだよね!わかるわかる!」とかいうコメントです。くだらねえよ、ああくだらねえ。僕の友達にはね、なんだか知らないけど一人っ子で親に大事に育てられたぼっちゃまじょうちゃまが多いんですよ。ミクシイでもそれはいえる。だから大学という自主性が問われる場に全然慣れていなく、簡単なことでパニクって、それが自分のせいだということをちょっとだけ認め、だけど他人になすりつけるような甘ったれが多いんです。腹たつ。

心が荒れてた。申し訳ない。でも本音なんだ。忘れないでくれ。



「老人を一番風呂に入れるな」  ゴルバチョフスキー(1876~1942)



何番煎じなんだろうって考えた。このブログ、まぁベテランブログといってももはや過言ではないだろうわがドメテクではあるのですが、いったいこんなブログは何番煎じなんだろうか?


そもそも一時期テキストサイトが爆発的に増えたのには「僕の見た秩序」がブームメントを起こしていたからに違いないのです。その頃は今ではなかなか珍しくなったフォントいじりをしているテキストサイトがほとんどであった。というこの話も何度話したことか。


まぁそんな僕秩も、侍魂の影響が大きいわけです。侍魂なくして僕秩は生まれず。そして数多くのテキストサイトは生まれず。


ブログ。これも爆発的にテキストサイトが増えた時期におおはやりしてました。本家サイト+ブログという形も少なくはなかったはず。無茶です。僕もしてました。無茶です。重きをどちらに置くか迷った場合、多くの場合は本家サイトを優先し、ブログを抹消させていった。そしてブログは消えていった。そんなブログも、僕がブームにのってはじめる5年前には水道橋博士がはじめていた。水道橋博士がこれほど長い間続けていなければ数多くのブログは生まれず。ドメテクも生まれず。


日本人の本質的な特徴として人に流されやすい、というのがあると思うんです。空気を読まなければいけない社会性というんですか、暗黙の了解がそこかしこに監視カメラのごとくしかけられているこんな時代に人に流されず頼らずわが道を行け!というほうが難しいことではありますが、やらねば男じゃないという気持ちもあります。


目指せ一番煎じ!


と思い、僕は!いま!日焼けでびりびりにやぶけた皮膚を指の先に覆いかぶせて、死んだ皮膚の下からタイピングしながらこの日記を書いてまーす。いえーい見てる~?だれかー。……。



「nebeを一番風呂に入れるな」  チョルチョルスキー(トルコ国内海水浴場ライフセイバー)


ドメスティック・テクノロジー -第三部--散らかす

散らかしていいことなんてなかった。

だって買ったばかりのスケットダンス(9)がどこかへ消えたんだもん。

ヒメコ萌え萌えの章だったのにもかかわらず。このブラックホールに消えていった。

もう一冊買ってくるノシ

正直自信があった。



これまでの人生で自分の体がくせえなと思ったことなんてほとんどなかったんですよ。いやねドメテクの以前の日記とかくまなく探されると「僕ってくさいんですよーほおら」みたいな日記が掘り出されてくるでしょうけど、決してそんなことはなく結構嘘だったんですよ。清潔感ならだれにも負けないねとも言われるくらい僕って清潔なんですよきっと。僕の流す汗は舐めても害はなかったんですよ。


先日、ずっと僕のあとをついてくる中年デブの気配を感じたんです。


しかしいくら後ろを振り返ろうと中年デブはそこにはいません。そこにあるのは中年デブがそこにいた痕跡というか、残り香だけが。クンカクンカ。やろう、僕の後ろをとるなんてなかなか俊敏ぞ。とか思って一日中首をくるくるくるくる見えない中年デブの影を目で追いかけていたのです。とうとういかれたか、そう思われてるのか、いつも通りいかれてるなと思われたかもしれません。もう世間の目なんて気にする必要なんてもうねえんだよ少なくともこの夏はよー!くそ街中で甚べえ来てるやつ死ねリア充が。


で、ときよりこのサラサラの髪をいじって試しにそのにおいをかいでみると中年デブが指に絡みついていたんですよ。くせえのなんのってもうやってらんない。こんなやつが同じ電車に乗っていることを考えただけでぞくぞく背中が震えてきた。夏だからちょうどよかったけど、街中で明らかに待ち合わせしてる感じの浴衣のお姉さんリア充だろうけど死なないで目の保養になるよ。そして彼氏は死ね!



そんなことを思いながら夜長自転車で駆け巡った。じっとりとした空気、やりやまない蝉の声。夏の存在感を前面に受け風を切っていく。そこで僕が考えていることは自分の愚かさでございました。手の届かない宝に…アルビダがどう頑張ってもワンピースに手が届かないような絶望感を僕はこの胸にひしひしと感じているんですよ。やつがいるところには必ず何かが起こるのさ、なぜかってそりゃあ、やつはビッグバンだからさ。とか絶大なる存在感を僕は醸し出したいのに、せいぜいセレビシエ。どうせ頭にくっついて離れない、みんなの金魚のフン的な存在なのです。それだから大人数と友人関係を築けるものの、親友関係にはなかなかなれず、僕だけ一人親友だと思っているなんだか悲し恥ずかしいような気分に陥るのです。


中年デブは確かにそこにいた。もう一度確認してみた。指にからめとり、クンカクンカ。みょ!妙ぞ!このにおい…僕みたいなやせ形の人間からは想像もできないにおいぞ!過去の栄光(清潔感ナンバーワン)は一瞬にしてもろくも崩れ去っていった。マンモスかなP。