易旨易経(全2巻)~海図なき時代の羅針盤 | 小川貴史のドクスメ日記

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こんばんは!読書のすすめの小川です。

 

先ほどの、「『玄龍子相法』の記事」に続いて、「易経」のなかなか手に入らない貴重な名著のご紹介です。

 

読書のすすめでも大人気の中国古典の「易経」ですが、著者の若月佑孔氏が、50年に及ぶ易学研究の上で、特に会社経営や、人生に活かす「易経」として集大成された名著が、こちらの『易旨易経』です。

 

 

本編は、『易経~海図なき時代の羅針盤』、600ページ程で書かれていて、『易旨』は、250ページ程の『易経』の要約版で持ち歩きも便利な作りになっていて、2冊セットで豪華箱入りの決定版です。

 

あれこれ書くよりも、よろしければ著者と編集者の方の前書きをお読みください。

 

※ポイントは、著者の若月氏は四書五経になる〝〟の「易」の知恵を大事にしていて、その上で若月氏流の〝独自な〟解釈をしているところです。そして、六十四卦の各卦の解説が、とにかく読みやすい!

 

 

 

 

 

 

 会社経営や仕事、人間関係に〝活かせる〟「易経」の解説本は、なかなか見つからなかったのですが、解釈は独特ですが、偶然見つけた知る人ぞ知る名著なので、『易経』の理会をさらに深めたい方には、是非ともおすすめです。そして、以下の前書きにビビっ!ときた方は、是非迷わずお読みくださいね!

 

◆『易旨易経(全2巻)~海図なき時代の羅針盤

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「今、これを書くことになって考えるのは、「易」のできた古代中国はようやく原始生活から集団生活が出来上がって農耕民族の集団のなかに狩猟生活の民族も混在していて、それぞれが自分の邑や城のようなもののなかに暮していても、食糧がなくなれば隣の部落を襲っていたのでしょう。

それが、幾千年も続いてから殷の国ができたころは、幾千の軍兵を持った君主や公候、大国や小国ができていて、猛烈な勢力争いが行われ、大は小を滅し、強は弱を併合する戦争がくりかえされているうちに「易」も立派なものになったのです。

大体、いつ誰が考えて作ったか、どのようにして伝承されたのか、文献を調べましたが見当もつきませんでした。でも、何かの本で殷の国ができる以前の小さい国の君主が、そんな蓍(めどき)なぞに頼ってどうすると叫んだとあります。

とにかく、クシャクシャと朝飯を済ませて大急ぎで村中の若い衆を集めて「さあ行こうぜ」と出発して行って戦争。石コロを握って、撲り合いの本当の肉弾戦です。そのころの「易」は、本当に生きた「易」だったんです。今、生活するためにこうしろという教えなのでした。予見があって生活に自信を持たせたものなんです。

それが、時代を過ぎて「易経」となると、聖人君子の修身、治国平天下の教科書みたいにされてしまったのですが、素朴な時代の「易」には、殺すか殺されるか、攻勢、防備のことや、生活の知恵が含まれていました。この知恵は現代人にも必要なのです。

私の「易」は帝王学であると重ねていいます。「易経」は儒教の中の修身の書として継承されました。でも、古代に属する周漢の時代から三千年もの間、儒学者は本当にそれを生活の法則として生きられたのでしょうか。また、「易」は人の吉凶禍福を占うものとされたのは、いつのころからなのでしょうか。

それには、「易経」の文はむずかしくて上品で、本当は古文専門に研究したつもりの私にも、何のことやら判らないと嘆かせます。一つの文章でも、文字でも、それが吉を意味しているのか凶なのか判定がつかないのです。

大体「易経」は、大衆の日常生活の吉凶を占うものではなかったのです。それとくらべると平俗で凡であると攻撃された『焦氏易林』の方が生活に密着したものでした。そして、古来の「易」は、小さい国の君主が知らなければならない治国のことが書いてある。そして、それで自分を占ってみる、生活をするための教えであったのです。

 

これこそ、平凡で俗で、そして現代の私たちの生活指針にもなる言葉で充満しているんですが、それを納得するには本当は困難なのです。―中略―

 

卦のなかの応比は本論の中で論じますが、六本の算木は「易経」のように下の方から初、二、三、四、五、上と呼ぶのも同じですが、大きな異点は下のほうから、民、臣、公候、宰相、君主、国法と格付けをしました。これで私の「易」が発生できたのです。この格付けで本当の「易」の読み方ができるのです。新しい演繹法ができたのです。これが若月流の真骨頂なのです。」

 

「上九、上六が活動した時代がありました。このような構成のなかで、君主の生き方を教えているのです。でもそれは大衆には判らないような方式、字の使い方やかくし言葉で作られています。「地天泰」という「卦」など文字通り太平無事の政治をやるのかと思ったら遠慮解釈のない侵略戦争のやり方なんです。それが短文で書かれていて、一字の中にいろいろの意味を含ませてあります。本当にチンプンカンプンなのです。当るも八卦、当らぬも八卦とされた「易経」も、「易」としての読み方をすると凄味があります。面白いですよ。まあ、読んでみてください。」序文より

 

「『易経』を読まれれば明らかなように、著者自身は「易」と「易経」という言葉を使いわけている。つまり、古代中国における治者のための戦略を説いたのが『易』であって、後世儒教によって五経の一つに祭り上げられた『易経』は「易」の原義を歪めて解釈している、

というのが、本書に通底する著者独自の創見である。いわば、「治国易観」が本書のモチーフである。「易」に関する他の本と読み比べてみれば著者の読み方が異色であることにすぐ思い至る。しかし、戦前の中国での体験、長年の易占経験、易学にたいする学殖を踏まえての論述には、「もしかしたら、『易』のこの卦辞はこう読んだのかもしれない」と思わせることを含んでいる。特に、徹底しているのは、「易」が治者のためのものである、という点から卦・爻辞を解釈していることである。

本書のユニークな点は、単なるオリジナルな解釈だけでなく、豊富な実占を土台にして経営者に対する指導経験を分かりやすく提示していることである。換言すれば、大なり小なり会社という国を治める任にある企業家の行動指針として、「易」の原義を見事に応用しているのが、著者の『易経』である、といえよう。」 編集者 定方明氏の解説より