「イスラム国」最終戦争101

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トルコ人記者が書いたMITに関するスクープは次のようなものでした。

 
トルコからシリア内の反体制派が支配している地域を目指そうとしているトラックの車列をトルコ国境の警察官が怪しいと睨んで呼び止めた。積載物は医薬品ということであったが、念のために荷台を開けて調べると武器・弾薬がたくさん出て来た。
 
運転手を調べていると、そこにMITの係官がやってきて、「これはMITが出したトラックだ。一介の国境警察官が車を止めて、没収する権限はない。」と逆に警察官を逮捕した。------
 
トラックはその後、シリアのアハラール・シャームの支配地域へ向かったといいます。この報道については、証拠として、動画や写真もあるのですが、エルドアン政権はこの事件に激怒して、その記事を掲載した日刊紙の編集局長と記者を終身刑まで問えるスパイ罪で告訴したのです。
 
トルコが「ジャーナリストの監獄」といわれて久しいのもうなずけるエピソードで、この裁判に関して欧米は非常に反発しています。
 
ですが、トルコ政府は欧米諸国の反発に対してさらに強力な言辞を弄して、反発する事態になっています。2106年5月初め、トルコの一審で禁固5年が編集長に言い渡され、被告は最高裁に上告しました。
 
2015年8月から、米軍がトルコのインジェリック空軍基地を使えるようになり、トルコ軍と米軍の爆撃機が共同して「IS」空爆に出動するようになりました。
 
ところがトルコと米国の爆撃機が一緒に飛行していると、飛行途中で、トルコの爆撃機が、進路を変えて、PKKを空爆しているのです。
 
トルコ軍は結局「IS」よりもPKKの拠点を多く攻撃し、PKKメンバーを大量に殺害しています。
 
エルドアン大統領らは過激な分離・独立運動を喧伝して国民の恐怖心をあおっていると主張しますが、先に述べたように大きなまやかしがあるわけです。
 
彼が何を夢見ているかといえば、歴史上赫赫と光輝くオスマン帝国の栄華の復活であり、その支配者になろうとするいるのではにかという指摘があります。それゆえに、国家の分裂に結びつくようなクルド人勢力の運動を弾圧し続けるのです。
 
Q翁:シリア内戦が起きて7年以上が経過する。反政府勢力がアサド独裁に反対し、アサド大統領の退陣を要求した。このあたりまでは、これほど国家が破壊し尽くされまでの熾烈な戦いになるとは、多くの人は思わなかった。当時Q翁は、アサド政権打倒は、一層シリアの混乱を助長すると警告のブログを書いた。
 
そこへ「IS」が介入し、「IS」の首都をシリア内モスルに設け、争いは三巴となり激しさをました。最後はロシアが軍事介入して、「IS」「反体制派」「クルド人」など無差別に空爆を実施し、勢いを盛り返した、アサド政府軍が、自国内の敵拠点を次々に攻略し、「IS」との戦いは終わり、反政府軍も容赦なしの空爆に、壊滅した。
 
この間トルコは、実に曖昧な行動をとっていた。シリア内乱が自国に有利に働くと、傍観の姿勢を保っていたように見える。アメリカに空爆用の軍用飛行場を貸したり。UEに押し寄せた難民をトルコ国境付近で抑えるなど、UEに大きな貸し(恩)を売りつけ、多額の補償費を受け入れることに成功。
 
遂にシリアの戦火が消えたと見るや、トルコ陸軍の戦車部隊を動員し、一挙に国境付近にいたクルド兵を虐殺した。さすがにエルドアン大統領に対する、西欧諸国の批判が高まり、現在は戦車部隊は、自国内にとどまり、シリア情勢を見守っている。
 
と思えば、いつの間にか、イランがシリア国内に、着々と軍事拠点を築いた。主力はヒズボラというイランの部族戦闘員たちである。これに危機感を抱いたイスラエルは、シリア領内のイラン拠点を爆撃した。イスラエル軍爆撃機が、イランの対空ミサイルで撃墜されたという。
 
シリアは復興どころではない、また別の戦争の主戦場になりそうな気配である。
 
Q翁も、90歳になれば、もう、シリア問題はうんざりである。平和の結末を見ないうちに、自分がこの世を去らなければならなくなると思うからである。。
ましてやシリア国民は、自分自身、家族の直接の被害者であるから人生に絶望的であろうと推察される。敗戦後の日本人の絶望感を思い出す。Q翁は、GHQに支配されたこの国に、まともに生きる道は、なくなったと思った。そんな世の中で、はばを利かしていたのは、闇屋と暴力団だけとなっていた。同じようにシリアには、人道的とか、人権とか、という言葉はなくなっているのではないかと思う。
 
いかに西欧諸国が、警告しても、アサド政権は、反政府軍を壊滅させるために、子供や婦人・老人関係なく虐殺を続けるであろう。

 

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亡父の日記抜粋3294

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1964年7月17日

 

昨日は雨の中、新潟市にでかけた。地震後始めて新潟に行ったが、新潟駅付近が一番ひどい。大きなビルが傾いたり、1mあまりも沈下している。

 

これは水を含んだ砂の上に浮いていたビルが振動によって、砂が流出してビルが沈下したのであろう。

 

いたるところ砂の山である。これは水で砂が浮遊物となっていたころを示すものである。

 

新潟大学は砂丘の上に建っているので、殆ど被害はない。

 

ところが信濃川の沿岸にある建物は全くひどく傾いたり沈んだりしている。

国体の行われた陸上運動場に行ってみたが、見る影もなく変わり果てている。これを復旧するのは容易ではない。新潟県は運が悪かったと言えばそれまでであるが、無理をして見栄を張ったので、一層今後の対策に苦しむことになったと思う。

 

午後一時半から新潟大学評議会に出席。新潟大学が当番校として、月末に開催する予定であった「関東甲信越大学体育大会は地震のため中止することを決定。従って他の大学で分散開催する競技には、新潟大学は参加しないことを申し合わせた。

 

 

 

 

 

 

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超バカの壁79

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丸もうけは無理

 

まずカラスが多いと言う現実は取り敢えず認めざるを得ません。それが邪魔だ、危険だ、不愉快だ、という現実も認めなくてはいけない。

 

それではカラスをコントロールするにはどうするかということを考えなくてはいけない。その時に、カラスを抹殺してしまえという論理ではおそらく駄目なのです。

 

そうすると却って困る可能性がある。人間はある程度無秩序な状態を容認するしかないのです。だから社会は「自由」を重要なものとしているわけです。

 

経済学は現実には役に立たないということがよく指摘されるようになりました。それは当然のことで、極めて複雑な社会システムを扱う際に、学問の分かり易い原理を導入して予測がつくと思っているのが間違いだったということです。少なくともそのことを経済学は証明してくれている。NHKの調査について述べたことと同じなのはおわかりでしょう。

 

ここで経済学をやっても意味がないと考えてはいけないのです。

 

こんなに一生懸命やったのに、やっぱり、答えが出ないということが分かった。よくわからないということが分かった。それは意味のあることではないでしょうか。

 

実はどんな社会を作っても、何等かの意味ではみ出してしまう人は出てくるものです。

 

江戸時代の木枯し紋次郎のようなアウトローが出るわけでしょう。つまり全員丸儲けのようなことにはならないのです。

 

丸儲けというのは、みんなが100%オーケーということです。頭の中だけで考えたことを実現すれば、社会がいい方向に向かうとみんな思うでしょう。まあその提案者の機嫌もとらくていはいけないから、表向きはみんな賛成します。

 

でもそれは絶対に一筋縄ではいかないということをみんながまず認識しなくてはいけない。一元論的というか、ある原則をきちんと貫徹すればそれがよくなる道だと思っている人が非常に多い。

 

でもモーセの十戒をみんながちゃんと守るかといったら、もう何千年も守っていない。まじめなクリスチャンっでさえ守っていません。

 

つまりそれは簡単にはできない理想だということがわかるでしょう。

 

Q翁:人を殺してはいけない。傷つけてはいけない。と言っても、現実の人間社会は、戦争・紛争が絶えず、戦闘員のみならず、一般市民までが大量に犠牲になっている。それでも当事者は、皆 自分達こそ正義だと思っている。この現実は、モーセの十戒など眼中にないあらわれである。

 

第二次大戦末期、広島・長崎への原爆投下。すべての都市に対する無差別殺戮爆撃、など冷静に考えれば、人間のなしうる行為ではない。

それこそ、何から何まで、非人道的行為であり、神の義に沿っているとは思えない。

 

これを体験し、現実に見て、Q翁は、キリスト教に対する反感を抱く結果となった。戦後、そういう気持ちになったのはおそらくQ翁だけではあるまい。

 

聖書の教えもいかに時に応じて都合よく解釈していることがわかる。アメリカでは相変わらず人種差別騒動が終わらない。銃乱射事件も後を絶たない。世界では、紛争の中で、必ず無差別殺戮が繰り返されている。

 

隣人関係も、民族や国家でも同じである。憎悪が憎悪を呼び、不信感が不信感を増幅し、北朝鮮の核開発を受けて、限定的核兵器の開発などを、アメリカは開始すると言っている。核抑止力の時代は終わるかも知れない。

 

いくら、それは世界破滅、人類滅亡への道だと叫んでも、誰も止めることはできない。自然災害と同じである。地震も噴火も台風も大洪水も、地球ができたときから、繰り返してきている自然現象である。どんなに科学が進歩してもこれを止めることはできない。

 

そういう不安の中に、人は生まれ、死んでいっている。それだけが真実である。そういう時代に天寿を全うできれば、本当に幸せな人生を送ったことになる。

 

 

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亡父の日記抜粋3293

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1964年7月16日

 

去る七月十四日の午後10時頃、東京都品川区勝島町の宝組倉庫の火災で、化学品(硝化綿)が連続爆発を起こして、消防職員14人が殉職した外、多数の重軽傷者を出した。これは十五日未明まで燃え続き十棟4500㎡を焼失、3億円の損失である。

 

これは硝化綿・塗料・オイルなどの火災に対して消防としては手の下しようがないことを示すと共に、日本の社会では規則がいかに守らられないかということを事実として示したものである。

 

品川の倉庫では敷地にドラム缶で1000本の硝化綿が野積みにされていたという。

 

しかも去る十日に消防署が査察して「危険だから」と警告している。それにも拘わらず却って野積みの硝化綿を増やして警告を無視している。

 

規則というものは、結局自分達のために存在することを忘れているところに問題がある。消防署職員は責任と任務のために犠牲になった。これらの人々は殉職したわけで、間接的に規則を無視して自分本位の考え方をした人々が殺したことになる。

 

 

 

 

 

Fさん宅聖研参加

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国会では、働き方改革をめぐって、すったもんだの大論争を繰り返している。正月に孫達に会った時に、この問題について、孫に話を聞けば、そんなことを気にしていたら、仕事はできないという。逆に心配して、こんな残業をしていたら、問題にならないのかと上司に聞いたところ「心配せずに働いて成果をあげてくれ」と言われたという。

 

中には、そういうことを気にしている上司もいるようで、部下は働き難いと言っているという。どうも「国会論争と現実は乖離しているようだ」。労働者を守る改革だというが、現場によっては、労働者の意欲をなくし、どうすべきか迷っている人も多数出ているようである。

 

日本の企業は、今や世界の競争の中にあり、決して安泰ではない。一歩間違えば、たちどころに世界の競争から脱落してしまう危険がある。

 

会社が潰れてしまえば、犠牲になるのは労働者である。特に中高年になって、離職勧告をうければ、再就職は容易ではない。特にIT社会になり、労働者の働き方も多様になっているから、中高年になってから、新しい仕事につくのはなお難しいのは当然である。

 

かつて花形であった「銀行・金融」などの分野も、0金利時代で、本業では企業を維持できなくなっている。聞くところによると、これからAIなどが本格的に導入され、現金を直接扱わない時代(スマホ決済)になれば、ビットコインなどが、一般化すれば、ますます銀行は不要になる。

 

働き方改革どころの話ではなく、多くの人が働く場所を失う社会になるかもしれない。

 

現状は東京オリンピックなどを前にして「人手不足」である。建設業、流通業、外食産業 もちろん介護職場など、いくら人手があっても足りない位である。そこへ働き方改革などで、残業が「悪」とされれば、企業は「人手不足倒産」に追い込まれることになる。

 

そんな中の、国会論争、何となく空しく思えるのは、Q翁だけではないのではないでしょうか。

 

 

09;30マイカーでFさん宅に向かう。膝の痛みで動けず、前回Tさん宅での聖研は欠席した。パウロのローマへの手紙、第8章18~25節が抜けたことになったので、今日補修のためにTさん宅に出かけた。行ってみると、すでに当該箇所の奨励は前回で終わってしまったということで、本日は第8章31~39節で、第8章の締めくくりについて嶋田恵悟牧師の奨励が10:00から行われた。

 
次回聖研で、この箇所が重複するので、奨励内容の詳細は記さず、Q翁の感じたことを述べる。
まず「人生が順風満帆な時だえでなく、逆境にある時も、神が味方であることを受け止め、希望を失わずに歩む」という箇所で、Q翁は敗戦後の16歳時代を思い出す。4期先輩の石塚巌さんと出会い、人は、死ぬときまで、希望を持ち続けることができれば最高の幸せだと言える。それには宗教心が必要だといわれたことを思い出す。突然の言葉にQ翁は、「何と爺くさいことを言う」と思ったが、それからずっとこの言葉が心に残っていた。まさに死ぬときまで、希望を持っていることは大変なことである。それには、未来、明日を知らなければならないが、人間にはそれはできない。できることは信じることだけだ。
 
神の国ができることを信じることができれば、希望を持ち続けられるであろう。
 
次に「人を義として下さるのは神なのです」とう箇所です。義とは正しく生きることである。しかしそれは人間には何が正しいのか分からない。
あくまでも、日常自然の言動が 神の義にかなうようにならなければならない。それには、ひたすら礼拝に参加し、「み言葉」を繰り返し学び、無意識の中に神からみて義とされるものになるしかない。
 
というわけで、この世にあっては、敵対し 断罪する力が、外からも自分の内面からも迫ってくる。人を義としてくださる神の愛が受け止められないことと、罪の力に支配されることは結びついている。
 
主イエス・キリストは、十字架の死において、人間の罪を担っただけでなく、神の御許で、「執り成し」をしてくださっている。
 
執り成しは弁護ではない。「この人に対する裁きは、私がすでに受け終わっている。それ故誰も罪に定めることはできない」と、存在をかけて弁護してくださるのである。
 
パウロは、「私達は自らのために、最も深い苦しみを受けて、義を与えてくださった十字架の主イエスを知る時、苦しみの中のこそ、神の愛が受け止められる。」と述べ
 
さらに「わたしは確信しています。死も命も未来のものも、力あるものも、、高いところにいるものも、低いところにいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」
 
と結んでいる。
 
出席者各人から質問やら意見やらあり、12:00無事聖研は終わる。雪降りしきる中帰宅。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

亡父の日記抜粋3292

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1964年7月15日

 

あるアメリカ国籍の日本人二世が、日本人としての誇りを持ち、名誉を傷つけまいとししてきたところ、日本に来てあまりにも公衆道徳の低下しているのを見て恥ずかしい思いをしたと言っている。

 

昔は「清潔の民」とか「礼節の国」とか言って誇りにしていたが、この頃の無軌道ぶりには目にあまるものがある。

 

人間が集団として、社会生活を営む上には、いろいろの制約が必要である。ところがこの頃は、家庭でも学校でも子供を概して野放し状態にしてある。

 

又他人の子供の場合、たとえそれが好ましくないことでも進んで強く制止する大人が少ない。

 

社会秩序を維持するための最低限規約は法律であり、人間相互関係を調整していくのが礼節である。

 

社会生活を円滑ならしめるためには、互譲の精神が必要である。

又利己的行動を抑制することも必要である。これが欠けていては人間として恥ずかしい。日本は敗戦によって自信を失ったのか、躾けを忘れた者が多すぎる。

 

大学の廊下にもタバコの吸い殻が到るところに落ちている。

 

大学まで教育を受けてもこんなことすら悪いと思わないらしい。運動部や各文化部の部室なども紙くずに埋もれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「枯れる死」に協力する病院がやっと出てきた

 

前述のように、死ぬときは枯れます。枯れて死ぬのが、自然で、楽で、非常に穏やかなのです。

 

しかし、病院では、点滴注射などをして、最後まで手を尽くします。その結果、むくんだり、気道からの分泌物が増えて、のどがゴロゴロいいますので、吸引という荒技を使って苦しめたりしてしまいます。

 

同和園では、枯れるのを邪魔する点滴注射などは、「看取り期」の人間には、一切しません。入院中の利用者が、もうダメだと判断されたら、いつ退院させてもらっても、引き取ります。

 

その代わりに、今している点滴注射の量を徐々に減らしてください、鼻からのチューブ栄養も徐々に減らしてチューブを抜いてくださいとお願いしていたのですが、そんな馬鹿なことができるかと、数年前までは、とりあってもらえませんでした。

 

しかし、最近は、風向きが変わり、一部こちらの要求を受け入れてくれる病院が出てきました。徐々に注入量を減らして、退院時に鼻からのチューブや中心静脈のチューブを抜き、点滴注射も止めてくれるようになったのです。

 

本来病院は死に場所ではありませんし、まして、救急車がどんどん入る急性期病院は、死に行く年寄りがベッドを占領し、助かるはずの若い者を締め出すなどということがあってはなりません。

 

そのためには、私達老人ホームも、看取りをしっかり行う‘終の棲家‘としての後方支援という役目を担っていると自覚を持つ必要があります。

 

さらには、「最期は病院で手を尽くして」という国民の意識改革も必要です。「できるだけの手を尽くす」ということは、繰り返しになりますが「出来る限り苦しめる」ということと、殆ど同義なわけですから。

 

Q翁:本当に寄り添って介護をしていると、患者の苦しみは介護者の苦しみ・辛さになります。もうこの病は治らないと分かっていてもそれを口に出せない苦しみがあります。

毎日巡回診察に来る主治医に「もうあきらまめていますから、何とか病人の苦しみを和らげる処置はないのですか」と喉元まで言葉が出ていても、それを言うことはできませんでした。ましてや患者がいるところでは言えません。

 

病状は日増しに悪化しているのに、主治医の看護師に対する指示は、毎日同じです。点滴注入です。Q翁は、またこれで苦しむのかと思うと可哀そうになりました。ここでも内心では「もう止めてくれ」と叫んでいました。

 

妻が亡くなる時、主任看護師が「まだ耳は聞こえています。旦那さん、何か言ってあげてください」という。

Q翁は「もう苦しまなくていいんだよ」と耳元で言いました。同時に現代の延命医療とは一体何なのかと考えこみました。おそらく医師は、どんなに延命をしても、間もなく死に至ることは分かっていた筈です。素人のQ翁でも、分かっていたのですから。

 

Q翁は逆の意味で、妻の死については、後悔が残っています。「なぜ、あんなに苦しめたのか」という後悔です。もっと穏やかな最期を迎えさせてやれなかったのかと今でも思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

亡父の日記抜粋3291

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1964年7月14日

 

午前10時40分から12時まで去る2月の学年末試験で不合格となった者について、「精密測定」の特別臨時試験を行った。届け出た学生は8名であるが実際は6名受験している。

 

内1名だけが合格であるが、特別ボーナスの意味もあって、6名全員を合格とした。この暑いのに受験勉強してきた努力賞と考えたわけである。

 

とかく不合格者だけの試験は基準どうりにしにくく、その為に甘くなり易い。こんな試験は今日限りでやめて貰いたいものである。

 

午後2時40分から教授会が開かれ、昭和39年度予算配当について、検討・夕食後、人事について論議。夜8時、折からの雨の中、下田先生の自動車で帰る。

 

クルド勢力をめぐる分裂とトルコの蛮行4

 
トルコ政府は終始、国内のPKKとシリアのYPGが兄弟関係であり、トルコの治安にとって脅威であると非難しています。
 
しかしYPGはシリア内で活動しているのであって、国境をしっかりコントロールすれば、よいだけの筈です。PKKを一緒に論じることは「クルド潰し」の口実でしかありません。
 
2014年後半から15年初めにかけて、国際社会の注目を集めたシリア・トルコ国境の町コバニの争奪戦でも不可解な動きがありました。コパニの町から「IS」を撃退できたのは、イラクのクルド人民防衛隊ペシュメルガの活躍に負うところが大きかったわけですが、あのときもトルコはクルド人戦闘員の国内への流入を警戒し、その移動に対して、非常に人数を限定しました。それがコパニの戦いをいたずらに長引かせた原因にもなったのです。
 
こうした姿勢からも、「IS」の掃討がトルコにとって、二義的であるということがうかがえるでしょう。それを裏付けるような事例には事欠きません。
 
トルコのCIAといわれる国家情報機関MITは、エルドアン大統領に非常に近い組織です。そこがシリア内戦に関与し、反体制派に武器・弾薬を大量に送り込んでいるといわれています。ヌスラ戦線やその協力先の武装グループなどへのトルコ政府の援助疑惑を報道したトルコ人記者が2015年に逮捕されました。(続く)
 
Q翁:ご承知のとおりトルコは、大の親日国である。現職の時、トルコ駐在武官の勤務を終えて帰国した同僚から話を聞いたが、トルコ人と日本人は、先祖を一にする兄弟だと彼らは言っていると聞いた。確かにオスマン帝国ができる前、トルコ人がシルクロードを通って、中国から朝鮮半島まで来て、大きな影響を与えていたことは、中国史の中でも記載されている。その後オスマン帝国は衰退し、第一次大戦で、ドイ
ツと与し、敗戦国となり滅亡する。(1922年)
 
その後最もオスマン帝国の跡をついだと言われるトルコが出来上がった。現在のトルコは、東西文明の接点にあり、イスラム国であるが、エルドアン大統領の強圧的手腕によって、近代化を成し遂げつつあるが、シリアの隣国として、内戦の影響を大きくうけつつ、自国優先の政策で、「IS」に対するより、クルド人に警戒を強め、国内では弾圧を強めている。
 
クルド人との間で、今後問題が起きることは、充分に予測できる。
 
また多くのシリア難民を受け入れているが、どういう処遇をしているのか詳細は分からない。ただEU諸国は自国への難民流入を防ぐために、トルコに難民流出を阻止する役目を頼みこんでいる。相当の金額をトルコに支払っている筈だが、それが難民の自立や生活向上になっているのか、全く分からない。
 
ちなみにシリアに潜入し「IS」に処刑された後藤さん等は、皆トルコから、シリア国境を越えて、入国していた。トルコ・シリアの国境が、いかにルーズな状態かが分かる。おそらく現在でも同じなのではないか。
 
2月20日(昨日)のNHKテレビ朝のニュースは、アサド政府軍とトルコ軍の対立が深刻になり、一触即発の事態になっていることを伝えた。
アサド政権は、クルド人武装勢力(YPG)にトルコとの戦いでの協力を依頼し、YPGもこれを了承したという。まさに昨日の敵は今日の友で、遠く離れた日本にいる私達には理解できない。
 
しかし、トルコは一貫してアサド政権打倒で、反政府軍を支援し、同時にクルド人の自立・独立を警戒し、国内ではクルド人の弾圧を続けたことを思うと、アサド政府軍とクルド人武装勢力が与することは、分かるような気がする。
 
ロシアも内心はトルコを快く思っていない。対「IS」では、表面上和解したことになっているが。
 
トルコ対アサド政府軍+クルド の戦争だけは、絶対に始めてはならないとQ翁は思う。
 

 

亡父の日記抜粋3290

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1964年7月13日

 

11日の夜から新潟県下に大雨が降り、今朝まで止まない。このため県下に洪水警報が発せられたので、このところ全く新潟県はたたられている。

 

長岡市では、太田川が氾濫して、県道は不通。栖吉川・浄土川など市内にある小さな川が次々に氾濫して堤防の嵩上げや補強作業をしているが、いづれも急場凌ぎである。

 

一方新組 山本地区で、1m以上も水をかぶっている2000㏊の水田など  この雨で、排水作業はお手上げである。

 

長岡も国体などに備えて、観光設備やスポーツ設備に金を注ぎこんでいるが、市民生活に最も関係のある水防の方はとかく後回しになっていつも応急処理である。一方長岡では毒蛾やダニ・毒アリ・などが大発生して市民を脅かし始めた。シッポの部分についた0.1mmのガラス状の毒針に刺されると、皮膚が赤く腫れあがり、搔くとそこがただれてしまう。

 

又、ワクモダニ・ケナガコナダニ・などが野鳥の巣から人家に入り込んできた。

 

長岡の地震、水害・虫害・とまことに住み難いところである。