母の最期ーーーー病院で死ねずに4か月

 

 脳卒中で倒れ、病院に担ぎこまれるほど恐ろしいことはないと身をもって教えてくれたのは母でした。

 

  私の母は人形作家で、倒れるまで、漫然と自分は90歳くらいは、元気に生きられると思っていたようです。88歳で記念展覧会を開くのが目標だとも言っていました。

 

 その母は80歳のとき、脳卒中で倒れ、病院に担ぎこまれて、4か月後に亡くなりましたが、倒れる前、急速に認知症が進みました。

 

私は当時、福島県川内村という過疎の山村に住んでいて、父母が住む神奈川県川崎市とは、遠く離れていましたが、母から頻繁に意味不明の電話がかかってくるようになりました。

 

言っていることもおかしいのですが、何よりも声のトーンが変です。これはまずい、と直ぐに実家に行き、二階の寝室から出ようとしない母親をなかば強引に病院に連れて行き、MRI(磁気共鳴断層撮影装置)検査の予約をとりました。

 

MRI検査の日、検査室に母を送り込み、父と二人で、終わるのを待っていると、予定よりずっと早く母が出て来ました。検査技師の話では、なんと検査室の中で、「絶対に嫌だ。」「気分が悪い」「帰る」と主張し続け、台の上に載せても動き回るので、検査はできなかったというのです。

 

「なぜ言うことを聞いてくれないんだ」脳梗塞を起こしているらしいことは、素人の僕にもわかる、このままだと、ある日突然倒れ、その後は身体が動かなくなって、病院のベッドに縛り付けられる地獄のような日々が待っているんだよ」

 

と説得しましたが、母は「なぜそう思うの」と取り合いません。

 

失意と怒りを抱えて川内村に戻った2日後、父から携帯電話が入りました。

「ママさんがトイレで倒れてしまったんだけれど、どうしよう」

「どうしようって、救急車は呼んだんだろう?」

「いや…………呼んだほうがいいかな」

「何を言ってるだ」と叱りつけ、救急車を呼ばせ、直ぐに私も駆けつけました。

ICU(集中治療室)に担ぎこまれた母は緊急処置を受け、命をとりとめましたが、半身不随で口もきけなくなりました。

 

私のことは分かるようで、虚ろな目で、見ますが、終始無表情で口はきけません。話かけても反応が返ってこないので、、こちらの言うことが分かっているのかどうか判別できません。医師の説明では、脳細胞が相当壊れてしまっているので、症状が改善することはないとのことでした。

 

一番恐れていた事態になってしまったのです。

 

結局、母と言葉を交わすことは2度とありませんでした。数日で命が尽きるだろうと願っていたのですが、3か月経っても死ねず、病院からはこれ以上入院させておくわけにはいかないから、次の収容先を探してくれと宣告されました。

 

首都圏で、終末期の患者を受け入れる施設など、簡単に見つかるはずもなく、ようやく受け入れてくれる遠方の病院で、倒れてから4か月後、全身黒ずんだ水ぶくれのようになりながら、ようやく息を引き取りました。

 

Q翁:Q翁は、人間の死と人の性格はかなり大きな相関関係があると思っています。亡妻について、Q翁は、毎日のように、病院で検査を受けるように説得しました。それは、何か大きな病を起こすのではという前兆が度々あったからです。時々大腹痛を起こして、一晩中トイレから出られなくなったり、異常に怒りっぽくなたり、いらいらすることが多くなったりしました。

 

そういう症状は、大きな病気を引き起こす前兆だから、とにかく検査を受けてくれとQ翁がいうと、「そんな病気なら死ねばいいんだ」と言う。

Q翁は「人はそうは簡単に死ねないよ」と言うと「絶食すれば死ねる」と反発する。

 

とにかく医学の知識を得ようなどとは思わない人であった。Q翁もなかば諦めていたのがいけなかったといえば、そうだが、当時を思い出しても、Q翁にはどうしようもなかったとQ翁は思っている。それが妻が持ってうまれた運命であったのだろうと思う。

 

今思うと、もし、あの状態で、長生きしていたら苦しみは大変だったろうと思うし、78歳が寿命で、止むを得なかったと思っている。

 

著者の母上が、80歳で4か月の闘病であったことは、大変だったろうと推測しますが、2005年2月25日心筋梗塞発病、2011年7月25日死去の間、6年5か月の介護を思うと、短い介護期間でしたねとQ翁は言いたい。

 

 

亡父の日記抜粋3530

テーマ:

1965年3月11日

 

名古屋国際ホテルを午前9時に出発した。名古屋は大都会であるが、東京のような交通難はない。(渋滞)名古屋駅は東海道新幹線ができて、すばらしい駅になった。午前11時名古屋発新潟行きの急行赤倉に乗る。寺西・河野両君の外、人事課の方の見送りを受けて、恐縮した。

 

今日も良く晴れtれ、中央線から見る山々や沿道の風物を楽しむことができた。新潟県に入ると、また積雪で、にわかに冬に逆戻りした。気温も低く、身に沁みる

 

午後7時、無事帰宅することができた。

10月聖研

テーマ:

世界中が借金に埋まっているという話。資本主義は借金で終焉するとう話を爆笑問題(太田・田中)の司会で、経済専門家を交えて討論が、14日夜NHKが放映された。

 

国も個人も借金まみれの世界である。その最たるものが韓国である。韓国人には、借金まみれで、一生を借金返済で終わる人が多い。そこで文在寅大統領は、100万円以下10年間以上借金返済の追われ、苦しんでいる韓国民の借金を棒引きにする(チャラ)にするという政策を表明している。以下日本の中世に行われた「徳政令」と同じことをやろうとしている。

 

このような対象になっている人の現状を把握(101万円は除外されるのか?通算10年は、どうやって調査するのか?)するだけでも難しいと思うが、それに要する財源をどうするかがまだ明確ではない。勿論貸主の銀行に損害を与えるわけにはいかないから、財源は国が準備しなければならない。

 

つまるところ個人の借金を国が肩代わりするというのである。借金が消えるわけがないというのである。国が借金を負うということは国民が負うことである・

 

リーマンショック以降、世界は低金利で、じゃぶじゃぶとお札を印刷し、世界に流出させた。低金利に惑わされ、開発途上国などは、どんどん借金を増やした。しかし、その借金が、生産に回り、新しい富を作り出せば理想なのだが、結果はそうはいかなかった。一部(多額)の金が、悪の巣窟に蓄積されたと言う。そして世界全体の借金は、一万円札で積み重ねると、月までの距離の半分を超えるという。

 

金が貯金金利によって金を生み出す社会は消えてしまった。だから今や銀行業(本業は成り立たなくなっている。

 

そしてその借金のために、国の経済が破綻するのではないかと、心配される国が世界には何か国もある。こういう状況下で、アメリカがインフレ抑制のために金利を少し上げれば、現在株などに投資されている資金が、リスクが少ない、アメリカの預金の方が良いということになり、株式から預金への鞍替えが起きる。

 

今投資家は、絶えず、アメリカの金利を注目し戦々恐々としているのはこのためである。最近でもアメリカの長期金利が少しあがったというニュースだけで世界的株の大暴落が起きた。

 

それにしても、世界的大借金問題、収拾がつくのであろうか。討論の大学教授の口からも、明確な答えは聞けなかった。大借金時代に埋没して、人類は窒息死するのではないか。と言われている。

 

日本の財政赤字の問題は話に出なかったが、この状態を子孫に引き継ぎ、押し付けることは、許されることではなかろうとQ翁は思うが、世界の情勢は日本どころではないようだ。

14:00、教会で10月聖書研究会が行われ、Q翁は老体を押して参加した。 

 

今日はローマ信徒への手紙第12章3~8節について、嶋田恵悟牧師の奨励が行われた。12章からは、信仰者の生き方、についてパウロの勧めが述べられている。パウロはここでも「わたしに与えられた恵みによって、あなたがた一人一人に言います」と述べている。

 

自分が受けている救いの恵みの上に立って、(土台にして)勧めを語ることを宣言しているのである。

 

そしてその第一に「自分を過大に評価してはなりません」と述べている。パウロ自身ユダヤのエリートとして衆人が認めるところであったので、おそらく自分自身を過大に評価していたに違いない。それがキリストを知り、パウロの回心で、今までのことが、誤りであることに気付かされた経験者なのである。そういう反省にたって、先ず自分を過大評価するな。と述べたものとQ翁は解釈している。

 

日本人は習慣として、謙譲の習性があり、おそらく「自分を過大評価などしていないよ」と言う人が多いかもしれない。しかし人は絶えず、他人を裁き、他人が自分のことをどう思っているか気にしながら生きている。だから優越感や劣等感を抱きながら生きているのである。

 

そういう中で、心では、自分を過大に評価し、他人を見下ろしたり、逆に自分を過少評価していじけたりしているが、内心自己評価については、良く(過大に)評価しがちなのである。

 

次に信仰の度合いに応じて、慎み深く 評価しなさいと言われている。「信仰の度合い」とあるが、わたしたちは信仰を定量的に計測することはできない。信仰は人の業によって救いが与えられるものではなく、人の深い罪を許し、神の義とされることにより、恵み(救い)が授けられるのである。

 

だから人としては、すべてを神に委ねることが信仰なのである。人はいくら先のことを悩んでも、どうすることもできないのであるから、あとできることは神に委ねるしかないのである。老い先短いQ翁には、当然のことのように思える。(明日の命も分からない)

 

教会については、人の身体に例えて、パウロは述べている。個人ではいくら信仰に励んでも自己完結はできない。教会という群れの中で、一人一人は授かった賜物を活かし、教会の交わりを構成することが大切であると述べているのである。一人一人は身体の一部である。どの一部も身体を構成する上には必要なのである。目が口に向かって、「必要ない」などとは言えない。

 

教会の中の信仰者は色々な賜物を授かっている。それを大きく分けると「預言の賜物」と「奉仕の賜物」に分けられる。

 

預言とは御言葉を預かって、語る務め「教える」「指導する」。奉仕は、兄弟姉妹との交わりを形作る務め「施しをする」「指導する」「慈善を行う」

このことによって神の栄光が現れていく。一人一人がそのために用いられていく。

 

一人一人の祈りの中に本日の聖書研究会は終わる。早々とQ翁の誕生祝いをうける。満90歳が迫ってきた。感謝。

 

16:00無事帰宅

 

 

 

 

 

亡父の日記抜粋3529

テーマ:

1965年3月10日

 

ぐっすり快適なベッドで眠ったので、今日は元気になった。室温が高いので、風邪をひくと思って、思い切って薄着になり、オーバーをホテルに預け、自動車でエルモ社に出かけた。途中熱田神宮に参詣のため、車を出たら、風は寒い。5℃である。神宮は戦災をうけたらしく、街の中にあり大木が茂っているが何か寒々とした感じである。

 

再び自動車でエルモ社に着き、水谷常務、寺西人事課長、研究開発部次長頼使(てし)晴夫氏に面接したのち、新潟大学卒業の河野碩君の案内で、工場を見学した、設備も建物も新しく Honey well-Elmo の合作である映写機などはすばらしいと思った。また新製品の8mm映写機は、ズームレンズ6倍で、しかも自動調整方式で、国産品としては、最高級品であろう。比較的小さな工場で、、よく業界の競争に耐えていると感心した。

 

午後河野君と寺西課長の案内で、名古屋市立名古屋科学館を見学した。地下2階地上12階の建物で、すばらしい設備はうらやましく思った。夕刻名古屋大学の外観を見学し、寺西、河野の両君と夕食を共にして、ホテルに帰る。今日もすばらしい部屋で寒さを忘れ、静かに休息した。

 

 

さらば民主主義18

テーマ:

しかも、同じような問題は、アメリカだけで起きているいるのではない。イタリアでも移民排斥を訴える右派が勢力を持ち、フランスでもマリーヌ・ルペンが率いる国民戦線が大きな支持を持ちつつあり、オランダでも移民排斥派の右派が勢力を拡大しており、(2017年3月の総選挙では予想より議席が伸びませんでしたが)ドイツでもメルケル首相の人気が落ちています。(今般行われたドイツ南部バイエルン州の地方選挙で、メルケル率いるキリスト教社会同盟は支持率35,5%で議席の過半数を確保できず、メルケル首相には、大打撃となった。原因は移民・難民受け入れに対するドイツ国民の反発と言われている。)

 
これ以上社会の状況が悪くなれば、ヨーロッパにおいても、トランプ型の政治家、つまり自国の利益のあからさまな追及を訴える独善的な指導者が生まれるでしょう。
 
それは世界中どの国も同様です。
 
これまでどうりの比較的オーソドックスな方法で、国を立て直すことが、極めて困難な時代に入りつつあるということなのです。
 
民主主義は、ある程度社会が安定していて、人々の価値観が共有されており、突拍子もない出来事が起きない、比較的穏やかな状態では一定の機能を果たすことができます。
 
ところが社会が不安定になり、混乱期を迎えると、民主主義はデマゴーグ型指導者を生み出す可能性がかなりあるということです。
 
その意味で、民主主義とは何なのか、改めて問うべき時代になったのです。
 
Q翁:世界がこうなってきた要因は、いくつもあるとQ翁も思いますが、IT技術の発達もその一つと言えるでしょう。トランプ大統領のツイッターを世界中の人が見ています。そして世界中のあらゆる情報が、「フェーク・ニュース」も含めて世界中を飛び回っています。中国や北朝鮮の為政者が、いかに政府にとって不都合な情報を抹殺しようとしても、自国民は世界中に行っているので、海外で得た情報はたちどころに国内に持ち込まれるでしょう。逮捕拘留処刑されるので、黙っているだけで、情報は知っている筈です。もう情報統制などできる時代ではないのです。
 
アメリカが、IT関連会社のCEOなどが、とんでもない巨額の富を積み上げているのに対し、中流と言われた白人が、失業などで、下流の追いやられ、社会の格差が増大しています。そこで社会の分裂が起こる。この傾向は、先進国と言われる国に波及しています。特にEUでは、そこへ北アフリカや中東からの難民問題が加わりました。難民排斥を掲げ当然のごとく右翼といわれる勢力が増え続けています。考えてみれば、どれもこれも自然の流れなのです。
 
中東では、ここにきてサウジアラビアが問題になっています。サウジ政府を非難していたジャーナリストが、トルコのサウジ領事館の中で、暗殺されたのではないかという事件が起き、EU諸国はサウジアラビアに対して極めて厳しい対応をとろうとしています。
 
これに対し、サウジアラビアは世界の石油を握っているという自負から、サウジに対して制裁を加えてくるなら、相応の反撃をすると、案に石油輸出を停止することをほのめかしています。これにはトランプ大統領も頭を痛めています。「「IS」最終戦争」のブログでも、述べてきましたが、サウジアラビアは、イスラム教の中で、スンニ派の宗主国という自任で、シーア派のイランと対立を深めています。隣国イエメンでは、イラン対サウジアラビアの代理戦争のようなことで、サウジアラビアは大きくイエメンに介入しています。
 
トランプ大統領は、サウジアラビアを中東の同盟国として、必要としているのです。だから膨大な軍事兵器を売り込んでいます。16日朝のニュースでは、どうもジャーナリスト殺害は、真実となってきたようです。サウジアラビアでは、反政府言論はこのところ弾圧され、その状況は中国と変らないようである。言論の自由を弾圧すれば、自由主義社会からは、人権問題として厳しく対応されます。世界のエネルギーを握っていると自負しているサウジアラビアの、実権を握った若い皇太子が、どう出るか。世界はまた悩みの種を抱えた格好である。
 
何が正しいのか、悪いのか。人類の幸せにつながるのか。などと議論していても、そんなことを無視するように世界の、自然の流れは止めようにありません。
 
トランプ大統領は、「アメリカがサウジを支援しなければ、サウジはロシアにとられる。」それで良いのかと言っている。ここのところ中東の動きから目を離せない。
 
 

 

亡父の日記抜粋3528

テーマ:

1965年3月9日

 

午前9時47分長岡発急行赤倉で名古屋に向かった。今日は日本晴れで、上越の山々は雪を頂いて白く光っている。田口駅からはスキー客でかなり混雑したが、長野県に入って雪も殆ど無くなり、春の息吹を感じる。予定の如く、午後5時51分名古屋に着いた。エルモ社の出迎えを受け、富沢町の料亭「大橋」でエルモ社の常務水谷信一氏。寺西人事課長と夕食を共にした後。名古屋国際ホテルに泊まる。

 

部屋は12階で、暖房は23℃一定で、快適である。こんな部屋にいると、外界の気温がどうなっているのか全く分からない。部屋の温度は表示されているが、外界の温度が知りたいと思う。

養老孟司著「遺言」50

テーマ:

アートの効用

 
若い時に、私は心理分析に関心があった。でも中年以降、まったく無関心になった。自分自身が抱えていた心理的な問題があって、それが解決してしまったということもあるが、次のように考えるようになったからでもある。ヒトはそれぞれ、自分の心理についての専門家なのである。それを率直に認めたら、あとはアートを楽しめばいい。楽しくないなら関わらなければいいのである。
 
ここにもう一つ、アートの効用が見えてくるであろう。対人関係なら、たえず相手を自分と交換して、相手がどう考えるかを推測しなければならない。アートにはその必要がない。作者の心を推測することはあろう。それでも別に構わないが、それをすると、対人関係に話が戻ってくる。それに疲れたから、アートを楽しむ。そういう人が多いはずである。そもそも作者が隣に立って、作品の意味をいちいち解説する。そんな芸術作品があるか。あったとしても、私はべつにそれを見に行き、聞きにいこうという気はない。何百年も昔の絵画が珍重される理由の根本はそれかもしれない。作者はしゃしゃり出てきて、余計なことをいう心配がまったくないからである。
 
数学が最も普遍的な意識的行為の追究、つまり、「同じ」の追究だとすれば、アートがその対極を占める。いわば「違い」の追究なのである。
それは直感的に多くの人が気づいている筈である。津田一郎式に表現すれば、「アートは数学的には誤差に過ぎない」となる
 
Q翁:「ヒトはは自分の心理についての専門家である。それを率直に認めたなら、あとはアートを楽しめばいい。楽しくないなら関わらなければいいのである。」
 
ヒトは一生の間で、多かれ少なかれ対人関係で悩むことが起こる。それは親子関係という最も親密な関係の間でも起きる。ましてや生まれも育ちも違う他人との間では悩みが起きない方が不自然である。そういう悩みを乗り越えて夫婦ができ、新しい家庭が築かれる。
 
ヒトは自分が思っていることを基準にして他人の考えを推測する。例えば利己主義な人は、他人が、犠牲的精神(本人はそうは思わない)でやる行動をみて、そんなことはできる筈がないと思ってしまう。そこには何か自分が得をすることを考えているのだろうと推測する。それは自分自身の性格の現れてなのである。だからそういう人は、相手の気持ちが理解できない。
 
利害を抜きにして、奉仕をするということなど信じられないのである。逆に他人に良く思われようとして、意識して奉仕をしている人は、何もしない他人に文句をいいたくなる。ちこちゃんではないが「なに、ぼーっとして生きてんじゃねーよ」と言いたくなる。
 
世の中は、どんな些細なことでも誰かがやらなければならない仕事が沢山あるが、それに気づかない人が多いのである。
 
Q翁も妻に先立たれ、独居生活を始めてそのことに気付いた。独居生活では、自分でやらなければ、ならない仕事が山ほどあるのである。
自分がやらなければ、ゴミ一つ、塵一つ、風でも吹かないがぎり、ずっとそこに居座っているのである。(ニュートンの法則どうりである)
 
かつてQ翁の部下にMさんという人が居た。彼は中年になって、奥さんとの関係が破綻し、新しい女性と懇ろになった。Q翁は奥さんに頼まれて、Mさんに忠告することになり、我が家に呼んで二人きりで話をした。
 
Mさんが言う。「私は今の彼女と一緒になって、初めて、家庭の幸せを知りました。食事時にはチャンと私の箸と茶碗を食卓の上に準備してくれます。私はそれだけで涙がこぼれました」と。
 
続いて言った。家内は家族(私と二人の子供の)の洗濯を一切しない。仕方はないので、勤めに行く前に私がせ洗濯をした。私が洗濯物を干していると、近所の奥さん連中が必ず声をかけて来た。「旦那さん、よくやりますね。」と。これは誉め言葉ではないんですよ。Qさん分かりすか。「バカにしている言葉なのです」、私は、そういう世間の白い目に耐えて生きてきたのです。今の彼女は黙っていても、洗濯もしてくれるし、アイロンもかけてくれます。もう感謝で、涙がとまりませんよ」
 
Q翁はこの言葉を聞いて、彼女との縁を切る努力はムダだと思いました。結局家庭裁判になり、Mさんは離婚が成立し、Q翁のところに喜んで報告に来ました。その後Q翁も退職し、疎遠になりましたが、風のたよりでは、その後、後妻の彼女は、かなり重症の認知症になり、Mさんは介護に明け暮れているとのこと。気になりながら詳細はわかりません。もちろん元の奥さんの消息もわかりません。
 
悩みあればアートで楽しめばいいと言われても、現実の世の中の対人関係の悩みは、時に人を自殺に追い込むほど厳しい。いじめ自殺なども後を絶たない。そして根本的解決策は、未だにない。ヒトはそれぞれ個性があり、考え方も感じた方も違う。この違いをむりやり同じにしようとしてもムダであり無理だとQ翁は思う。
 
いじめ自殺事件などで、、関係者が言う言葉に、Q翁はいつも反発する。そんなことで、いじめや自殺はこの世からは消えないよ。と、そしてその通り未だにいじめ・自殺は続いている。

亡父の日記抜粋3527

テーマ:

1965年3月8日

 

昨日は午後から晴れて雪が融けたと思ったら、今朝は又雪が降っている。関東戦域に異常乾燥注意報が出て、晴天が続くだろうというのに、こちらは、連日の雪である。狭い日本だというのに、山一つ越えれと別世界である。

 

考えてみると運命というかこんな雪国にもう25年も住んでいる。これからどこへ移るといってもあてもない。

 

大都会は住宅難だし、さればと言って田舎の新しく家を建てる勇気もない。

 

第一田舎では医者も不自由だし、老人は日常の生活にも事欠くことになるだろう。そう考えると、長岡は雪は降るが、とにかく25年の生活の実績がある。

 

下手に移転すると、生活が一層苦しくなるかもしれない。

 

老人になると何もかにも億劫である。若い時からめんどうな事は嫌いな性格であったから無理もない。

一つになるために

テーマ:

NHKは、ソフトバンクの孫社長・東大教授を招いて、爆笑問題の2人(太田・田中)と、AIが資本主義を終わらせるという対談を放映した。資本主義は資産・工場・労働力(労働者)によって社会に富の循環を作ってきたが、今やAIが発達し、労働者に代わってロボット(AI)が、工場を占拠する時代になりつつある、

 

資本家はロボットに給料を払わなくてもよい。ロボットは賃上げなども叫ばず、プログラムとうりに延々黙々と働く。働き方改革など関係ない。

すると、利益はどんどん資本家に集まり、利益の再配分機能はなくなってしまう。

 

世界は失業者で溢れ、消費は減退する。極端の場合、多くの人が貧困のために死ぬことになる。必要なのは僅かな数のAIロボット開発エンジニアとそのメンテナンスができる人だけになってしまう。

 

お金の循環がなくなれば、資本主義は終焉を迎えることになる。AIによって、言葉の壁も取り除かれる。通訳。翻訳家など要らなくなるという。

AIは部分的能力において、完全に人間を追い越すことが可能である。

 

瞬時の判断力なども人間の能力をはるかに凌ぐ。大農園でイチゴ収穫の映像が移されたが、収穫時期のイチゴの実を瞬時に判断し、人間の手より遥かに柔らかく、実を収穫してしまう。延べ数千人を要していた、イチゴ収穫の作業員は、このロボット1台で、不要になったという。

 

あらゆる分野で、人はロボットに職を奪い取られる。そして失業した人々は、何で収入を得れば良いのか。

 

孫社長は、こういう社会になれば、奪われる職場もあるが、また別の仕事が増えるとも言っていたが、それは過去の文明発達の過程で言えたことで、AIという、人間を越えるロボットが出現したら、過去の例は、意味がないようにQ翁は思う。

 

車社会も世界は一斉に「無人運転車」の開発に凌ぎを削っている。水陸両用は勿論、空飛ぶ車も開発しているという。

 

でも大衆が失業し、収入が絶たれれば、これから開発される文明の利器も宝の持ち腐れになってしまうのではないか。地球上の70~80億人の人が、どうやったら幸せに生きられるか、世界はこぞって知恵を絞らなければならないとQ翁は思う。

 

これからの若者(曾孫の時代)が、どういう生き方を選ぶか、Q翁は不安一杯になっている。

 

09:10いつものとおりマイカーで教会礼拝に赴く。本日はヨハネ福音書第17節20~26節に関連して「一つになるために」というタイトルで、嶋田恵悟牧師の説教が行われた。

 

17章イエスの決別説教後の祈りも、最後に至って「教会と神との一致について」祈られたのである。次章でイエスは逮捕され裁かれ、十字架にかけられる道を自ら歩まれる。

 

22節で「わたしは、あなたから戴いた栄光を彼等に与えました。それはわたしたちが、一つであるように、彼等も一つになるためであります。」

23節では「わたしが彼等におり、あなたがわたしにいますのは、彼等が完全に一つとなるためであり、またあなたがわたしをお遣わし、わたしが愛されたように、彼等をお愛しになられた世を知るためであります。」

 

実際にイエスが十字架に処せられるとき、弟子たちは、一つになるどころか、ばらばらになっていた。弟子達の信仰が揺らいでいた。イエスはこれを見通されていたので、ひたすら弟子達が一つになることを祈られていたのである。

 

キリスト教の歴史を見ても、特にヨーロッパでの歴史は分断の歴史であった。宗派が分かれ、宗教戦争といわれるものまで起きている。それは現在まで続いている。

 

旧約聖書の中にバベルの塔の物語が述べられている。詳細は長くなるので、記載しないが、(バベル=混乱)という意味である。人間はそれぞれ根底に名誉欲と言う原罪をもっている。

 

そのため人間の歴史は統一と分裂の繰り返かえし、これは国家でも、民族でも個人でもひとつになれない宿命をもっている。

 

イエスはそういう人間の原罪を認めた上で、教会と神との一致のために祈られたのである

 

そこで本日の冒頭か所で、「わたしは彼らのためだけでなく彼らの言葉を聞いてわたしを信じてくれる人々のためにもお願いします」と祈っておられます

すなわちキリストを信じる人だけでなく、その他一般の人々で, 彼等(弟子達)のことばを聞いて信じてくれる人々の為にも祈っておられるのである。

 

21節には「父よ、それはあなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるようにみんなの者が一つとなるためであります。」

 

ひとつになるということは愛しなさいということである。しかし、このみ言葉は抽象的で非常に分かり難い。

 

新約聖書の中でマタイ福音書・マルコ福音書・ルカ福音書などの共感福音書と言われるものは、イエスの十字架を狭義の受難物語として、十字架の「苦しみ」を表現している。その苦しみの中で、「父よ彼等をお許し下さい。自分が何をしているのかしらないのですから」と言われたことが記されている。

 

それにヨハネ福音書はイエスは十字架で「成し遂げられた」として、言われたと述べている。ヨハネ福音書は十字架を栄光の時としている。

 

最後に説教は、全盲・全ろう(光と音のない世界)で指先の触覚だけで東大教授になられた福島智教授の「生きる力」の話をされた。福島教授についてはテレビでも何度も放映され、このブログでもQ翁は何度かとりあげたので、重複詳細述べることは控えます。

 

福島教授が言われるように、人は他人に生かされている。自分だけで生きているのではない。それは90歳になるQ翁も強く思うことであり、まして光も音もない世界(通常の人には想像もできない世界)を生きてきた、福島智教授の言葉は重い。指先で紡ぐ愛。(グチもケンカもトキメキも)唯一指先の触感だけが、この世との繋がりなのである。ですから常に誰か指先を通じて会話できる補助する人が必要なのです。

 

これは人が一つになるヒントを示唆している。福島教授と指先通訳をされる方、一心同体でなければできない。

 

すっかり寒気増した中、12:00無事帰宅。

 

 

 

 

 

 

 

亡父の日記抜粋3526

テーマ:

1965年3月7日

 

昨日は新潟県下に大雪注意報が出て、かなりの大雪となったが今日はようやく解除されて、陽の光を見た。家の前の道はブルトーザーが来て自動車が通れるようになった。

妻は午前中教会にでかけたが、牧師が給料値上げを要求したらしい。貧乏人の集まりでは、教会を維持することは難しい。

 

午後久しぶりに、市中に買い物に出かけた。まずミヤコ屋メガネ店で、メガネを買い、丸大に行って折り畳み傘その他、食糧などを買った。

 

大手薬局で、メンフラを買ったら、おまけとして武田のBeniolという動脈硬化予防、治療剤を貰った。これは私が今中沢医院から貰っている薬と同じもののようである。薬局はでは多分足腰の痛む老人はきっと動脈硬化だろうと思ったらしい。