一之宮貫前神社(いちのみやぬきさきじんじゃ)


総門


一之宮貫前神社は群馬県富岡市一ノ宮、蓬ヶ丘(よもぎがおか)と呼ばれる丘陵の北斜面、俗に菖蒲(綾女・あやめ)谷といわれる渓間に南面して鎮座しています。

南の参道をのぼって総門に至り、そこから石段をくだった位置に社殿があり、いわゆる下り参道となっています。




楼門
楼門は入母屋造り、銅板葺き。元禄11年に大修理が加えられ、昭和4年には杮板葺きから現在の銅葺きとしました。


群馬県南西部、鏑川左岸の河岸段丘上に鎮座し、信州街道に面する。当社は物部君(毛野氏同族)が祖神を祀ったことに始まり、古代には朝廷から、中世以降は武家からも崇敬された。


境内は正面参道からいったん石段を上がり、総門を潜ったところから石段を下ると社殿があるという、いわゆる「下り宮」と呼ばれる配置となっている。

社殿は江戸時代に第3代将軍徳川家光・第5代綱吉により整えられ、本殿・拝殿・楼門等が重要文化財に指定されている。



本殿と拝殿




本殿
単層2階建てで「貫前造」と呼ばれる独特な造りである。また、内部は2階構造になっていて上段に神座が据えられ、稲含山に向けて「雷神小窓」が設けられている。
(写真の黒円内)
(拡大画像 HPより)

本殿、拝殿、楼門、回廊は、江戸幕府第3代将軍徳川家光による寛永12年(1635年)の造営。元禄11年(1698年)、第5代綱吉による大規模な修理で極彩色の漆が塗られ、現在の華麗な造りとなった。いずれも国の重要文化財に指定されている。


江戸時代初期の漆塗りで極彩色の造りで、明治45年2月8日に旧国宝(重要文化財)となりました。

大修理が元禄11年(西暦1698年)に徳川綱吉公によって行われ、その後は明治5年(西暦1872年)以降に屋根の葺き替えが5回、彩色の塗り替えが4回行われ、昭和3年に解体修理がなされています。

平成の大修復は実に80年ぶりの大掛かりな修復工事でした。



神楽殿



帰りは総門へ上り階段ですえーん


月読神社

祭神:月夜見命ほか17柱
楼門への石段の横に鎮座する。社殿は寛永12年以前の本社の旧拝殿で、牛王堂として使用されていた。明治時代に月夜見命を祀って月読神社とし、明治41年に近在4社を合祀した。


二十二社

仮殿敷地に隣接して鎮座する。社領内に祀られていた各社を、寛永12年の造営時に一棟にまとめたもの。


大鳥居


大鳥居からの眺めが綺麗でした照れ
奥の山並みは秩父方面かなウインク


総門を潜り石段を下るいわゆる「下り宮」、こういう配置は初参拝だと思います。

「日本三大下り宮」とは群馬の貫前神社、宮崎の鵜戸神宮、熊本の草部吉見(くさかべよしみ)神社だそうです。


下り宮、不思議な参拝でした。

他社も機会があればぜひ参拝したいです照れ



続く…