一周忌なのである。5月2日。

忌野清志郎の一周忌。略して「忌野忌」である。

そうなのである。ロックなんだ、忌野つう男は、どこまでも。


去年、この日、俺は、友人たちと中野で飲んでて、その帰り道で、訃報を知った。

まさに、streetslidersの「帰り道のブルー」みたい気分だった。


この年、俺はまったく前向きに生きることができなかった。

08年末、高円寺から鎌倉の海近くに越したのは「のんびりしよう」という気持ちからだったが、まったくだめな09年だった。その原因は、キヨシローの死もそうだが、もっと身近な友人・同士の死をいくつか立て続けに経験し、自分のなかで、平常心が保てなかったこと、そして、相次ぐ、かかわった雑誌の廃刊。俺は、自分の著書が出ることが決まっても、まったく喜べないで、過ごしていた。


焦りといういかがわしいやつが、俺に寄り添ったんだ。


で、2010年になり、俺は「変わった」。

そうだ、キヨシローの「WATTATA(河を渡った)」である。

おれは、暗い夜の川を渡った。


俺は考え方が変わった。そうだ、キヨシローが言うように、

「俺は川を渡った」のだ。


詳細は省くが、俺は、自分の道を信じることにしたのだ。

考えてみれば、俺はできるヤツなのだ。

このアホ言葉を聞いて「おいおい」という人がいてもいい。でも、ここまでやってきた人間なのだ。自分の文章を信じるしかないのだ、しょせんは。


そしてキヨシローは唄っていたのだ。

「すべてはALRIGHT(YA BABY)」で。

「頭ごなしに笑われても うぬぼれて踊ってりゃいいのさ 突然の贈り物を受け取るときがきっとくるさ」って。

確かに。


思い出したんだ。

俺が大学に入る前を。

俺、色々あって2浪しているのだが、その途中、何回諦めかけたかを。

浪人中、ある時、新宿の繁華街を一人で歩いたことがあった。

そのとき聴いたのは、RCの「あの歌が思い出せない」だった。

孤独を歌い上げる究極の歌です。誰が何をいおうと、永遠の孤独の曲です。


曇った街並み

僕にはうたう唄もない

きみがいつも 唄ってた

あの歌が思い出せない


そして、10校近く受けて、一校だけ受かった。明治だ。

もっと低い偏差値の大学全部落ちて、だ。ある意味、奇跡です。

贈り物。


俺は、在学中、けっこうもてたりしていい気になったものの、そりゃ、神様、怖い。

就職活動では、こてんぱん。俺、4月の時点で、国分寺のアパートで泣いてた。


その後、必死に頑張った。

贈り物、信じてね。

そして、いつの間にか、なんとか、ライターや編集としての仕事で、なんとか、なんとか、やっていけるようになった。


キヨシローは夢を持てという。

そんなたやすいことじゃないよと、俺の“黒い部分“はいう。

でも、それでも、考えてみれば、俺は夢を持っているのだ。

それでいい。

それでいいじゃないか。

贈り物、頑張ってりゃ、けっこう届いているじゃん。


だから、この先も思う存分いけばいいと、そう思ったんだ。

そうしたら、一気に気が楽になった。


キヨシロー、これからも宜しく頼むぜ。

決して、あなたの存在に頼り切りはしないよ。

そんなの、あなたは嫌うだろうから。

でも、頑張るから、見ていてほしい。

あはは、見ているわけねーーよなーー、俺のことなんて(笑)。