事務室の窓際 | ドクター鈴木・あめぶろ研究室

事務室の窓際

 同じ学会に所属する、某国立大学法人の助手のM先生と久しぶりに昨夜、ホテルの喫茶店で会った。相談事がある、という。M先生とは何年か前まで3年間共同研究でお世話になった経緯があり親しくさせていただいているが、あまりにもやつれ果てた姿に、ことが尋常でないことはすぐに分かった。


 師事している教授が定年で退官され所属研究室が廃止。M助手は行き場がなくなった、のだ。今後の身の振り方について相談を持ちかけられた、というわけだ。


 私はうっすらとその処遇について危機感を感じてはいて心配はしていた。いや、先日行われたはずの彼の勤務先の大学の卒業式に彼は出席しておらず、「すわ!クビになっちまったか!」とかなり早合点してガセを流してしまった。しかし、冷静に考えてみると、まさに今は首の皮が一枚だけくっついている状態、であって、全く根も葉もないことではなかった。


 こうなることは上司の教授の年齢を考えれば何年も前から分かっていたことで、私も共同研究でお世話になっている頃から「老婆心ながら」と『その日以降のこと』を考えておくように彼には忠告してきた。それをお座なりにしておいた彼が一番悪い。だからXデーになってから慌てているのだ。本来ならば「知るモンか、そんなこと」とばっさり切り捨てる問題かもしれない。しかしそうは言っても同じ釜の飯を食った仲間なんだし・・・。


 このブログで何度も書いているように、私は「常勤」の「助教授あるいは教授」の座を狙っている。オファーがあれば全国どこにでも行って話を聞いてくるが、同時に公募に応募したりもしている。その際に推薦状をゲットしてくる必要があるが、私の場合はM先生の上司たるU教授のそれをいただくケースが多かった。今まで、教授が推薦状を書き渋ることが何度かあった。実は私の志願先にM先生も志願していることがあったのだ。そんなときは、私には推薦状を書いていただけない。だから、M先生はライバルでもあるわけだった。先にM先生に片付いていただいてその後私が、と思っていた。


 で、M先生、失礼ながらあちこちの公募で落ちまくり、私が先に現在の職場を射止めている(ただし、私も本来の希望である常勤ではなく客員)。


 上司の教授が退官され、研究室は廃止。M先生も所属する研究室を失う。しかし、「助手としての雇用契約」は18年度も生きているのでどこかで「助手」の仕事をしなければいけない。そこで四月以降机を置いておくのが『学科事務室』なのだそうだ。パートタイマーで働きに来ている事務員のお姉さんの隣。研究者である助手の先生の仕事が、研究ではなくて「パートのお姉さんのお手伝い」とは何たることか。要は、一般の企業で言うところの「閑職への配置転換」「窓際族」であろう。


 M先生曰く、結局は今までと同程度の給料は出るので、窓際だろうがなんだろうが勤めるが、研究者としてのスタンスがなくなるのはとても嫌だ、と肩を落とす。私だったらそんな「税金泥棒」的なことは痛ましくてできないかもしれない。


 さらに、彼の大学では平成19年から助手制度を廃止し、代わって任期制の、「助教」とか「実験補佐員」という職域を新設するのだという。つまり、M先生としては18年度中に助手の身分から上(最低で講師、できれば助教授)に上がらないと、必然的に職を失う(か、降格人事となるこれらの新職域への配置転換)ことになる。


 現在でも彼に対するほかの先生からの風当たりは強いという。そりゃ言い方は失礼だが、上にあがる努力をろくにせずに20年間助手という地位に甘え続けていたのだから評判は悪いだろう。ある意味自業自得。これから一生懸命論文を書いたところで、18年度中の昇進は無理だ、と部外者の私でも感じる。しかも、彼に対する風当たりを一身にかばってきた上司の教授が退官されることで防風林がなくなり、その風は減衰することなくまともにM先生に降り注ぐことになるだろう。


 これから先、事務室に出勤しても研究活動はできないし、この際だから退転職したいと思う、というのが今夜のM先生の相談の骨子だ。


 難しい。非常に厳しい。大学院を修了後20余年間国立大学(最後の2年は国立大学法人)に奉職していて民間を知らない助手の先生が、果たして民間でどんな仕事ができるのだろうか。いわゆる定年後の天下りの方々とは違って、「働き盛り」時期でのそれである。企業が求めるスペックも、「定年後の天下り」と「中堅失職者」では違いすぎるだろう。言い方は失礼だが、「中年学者馬鹿」が民間で何ができるのか。


 私は2時間以上に及ぶ相談で明確な結論を出してあげることはできなかった。ただ、本件人事に関して学内の嫌がらせのようなハラスメントがあるとしたらそれは人権問題だから出るところに出ても戦うようにはアドバイスした(彼は組合に入っていないので、出るところというのはいきなり裁判所?)。大学に残るのも地獄、民間に出るのも地獄なんだろうな。


 そういった意味では、私は現在の立場で感謝しないといけないのかもしれない。大学では結構好きなことさせていただいているし。いずれにしろ、彼の今後の生き方が気がかりではある。ではそういうことで。