医事評論家(元日本医師会常任理事)、森田浩一郎(91歳)、8日午前10時30分、 老衰のため死去しました。関係者の皆様、長年にわたり、父を支えていただきありがとうございました。


時事通信社から


日本経済新聞から


大正14年 11月17日 生まれ、没年91歳


葬儀告別式は近親者のみで実施し、日時場所など詳細に関しましては、恐縮ですが、非公表とさせていただきました

 

つきましては、「お別れの会」を下記の通り執り行います

4月7日(金曜)、午前11時〜午後1時30分

東京帝国ホテル 「孔雀の間」

東京都千代田区内幸町 1丁目1番1号

 

ご来臨の節は、上記内のご都合のよい時間に平服にてお越しくださいますようにお願い申し上げます。


招待状は送付いたしません、会費もございません、皆さまお誘いあわせの上、お立ち寄りください。

写真展示なども行います。

 

また誠に勝手ながらご香典ご供花ご供物の儀は固くご辞退申し上げます。

 

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メディアでの活動

 医事評論家として、全国各地において、講演および週刊誌、雑誌に投稿。テレビ、ラジオ各局に出演していた。出演回数は4000回以上におよぶ。愛する二人別れる二人(フジテレビ)、朝のワイドショー(日本テレビ)、11PM(日本テレビ)、小川宏ショー(フジテレビ)、やせ方決定版(TBS)、トゥナイト(テレビ朝日)、3時のあなた(フジテレビ)、お昼のワイドショー(日本テレビ)、暮らしのヒント(日本テレビ)、ピュアピュア(テレビ熊本)等々。

 テレフォン人生相談(ニッポン放送)に回答者として、昨年まで30年以上にわたり出演中でした。また全国各地で、『心と体の健康』をテーマに講演活動を行った(約2000回)。

 

主要職歴

医療法人杉村会杉村病院名誉院長、兼介護老人保健施設「のぞみ」施設長

学校法人神田女学園、神田女学園中学・高等学校理事長

崇城大学客員教授

三船敏郎芸術学院院長

上智大学文学部教授

社団法人日本医師会常任理事(19841992

社団法人東京都医師会理事(19771984

社団法人下谷医師会会長(19691979

ライオンズクラブ国際協会東京、埼玉地区ガバナー兼東日本ガバナー協議会議長(19751976

 

賞罰

昭和42年 警視総監表彰

昭和51年 日本赤十字社金色有功章受章

昭和52年 台東区長感謝状

昭和55年 交通栄誉賞緑十字金賞受賞(警察庁長官、全日本交通安全協会長)

昭和56年 東京都知事表彰(衛生功労)

昭和57年 藍綬褒章受章 (春)

平成3年  日本医師会最高優功賞受賞

平成13年 勲四等旭日小綬章受章

 

学歴

東京都文京区誠之小学校、旧制麻布中学校、旧制成城高等学校理科乙類を卒業

昭和26年3月 国立熊本大学医学部卒業

昭和26年4月 郵政省東京逓信病院実地習練(インターン)

昭和27年5月 第12回医師国家試験合格(医籍登録145885号)

昭和27年~34年 郵政省東京逓信病院研究員

昭和28年~34年 熊本大学体質医学研究所臨床学研究部(現熊本大学医学部代謝内科)研究生

昭和34年11月 医学博士の学位授与

 

民間関連歴

 

昭和28年 父業森田医院を継承

昭和36年 社団法人下谷医師会理事、副会長を歴任

昭和44年 社団法人下谷医師会会長、兼同附属看護高等専修学校長(5期10年)

昭和47年 東京都医師国民健康保険組合理事(7期13年)

昭和52年 社団法人東京都医師会理事(4期7年)

昭和52年 社会福祉法人東京援護協会理事

昭和52年 上智大学工学部非常勤講師

昭和55年 上智大学文学部教授

昭和56年 三船敏郎芸術学院学院長

昭和59年 社団法人日本医師会常任理事(4期8年)

昭和59年 アジア大洋州医師会連合理事(CMAAO

 

その他

日本国際医療団常任理事、国際救急医療体制運営委員会委員、社団法人日中医学協会常任理事、財団法人柔道整復研修試験財団理事、財団法人東洋療法研修試験財団理事、RIC財団法人労災診療共済事業運営委員会委員、自動車保険料率算定会自賠責保険後遺症障害不服審査委員会委員、明治鍼灸大学客員教授、東京都台東区健康づくり推進協議会会長、等を歴任。

現在、下谷警察懇話会会長、下谷医師納税貯蓄組合長、ツィター奏者河野保人後援会理事長

 

 

審議会関係

昭和52年 東京都台東区下谷保健所運営協議会会長(10期19年)

昭和59年 国際科学技術博覧会科学万博理事、兼医療、衛生連絡委員

昭和59年 厚生省あんま、マッサージ、指圧、はり、きゅう、柔道整復等中央審議会委員

昭和63年 大蔵省自動車損害賠償保険審議会臨時委員

平成2年  厚生省看護職員生涯教育検討会委員

その他、旧厚生省、旧文部省、旧労働省の各省審議会委員を歴任



 

私が物心ついたころからの父の口癖がいくつかありました。「友達以上に重要なものはない」、「だれにも負けないプロフェッショナルな腕を持った職人になれ」、「たった一言の失言でも人は失脚する」。

また、破天荒な生き方をし、酒豪でした。中咽頭ガン、食道ガン、胃ガンなど、様々なガンを前向きな気持ちで克服してきましたが、昨年5月より足腰が弱まり、都内老人施設に入所。昨年のクリスマスの、サントリーホールでの、第九のコンサート鑑賞が最後の外出でした。


年末のコンサート


3月7日は、スタッフらのお力添えにより楽しく入浴ができ会話し、死去した8日朝は、ビールを朝食時に飲み、その後、安らかに息を引き取りました。

長く長く、深く深く、味わいのある父の生きざまでした。


日本医師会および各都道府県医師会、医療法人杉村会杉村病院(熊本)、学校法人神田女学園、ライオンズクラブ、ニッポン放送、その他、大勢の方々に心より感謝申し上げます。

 

今年1月

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去年1月

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粋な生き方でした。