1.

僕たちは、深い森の中を歩き続けていた。
鬱蒼と繁る木々の中を、踊るように歩く彼女の前では、

不思議なことに、道は途切れない。
彼女が突然振り返って言った。


(あなた、海で溺れた人の顔を見たことがある?)


(溺れたままね、ずっと海の底を漂っている人の顔よ)


(わたしね、一度だけ見たことがあるの)


彼女の目は、僕の目ををまっすぐに見つめているが、

それでいて、どこか遠くの方を見ているようでもあった。


(その人の肌って、本当に透きとおっているみたいにきれいだった)



2.

彼女は、ほとんど飛び跳ねるようにして、僕の前を歩いていく。
そして笑いながら振り返り、

秘密を打ち明けるのが楽しくてしかたがないといった様子でささやく。


(どうして川は海へ流れ込むか知ってる?)


そして突然立ち止まり、

返事を待たずに、ふと真顔に返ってつぶやいた。


(その点がはっきりしないのよね)


でもすぐに、再び飛び跳ねるように歩き始めると、

笑顔を浮かべて言った。


(ねえ、川上のほうに行ってみましょう)



3.

彼女は相変わらず、

ほとんど飛び跳ねるようにして僕の前を歩いていく。
そんな彼女を、どのくらい見つめていたかはわからない。
突然、彼女は立ち止まった。


(このあたりでいいわね)


目の前には、透きとおるようにきれいな水をたたえた川が流れている。
彼女は笑いながら言った。


(さあ、水の中に入りましょう)


そう言ったときには、二人とも、

水の中を流されていた。


(このまま海までたどりつけたら本当に素敵ね)


彼女は相変わらず僕の前を進みながら、笑っている。



4.
ゆったりとした流れの中を、僕たちは流されていく。
川は思ったよりも深く、水面で反射し、あるいは屈折した太陽の光は、

ところどころで色を変え、川底に様々な抽象的な模様を描きだしている。
僕たちは、なにか一つの意思によって創り出されたような、

美しく、それでいて不完全な光の柱の中を、ゆっくりと流されていく。
耳元で、あるいは耳の中で、彼女のささやき声が聞こえる。


(あなた、本当に素敵よ)


(とてもきれい)


ふと、彼女を見ると、肌はほとんど透きとおるように白く、

その体を色とりどりの太陽の光が刺貫く様は、とても美しかった。


(もうすぐ海よ)


彼女はにっこりと微笑み、歌うように囁いた。


僕は彼女に触れようと手を伸ばす。

そして、その手首を掴んだ瞬間、

僕を見た彼女の目は、もう笑ってはいなかった。


(わたしね、生まれたかったのよ。本当に生まれたかった)


彼女の目は、はるか彼方の海の底を眺めていた。