昨日は自分のこだわりを手放すことについて書いた。
手放したその先にあるものは何か。
それは、何もない。
自分のこだわりを手放し、人の言うことを素直に聞くと、そこには、実は何も生まれない。
確かに、普段とは違った自分の知らない喜びと出会うことができるという大きな収穫はある。
そして、感じていた軋轢も当然なくなる。
僕の場合、非常に顕著で、こだわりを捨てて、上司の考え方を受け入れ、その価値観に照らして、良いと思った行動をしてみた。
当然、上司は今までかんじていた違和感がなくなったのか、何も言わなくなった。
収穫は何も言われなくなったことと、いつもとは一味違う喜びを得られたこと。
しかし、残念ながら、手放すことによって、自分の大切な何かも捨ててしまったのではないか。
手放したものの代償は大きいのではないか、と思う。
自分の喜びは、自分のこだわりをなんとか実現させていくところにあるのではないか。
そこにしか眠っていないのではないかとさえ感じる。
手放したその先には何もなかった。
しかし、手放した先にしか、できない、折り合いの付け方というものがあるのかもしれない。
自分のこだわりの種を密かに撒き続けよう。
誰に非難されようとも、邪魔されようとも、ひっそりと種を撒き続けよう。
いつか大きな花が咲く。
その日を待ち望んで。
何かいいものが生まれる