私が「ねばならない人間」だった件 | あきのポヨポヨYOGAブログ ~相模原淵野辺・稲城市若葉台 ディワーリヨガ*Diwari YOGA*

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たのしく・ゆったり伝統的なヨガをしています。日々のおもしろいこと、ヨガサークルやレッスンのお知らせをかいています。


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こんにゃちは。
いいお天気ですね、あきです。


最近メールなど頂戴した皆様、
わたしからの返信は来ていますでしょうか…
もし、「返事もらってない!」っというかたがいらっしゃいましたら、遠慮なくご連絡ください。



さて、昨日はYTIC ヨーガ療法士養成講座の日でした。

もう12回目です。
1年経ったわけですね。

YTICの前期にあたる、YICも含めて振り返ってみますと、変化した自分を感じます。

ヨガの先生という仕事をさせてもらいながら、その仕事にどこか自信が持てなくて、そんな自分に対しても自信がなかったわたしは、この講座全体を通して「これでいいんだ。こんな自分でいいんだ」という自信を持てるようになってきました。

わたしですらこんな状態なので、これからヨガをやってみよう、今もやってるよ、というみなさん、大丈夫よ。

自信がなかったり、不安が強かったり、わたしにできることなんて何も無い、とか思うのも当然というか、そんな悩みを持つから人は成長するんだなと思うところです。



養成講座も半ばに達した昨日、また新たな気づきがありました。

それは


わたしは
「〇〇ねばならない」人間だった


ということです。

コレ、結構衝撃的で。


・〇〇じゃないといけない
・〇〇ならこうするべきだ
・〇〇ねばならない

いわば正義とか使命に近いものですが、
わたしの思考にはもうないものだと思ってました。
↑以前はあったと自負する

自由に、好きなように生きてるし、ヨガもそうゆう風にやってると思ってたのです。


ところが、

まだまだこんな思いは持ちまくってました。

思い返せば、アレもコレもソレも…という感じで。



わたしは楽しくヨガをやりたいと常々口にしてますが、

それは
楽しくヨガをせねばならない

という、
楽しくあることに使命感を感じていたんですね。


まさかまさかの気づきでした。
思考の癖は誰にでもあるよ、と生徒さんによくお伝えしていますが、まさにそれです。


なんで楽しくせねばと思ったのか、ということについては割愛するけれど、そこに使命感も感じてました。

でもね、
それはもう達成しているし、楽しいとかそんなの考える必要ないんだよね。



実際に、わたしは日々のクラスはぞれぞれにとても楽しいけれども、同時に淡々とやってる感じがあって。

わたしが思うヨガを生徒さんに合わせてお伝えしているというのが事実なので、ひとつひとつに対して「わぁすごい」「キラキラしてる!」みたいな感覚は少ないのです。


今のわたしはこうゆう状態なんでしょうね。
着実、淡々、という言葉が似合うのかもしれない。

いや、昔からそうなんでしょう。

前に、アロマの先生のコニーさんに「わたしの活動ってどう見えるの?」って聞いてみた時に

「堅実な感じに見えるよ」

と言われたことを思い出しました。周りの方のほうが分かってるんですよね。



それなのに、わたしは「ヨガは楽しくないといかん!」という思考から抜け出せず、「周りからいかに楽しそうに見えるか」とかも考えることもありました。

もちろん、クラスを始めた頃はこの思考で上手くいったし、自分を支えたんだと思う。


でも、もう楽しいとか気にしなくてもいいのかもしれない。

淡々とやるだけで充分なのかもしれない。
実際、今はそうなんだから。
わたし自身は楽しい人間みたいだからそれだけでいいじゃん。゚+.( °∀°)゚+.゚


昨日の気づきを得て、今朝の瞑想でこんな感じに思いました。

思考の癖はみんな持ってますね。
こだわりというやつです。
それは個性でもあるけど、行き詰まりを感じる時はそのこだわりを手放す時なのかもしれません。


長ーくつぶやきました。最後までお付き合いいただきありがとうございます。










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