ホテルに荷物を預け、食事もせずに
吸い寄せられるように向かった、トッレデルラーゴ。
ヴィアレッジョからバスに揺られること30分弱。
※こちらのバス、次の停留所を言わなければ、バス停に駅名も書かれていません。運転手さんに、カタコトのイタリア語で"プッチーニの家に行きたいの。降りるとき、言ってくれますか。"と言って、無事到着。笑。
Giacomo Puccini通り。
この通りを横切る道り通りには
彼のオペラの名前がつけられていました。
大きな湖。
その目の前に建つ、白いお家。
(柵の中に入ると、撮影禁止なのです。)
プッチーニが大好きだったこのお家。
仕事場、自宅、別荘として彼は使っていたそうで、とても素敵。
彼が弾いたピアノはもちろんのこと
彼の多くの写真、趣味だった猟りの、獲物の剥製や銃のコレクション
愛用品、多くの歌手、音楽家仲間の写真と、多くの物が残されています。
日本初のオペラ歌手、三浦環さんの、プッチーニ宛のメッセージ付き写真もありました。
彼女は、プッチーニが認めた蝶々夫人でした。
彼は喉頭がんの手術の5日後、ブリュッセルで亡くなったのですが
デスマスクと、お墓は、このお家の中にありました。
昨日は彼の生まれた部屋、
今日は彼のお墓の前。
彼がそこに眠っているということを全く知らなかったので
目にした瞬間、息が止まりそうになりました。
もっと長く、あそこにいたかった。
このお家、博物館として公開されていますが、
入場時間が決められていて、尚かつ、最長40分しか見学できません。
せわしなく、追い出された感じ。
満足いくまで見るには、まだ何度も行かなきゃ。
トッレデルラーゴからまたバスでヴィアレッジョへ。
(同じ運転手さんでした。"もう見たのか?"と言われてしまった。)
ホテルに戻ってから浜辺へ出かけました。
その記事は、別で書きます。
浜辺から戻って、シャワーを浴び、
お散歩をしてから夕食でも食べようかな、と、ブラブラしていたときのこと。
私の泊まっているホテルの道沿いを何気なく北へ歩いていると、、、
ん??
んん?
んんんんん?
日本風(アジア風?)の古い建物。
立派なお家で、今は誰も住んでいない様子。
ここは何と
プッチーニの最後のお家でした。
先ほどのトッレデルラーゴを去ったあとに住んだお家。
またまた吸い寄せられるように来たのです。
不思議。
"心して、愛を持って、勉強しなさい"
と、言われた気がする。
Akiho