ミュンヒハウゼンって何だろうと思った



…ある日
彼女の存在を知った
1993

ここから7年後?
僕が人生を捧げた女性
1997 to 2000

大好きな女性が病気だったと解った
2002

それから時は流れ…
2002 to 20XX… その時も今も 「傍に居たい」という気持ちは本物です

現実的に難しい世界なのも事実

でも こういう感情がミュンヒハウゼン的な発想なのだろうと推測している…

彼女の傍に居たいと思っても 世間的に亡くなられている

受け入れきれずにいる

受け入れなくてもいいのかな?

近い未来か遠い未来か 僕も行きます

避けては通れない事ですから

僕自身がミュンヒハウゼンでPTSDの可能性を感じ 生死表裏一体を考え感じているのは数年前です

「彼女がきっかけではない」事をここに書いておきます



LOGを記す感情と理論と定義

記してきた推論,極論,結果論
感情論もある

感情を無くしたら何論?

僕の周辺の事実!
その日その瞬間感じた事を書いている

「文字通り これは僕のLOGなので 思った事,感じた事,自分の気持ちの整理…などを記していこうと思っているので 面白さは考えていません!!

悪しからず!」



I will

EAGLE



内容とはあまり関連しないが 事実

この感情を逆撫でする奸物は容赦しない